第40転 闇の火砕流
「…………。ああ、そうさ」
アーザーの顔が今の一言で曇った。瞳を閉じて、しかし確かに首肯する。彼の静かな態度に俺はかえって忌々しくなり、歯軋りをした。
「なんでだ。なんでお前までそんな真似ができる!?」
「異世界の方に感情移入しているからかな。大抵の異世界転生者は地球で生まれ育った年月よりも異世界で生まれ育った年月の方が長い。その分、異世界の事を大切に想っている。僕はそれほど長くはないけど、想いは負けていないと自負しているよ」
その話は前にも聞いた。クリト・ルリトールが似たような事を言っていた。だが、
「想いの為に殺人まですんのかよ!? しかも何十億人もだぞ!」
「……そうだね。構わないとまでは割り切れている訳ではないが、決意は固めている」
瞼を開き、アーザーが真っ直ぐに俺を見る。感情の揺らぎこそあれど芯はブレない。それは紛れもなく覚悟は決めた者の目だった。
「何がお前にそうさせた? 地球人類を残り半分にまで殺したのと、異世界を守る事にどういう繋がりがある!?」
「それは言えない。言えば、君は優しいから僕達に情けを掛けてしまうかもしれない」
「掛けちゃ悪いのかよ?」
「そうだ。僕達は多くの人命を奪ったんだ。許されるべきではない。君達は異世界側の大義など知らず、ただの侵略者として僕達と相対すればいい。勿論、僕達も負けるつもりは毛頭ないけどね」
「お前……!」
昂ぶりのまま一歩踏み出す。その直前にニールが立ちはだかった。
「――【中級闇黒魔法】」
輪廻転生者達と異世界転生者達との間に黒ずんだ血のような魔法陣が描かれる。魔法陣から十数メートルもある漆黒の杭が突き出し、次いで杭が十字に枝分かれする。直後、十字が爆ぜて闇の衝撃が周囲を吹き飛ばした。
「くっ……! タツは!?」
衝撃に弾かれて後方にすっ飛ぶ。一瞬、アーザー達から目を離してしまう。着地して再び正面を見た時、彼らは既にそこにいなかった。
「どこへ……!?」
「上だ、小僧」
波旬に促されて視線を上に向ける。そこには管狐が空を飛んでいた。体長が五十メートル以上はある胴長の狐だ。翼もないのに宙に浮いている。
狐の背には三人の人間が乗っていた。先頭からイシュニ、アーザー、ニールだ。アーザーがこちらを見下ろして言う。
「さよなら、キビ。君とは戦いたくない。もう二度と会わない事を祈っているよ」
「ッ……! 待て、タツ!」
上空にいるアーザーには届かない事を知りながら、俺は彼に向かって駆け出そうとする。
直前、尋常ではない爆発音が響いた。何が起きたのかと周囲を見渡せば、すぐに爆発音の原因は判明した。
富士山が噴火していた。
いや、噴火ではない。富士の山頂から噴出しているのは溶岩ではなかった。黒い何かだ。液体のような固体のような名状しがたい黒色が天へと昇り、重力に従って山の斜面に流れ落ちていた。
「あれは……闇の元素!?」
ニールがその身から発し、操っていた闇属性の力。あれと全く同じだ。あの闇が富士山頂から絶え間なく噴き出しているのだ。
だが、何故だ。闇の元素は魔法世界カールフターランドを構成する物質の筈だ。それがどうして地球の日本列島の富士山から出てくるんだ。
「こっちに来るわ!」
闇が富士山の麓――この魔王城にまで雪崩れ込んできた。視界を埋め尽くすほどの膨大量が迫る様はまさに圧巻だ。逃げる足が竦み、棒立ちになる。ましてや城内という閉所では一層逃げ場がない。
「――【仏の御石の鉢】!」
竹が光の壁を展開するが、果たして間に合ったかどうか。間に合ってもあれほどの闇を前に耐えきれるものなのか。それを確認する暇もなく、俺達は闇の火砕流に呑み込まれる。
肉体ごと俺達の意識は闇へと沈んだ。




