第39転 幼馴染
ロキ。
北欧神話に登場する邪神。北欧最大のトリックスター。主神の義兄弟であり、神喰らいの狼・世界蛇・冥府の女王の父親にして、八本脚の軍馬の母親。
彼が神話を終局へと導く契機となるのが『ロキの口論』である。
◆ ◇ ◆
「タツ……? えっ、何あんたら、知り合いなの?」
竹が俺に訊いてくる。だが、俺は彼女に返答する余裕はない。目の前に立っている人物に意識が完全に支配されていた。
「お前、生きていたのか……!?」
「いや、死んだよ。僕は異世界転生者だからね」
「異世界転生者……!」
蒼褪める俺に青年は淡く微笑み、名乗る。
「僕は異世界転生軍幹部『終局七将』、『勇者』の異世界転生者、アーザー。以降はそのように頼むよ」
アーザー。そうか……今はそう名乗っているのか、お前は。
そうだよな。転生したのだから一度死んだのは当然だよな。
「ねえ。だからどういう関係なのよ、あんたら?」
動揺する俺と悠然とする青年の間に竹が割り込む。ああ、そうだな。俺とこいつの関係を知らなければ今のやり取りは意味不明だよな。
「あ……悪い悪い。こいつは俺の幼馴染だよ。名前は浅井竜政。あだ名はタツ。小中学校まではずっと一緒だった。高校でこいつが一人、東京の進学校に行った事で別々になったけどな」
「異世界転生者の『勇者』アーザーが百地の幼馴染……!?」
竹が俺と青年――アーザーを交互に見る。さしもの彼女も俺が敵軍の総大将と知り合いだったというのは驚きだったようだ。
「そうだ。思い出したぜ。『アーザー』って小学生時代のあだ名じゃねえか! お前、それを高校生になっても名乗ったのかよ!?」
「君が付けてくれた大事なあだ名だからね、『モモチロウ』」
「その名前で呼ぶのは恥ずかしいからやめろって中学校に上がる時に言っただろ!」
「大事なのに……」
俺の物言いに少し拗ねた顔をするアーザー。
モモチロウは日本で最も有名な御伽噺の主人公である桃太郎、それを俺の姓である百地と組み合わせたあだ名だ。一方のアーザーは浅井の姓をもじったものと、騎士道の象徴であるアーサー王を由来としている。
武士と騎士。東西の武を代表する者同士で対比する形だ。幼少期、出会ったばかりの俺とこいつが互いに名付け合った。中学生になるにあたって「侍ごっこ・騎士ごっこ遊びをする年齢でもないから」との理由で封印し、名の頭二文字からキビとタツに呼び名を替えたが。
「ていうか何だよ、その緑髪は? そんな色じゃなかっただろ、昔」
「髪の色に関しては君の方が派手だろう」
「俺は生まれつきだから仕方ねえんだよ! で、何なんだ?」
「森の精霊の加護だよ。彼女、独占欲が強くてね」
「だからって髪の色で主張してくるか、フツー?」
俺が言うとアーザーは前髪を指で弄り、
「似合わないかい?」
「似合う似合わねえじゃねえんだわ。重いっつってんだわ」
そうかなあ、ときょとん顔をするアーザー。
このどこかとぼけたリアクション。ああ、こいつは本当に俺の幼馴染――あの浅井竜政なんだな。自分の記憶にある彼と遜色ない空気だ。抑え切れない嬉しさを感じる。
「…………」
だからこそ俺には看過できない事がある。
ややあって俺は深く息を吐くと自分の感情を改め、真剣な表情でアーザーを見据えた。
「お前の葬式に出たよ。去年だったな。クラスメイトを通り魔から庇って刺されて死んだと聞いた」
「そうか。ありがとう」
「いいや。お前らしい死に方だとは思ったがな……まさか異世界に行っても『勇者』をしていたとは」
「人の為に生きるのが僕の性分だからね。キビも知っているだろう?」
「……ああ、知っているさ。性分なんて生易しいもんじゃない事もな」
「ふふふ。……ああ、本当に君は僕の事をよく知っている」
アーザーが懐かしそうに笑う。それは勇者の険相ではない、思い出に浸るただの青年の微笑だった。そんなお前が、
「そんなお前が大量殺人をしたっていうのか」




