幕間10 獣月宮竹とカルル・トゥルー/コイバナ/前
百地吉備之介がオルフェウスと邂逅したのと同時刻。
獣月宮竹とカルル・トゥルーは洞窟内を歩いていた。
闇の火砕流に呑み込まれてから目覚めた時、竹とカルルは二人きりだった。吉備之介は勿論、ネロと波旬もいなかった。
逸早く状況を理解したのは竹だ。神の感覚からここは根の国だと理解したのだ。吉備之介と変わらず、富士山の麓にいた自分達がどういう経緯で根の国に堕ちてきたのかまでは想像の外だったが、とりあえずは自分達の居場所は分かった。
「こういうのはまず家主に挨拶に行くものよ」
「家主?」
「領域の支配者――ここの場合だと冥王ね。冥府を統べる王。王っていっても大概は神だけど」
「そういうのって冥神って呼び方になるんじゃないでつかね? 知らんけど」
先導する竹は前を見ていない。スマホに目を落としている。そんなので転ばないのかとカルルは疑いの目を向けるが、歩行は特に問題ない様子だった。竹はすいすいと足を進めている。
元現代人としてカルルは竹の歩きスマホに思うところがない訳ではないが、ここは冥府。地上のルールを口煩く縛っても意味はない。彼女は地上でも歩きスマホしていそうだけど。
「冥王であれば自分の冥府の事は把握している。百地達の場所もすぐに見つけてくれるわ」
「ほぇー。さっすが神様ですなあ。成程、下手に動き回って捜すよりもそちらの方が確実だと」
「そういう事よ」
神にとって己の領域は体内に等しい。何か異変があればすぐに判明する。無論、何もかもを把握している訳ではないが、それでも部外者が闇雲に探索するよりも遥かにマシだ。
「私も神だから他の神気は感じ取れるの。あっちの方に冥王がいる。間違いないわ」
「いやはや、竹殿と一緒でよかったですわ。闇の火砕流に呑まれた時は『オイオイオイ死んだわ、拙僧』と思っていましたが、竹殿が【仏の御石の鉢】で一命は取り留めましたし。竹殿はぐう有能ですなあ」
「ぐう有能って何?」
「『ぐうの音も出ないほど有能』の略ですぞ」
「ふーん、日本人って四文字に略すのが好きねえ。まあ、いいわ。もっと褒めなさい」
「ははー。神様仏様竹様あー。ありがたやーありがたやー」
「ふふん、いい子ね」
「おっほほほう! 女の子にいい子扱いされるのもオツなものがありますなあ。ブヒヒ」
御満悦の竹にカルルも悦に入る。この二人が二人きりになるのはこれが初めてだが、高飛車な竹に被虐っ気のあるカルルで相性がいいようだ。
「竹殿、恋愛話しません?」
「何よ、藪から棒に」
「いんやあ、黙って歩いていても退屈ですので。オジサンに若い子の瑞々しい話でもちょっと聞かせて貰えればなっと」
「あんた充分若いでしょうが」
肉体年齢だと同程度、精神年齢であれば前世の分を合わせれば四十歳に届くだろうが、人生をやり直した人間に前世分を加算するのは果たしていいものだろうか。そもそもオジサンではなくオバサンではないかというツッコミは野暮か。竹には判断できない事柄だった。
「まあまあ。それで、単刀直入に訊きますが、吉備之介殿とはどうなんです? 愛っちゃったりしています?」
「百地と? まさか」
ありえないと竹が小さく笑う。
竹と吉備之介はまだ出会ってから一週間も経っていない。人となりを知るにはまだまだ時間が足りない。とはいえ、その数日間が寝食を共にしたどころか生き死にも共にした濃いものである。その中で知り得た情報をもって竹が吉備之介を総評するならば、
「まあ、悪くはないわね。少なくとも一三〇〇年前の男連中に比べたら全然マシ。あいつら、こっちの顔と自分の家柄にしか興味なかったし。百地が求婚してきたら難題じゃなくて簡単なお題にしてあげてもいいかなくらいには思っているわ」
「ほあー! それって『かぐや姫』的には結構な高評価じゃあないですかあ!」
ぺちんと自分の額を叩くカルル。竹は自覚がないようだが、そもそも求婚してきたらどうするかを考えている時点で竹が吉備之介を意識しているのは明白だった。『竹取物語』のヒロインとしての経験からすれば仕方のない部分もあるかもしれないが。
「ああ、でも駄目駄目。今時、女が待ちの姿勢は流行らないですぞ。『ええやん』と思ったら自分から積極的にアプローチに行きませんと。そんなんじゃ鳶に油揚げ不可避」




