第37転 黄昏を導く言の葉
四元素。
西洋で支持されてきた自然哲学。この世の全ての物質は地・水・火・風の四種類の元素から成るという説。十九世紀頃までは実在すると信仰され、哲学や医学、錬金術の発展の要となった。中国の五行思想と比較される。
ゲームや漫画などでよく見られる地属性・水属性・火属性・風属性の四属性の元ネタ。
◆ ◇ ◆
地面に横たわっていたネロを抱き上げる。目立った外傷はないが、ぐったりと四肢を投げ出す様は到底無事とは思えない。早く回復してやらなくては。
「獣月宮、どうする? 水を飲ませたらむせるんじゃないか?」
「飲ませるのが一番だけど、浴びせてもそれなりに効果はあるわ。それで応急処置としましょう」
竹が石鉢に水を注ぐ。石鉢が仄かに光り、水もまた輝きを得た。
「――【仏の御石の鉢・清浄】」
輝く水をネロに降り掛ける。弱々しかったネロの呼吸が途端に落ち着いたものになった。まだ意識を取り戻してはいないが、ひとまずはこれで大丈夫な筈だ。よし、次だ。
ネロを抱き上げて、カルルの下へと駆け寄る。彼女は尻餅を突いてへばっていたが、意識はあった。
「起きろ。飲めるか?」
「……ああ、どうも……」
カルルは声も絶え絶えでいつもの調子がない。水を飲む動作も覚束ないので、石鉢を持つ手に俺の手も添えて支えた。一口、二口、三口と喉仏が動く。飲み終えたのを確認してから竹がカルルに話し掛けた。
「絶対防御を持つあんたがなんでここまで追い詰められているのよ」
「……魔力切れですぞ。拙僧、自分の身だけを守るなら無敵ですが、ネロ殿までは守れませんので……」
「ネロを助ける為に魔法を連発したって事か」
「……ええ。結局、このザマでつが。ニール殿も拙僧のチートスキルは知っています。だから、ニール殿は拙僧を置いて、ネロ殿に集中砲火されましてな。それを喰い止めようとして魔力がゼロになりました」
「お前らほどの実力者でも圧倒されたのか、ニールには」
「……格好悪い話ですが、まるで歯が立ちませんでした」
魔力は生命力と精神力に密接に関係している。魔力を消費すればどちらも消耗してしまうのだ。ガブリエラがそうだったように、魔力を使いすぎればその場で気絶する事だってあり得る。カルルはネロを守る為にそこまでしてくれたのか。
「とにかくお前らの無事が確保できれば一区切りだ。あとはKIPさんがニールを退けてくれれば……」
と言いながら振り向いたその時だった。俺のすぐ目の前を波旬がすっ飛んでいった。空中で姿勢を正し、地面に数メートルもの轍を作りつつ着地する。
「KIPさん!?」
「おう、お前ら。もういいのか?」
波旬が顎で前方を示す。そこには冷たくも猛々しい闇を纏うニールがいた。闇に引けを取らない冷たい視線でこちらを見ている。
「大丈夫ですか!?」
「問題ねえよ。だが、面倒だな。あれを俺一人で倒すにはリスクが高ぇ。相討ち覚悟なら話は別だが……」
そんな事をさせられる訳がない。輪廻転生者最強の男を決闘前に失う訳にはいかない。体力気力の消耗は激しいが、俺にはまだ刀を握る力が残っている。俺はまだ戦える。
「助太刀します。獣月宮は二人を守っていてくれ」
「分かったわ」
「おう、悪ぃな」
「…………。――【初級闇黒魔法・黒剣弾雨】」
ニールが四十九本の黒剣を射出する。イシュニの【弾数強化・初級火炎魔法】に比べれば弾数は少ないが、一発一発の威力や弧を描く軌道で差別化されている。決して侮れるものではない。
「【仏の御石の鉢】、【火鼠の皮衣】――!」
竹がドーム状の光の壁を展開し、自身とカルルとネロを包む。直後、黒剣が雨霰と降り注いだ。光の壁に激突し砕けた黒の破片が雨飛沫のように散る。黒剣と黒剣の僅かな隙間を抜けて俺はニールに肉薄し、刀を薙いだ。
「――【防御闇黒魔法】」




