幕間12 ネロと波旬/闇の正体/前
竹とカルルが麗と遭遇したのと同時刻。
ネロと波旬も洞窟内を歩み進んでいた。
こちらを先導しているのは波旬だ。第六天魔王――愛欲と殺害の神である彼もまた他の神の気配を感じ取れるのだ。その上、神仏習合の影響で波旬は日本の死後には詳しい。根の国の事もある程度は知っている。
「アンタ、あんなに強かったのになんで異世界転生軍に捕まっていたのサ?」
そんな波旬の後をネロが足をプラプラさせながらついていく。根の国は見渡す限りの岩ばかりで景色としては単調であり、ネロには退屈だった。
「仲間を人質に取られたんだよ。バンドメンバーが捕まっちまってな」
「ヘェ、魔王でも仲間には甘いんだ?」
「波旬じゃねえ、KIPだ。人格の多少は当世の人間に引っ張られる。波旬がKIPの意志を尊重してやっただけだ」
「それってつまり甘いんじゃないの?」
「少し違うな。波旬は煩悩の化身だ。自他の欲望を全肯定する者だ。だからKIPの『仲間を死なせたくない』という欲望を叶えてやったまでよ」
「それで波旬が死んでも?」
「煩悩と破滅はセットだ。たとえ俺であっても例外じゃねえ」
ちらりと波旬がネロを見る。相手の心の奥底の底まで見通す神の眼だ。神眼をもってネロの在り方を鑑定する。
「お前だってそうだろう? 黙示録の獣よ。異世界転生軍と戦う義理はあっても、当世の復讐にまで逸る理由は獣にはない筈だ。それでもなお付き合ってやっているのは獣が当世の意志を尊重しているからじゃねえのか?」
「さァ、どうかナ……。それで結局、バンドメンバーの人達は無事だったの?」
「多分な。連中が仲間を逃がすところまでは見届けた。その後どうなったかまでは分からねえ。無事だと祈るしかねえわな」
「……逃がしたのか。前々から思っていたけど、異世界転生軍の連中って妙なところで約束を守るよネ。血液型A型ばっかりなのかナ?」
「そうなんじゃねえか? 知らんけど」
ネロと波旬とでは歳の差は三倍ほどもあるのだが、ネロは全く物怖じする事なく波旬と会話していた。波旬もそんなネロの態度に特に何とも思わず受け答えする。獣と魔王、相性はそれほど悪くない二人だった。
「しっかし、なんだってボク達は根の国なんかにいるんだろーネ? ジュン、分かる?」
「ジュンってのはお前、俺の事か? フランクな奴だな……まあ、いいが。……恐らくはイザナミのせいだ。冥府から漏れ出た闇を回収した際に俺達も巻き込まれたのだろうさ」
「冥府? 闇? 回収? ちょっと待って。ジュンはあの闇の元素が何なのか知っているの?」
「あ? お前らは知らねえのか?」
尋ねるネロに波旬が不可解といった顔をする。
「知らないって……そりゃ知らないヨ。こっちの世界には闇の元素なんてないでしょ?」
「いや、あるぜ。別の呼び方をしているだけでな」
若干拗ねたように言うネロに、波旬は首を横に振る。
「第六元素。精神物質。蝕み。『魔界孔』より湧き出るもの。陰り。異世界人が地球の澱みと呼ぶもの。その正体は人間が最も慣れ親しんできた災厄」
つまり、
「物質化した負の感情――いわゆる『呪い』だ」
「呪い……」
闇の元素は呪いだった。その発言にネロは凝然とする。
異世界の魔王が発していた漆黒の流体。富士山頂より噴出した黒い火砕流。炎のように猛々しくも冷たく暗いもの。闇の元素と呼ばれ、ゲーム風にいえば闇属性に当たるもの。それが呪いだと波旬は言った。
「あんなにはっきりと見えるものなの? 呪いが? ううん、感情が?」
「塵も積もれば何とやらだ。是非もない。そもそもお前ら人間には感情――精神は観測できねえが、俺達神々の目には精神は物質として映っている」
あの黒々は自分のイメージする呪い像とは違う。そう物申すネロに波旬はあっさり否定した。
「この世のどんな存在も……特に人間は死ぬと同時に呪いを残す。無念や未練、恨みや妬みが呪詛となって残された人間を祟る。祟りとなった呪いは周囲を害する。となりゃあ、そのまま放置してはおけない。人界がどうなろうと神々は知ったこっちゃあねえが、信心が減るのはまずい」
人口が減少すれば必然、神々を信仰する人間も減る。分母が減れば分子も相対的に減少するものだ。神々にとってそれは死活問題である。神とは信仰されるからこそ神と呼ばれるのだから。故に、




