第38転 闖入者
刀はニールに命中した。だが、斬れない。ニールを覆う闇が確かな質量を持って、俺の刀を受け止めたからだ。霞を斬っているかのように捉えどころがなかったのに、鋼よりも手応えがあった。不思議な感覚だ。
「ふん……」
反撃にニールが黒爪を振るう。すかさず後退して黒爪を躱す俺。追撃の爪撃が迫る。一閃、二閃、十閃、二十閃――連続する爪撃はまるで嵐だ。呑み込まれれば瞬く間に寸断される。
手刀を刀で悉く弾き落とす。速度こそ俺に及ばないが、一撃一撃が重い。このまま続けていたら確実に押し負ける。
「じゃあ、これならどうだ? 【大神霊実流剣術】――【卯槌】!」
大きく後方に跳躍し、着地と同時にニールに再度肉薄する。両手で振り下ろす刀は斬鉄をも成す防御不能の一太刀だ。その筈だった。
斬れない。刃はニールの左首から右太腿にかけて一閃したのに、肉体に届かない。防御不能の一撃が完全に防御されていた。
「――【卯槌・雉翔】!」
続く回避不能の一太刀。だが、一撃目を無傷で済ませた人間が回避などする必要がある筈がない。右腰から額までを刃が通るが、全く斬れなかった。
信じられない防御力だ。イゴロウもイシュニも当たりさえすれば斬る事はできた。だが、ニールは当たっているのに斬る事ができない。
これがニールのチートスキル、これが【黄昏を導く言の葉】か。成程、波旬が苦戦するのも納得というものだ。
「死ね」
ニールの手刀が奔る。大技を出した反動による僅かな硬直が回避を遅らせた。顔面を貫くつもりだったのだろう、突き出した黒爪は逃げそびれた俺の右額を深く抉り、鮮血を散らせた。
「ぐっああ……!」
「死んでしまえ」
続く手刀が容赦なく俺を襲う。対する俺は額からの血が目に入って視界が利かない。避けられない――
「――おいおいおい。先走りしすぎだ、小僧」
そんな俺の前に波旬が立ちはだかった。炎の銃剣でニールの手刀を防ぐ。
「KIPさん!」
「言っただろう、面倒な相手だと。こいつは攻撃力も危険だが、一番厄介なのは防御力だ。俺も【雷降銃】以外じゃこいつの守りを抜けられなかった」
銃剣に力を込めてニールを弾く波旬。膂力では波旬が上回るらしく、ニールはバランスをやや崩して退いた。
波旬の攻撃力で撃ち抜けられないのなら、敏捷性しか能がない俺ではどうあってもニールは倒せない。いや、違う。一つだけこの魔王を打倒できるかもしれない手段を俺は持っている。
「【大神霊実流剣術】――【春聯】」
「…………!」
刃に霊力を纏う。それを見たニールの表情が強張る。
病魔や怨霊をも斬るこの技であればやはり通じるか。これならばあの闇をも切り裂ける。しかし、その事実を一目見ただけで理解するとは只事ではない。異世界の魔王は眼識も伊達ではないようだ。
それに、この【春聯】だっていつまでも纏えるものではない。使用している間はずっと霊力を消費する。ガブリエラ戦ではこの技でなければダメージを与えられないから常時展開していたが、本来はここぞという時に使う技なのだ。消耗している今の俺がいつまで保つか。
「…………」
「…………」
俺と波旬がじりじりと間合いを詰める。ニールも両手の爪を構えて俺達を迎える。互いにいつ斬り込むかを見計らっているのだ。一触即発の緊張感が満ちていく。
やがてその緊張感が臨界まで高まり、とうとう斬り合いが始まる。その時だった。
「――そこまでだ」
突然、頭上から声が降ってきた。
上を見上げると影がこちらに向かって落下してきた。咄嗟に後方に跳躍して遠ざかる。影は俺とニールとの間に立ち塞がるように着地した。着地の勢いが強すぎて地面が割れ、土煙がもうもうと巻き上がる。
「横槍を入れてしまってすまない。だが、諸君。もう時間切れだ」
土煙の中、影が身を起こす。影は青年だった。新緑色の髪に快晴色の瞳。年齢は十代後半。青マントを着けた白銀の甲冑で身を覆っている。雰囲気は落ち着いており、一見すると優男だが、滲み出る闘気が只人ではない事を示している。
「なっ、お前……お前は!」
青年の顔を見た瞬間、俺は愕然とした。それは新たなる敵が現れたからではない。敵の存在感に圧倒されたからだけでもない。それ以上の理由があった。
「タツか!?」
「やあ……久し振りだね、キビ」
現れた青年は俺の旧知だったのだ。




