第29転 ビキニアーマーの女騎士
魔王城シャールノス。
異世界転生軍の前線基地でもある七つの洋城。その装飾は意外にも整っていた。
魔王とはつまり悪の親玉である。悪の親玉の住む城となると蜘蛛の巣が張っていたり人骨が転がっていたり、禍々しい像や鎧が飾っていたりするイメージがあるものだ。あるいは、生物の体内になっているパターンもある。
しかし今、現世にあるこの城の造りは超一流の王宮だ。デザインは西洋風に近く、漆黒の石煉瓦を積み上げた尖塔が幾つかある。内装は大理石らしき滑らかな石製の廊下が伸び、展示用の甲冑や花瓶が並んでいる。豪奢ながらも過度な派手さはなく、品がある様式だ。清掃は隅々まで行き届いており、使用人の熱心さが伺える。
「立派の城だな。ここにいると戦いを忘れちまいそうだ」
「そうね。観光で来られたらよかったわね」
「それな。お、ステンドグラスがあるぜ」
「ええ、綺麗ね」
城内の廊下を見回しながら歩く。ここにいるのは俺と竹の二人だ。カルルとネロはいない。
デートみたいだ。なんて一瞬浮かれた気分になるものの、すぐにここが敵地である事を思い出す。いけないいけない、もっと気を引き締めていかなくては。
いつかは本当に竹とデートに行けたらいいんだが。こんな可愛い娘と遊びに行けたらさぞ有頂天になるだろう。
「? なんでちょっと顔を赤くしてんのよ」
「いや何でも。……あいつら大丈夫かな?」
遠くから破壊音と怒号が聞こえてくる。誰かが大暴れしている音だ。
今回の作戦は至って単純。表でカルルとネロが囮になり、裏から俺と竹と忍び込む。俺達が城内を捜索し、第六天魔王波旬の輪廻転生者を見つけて逃がす。そういう流れだ。
「大丈夫だと信じるしかないわね。心配ならとっと波旬を発見して、とっとと退散すればいいのよ」
「そうだな。そうするしかないか」
本当はもっと確実で安全な策で行きたかったのだが、今は四人しかいないので仕方ない。竹の言う通り、事故が起きる前に手早く終わらせよう。
「ふと思ったんだが、なんで異世界転生軍は波旬を殺さず捕らえているんだ? あいつら、俺達輪廻転生者を殺す為に行動しているんだよな?」
クリトもカルルもイゴロウもその為に魔王城に戻らず地上をウロウロしていた。デクスターは断言できないが、多分あいつも同じだろう。であれば、輪廻転生者である波旬の事も殺しそうなものなのだが、そうしないのは何故だ。
「そうね……考えられるとしたら、交渉かしらね? 第六天魔王波旬――インド神話では愛欲と殺害を司る神とされるもの。その身分の高さは神々の中でも無視できないわ。異世界転生軍は彼を人質にして、最初の要求を通せないか試そうとしているんじゃないかしら?」
「ああ、そういえばそんな事あったな」
異世界転生軍は当初、異世界と地球との繋がりを切断しろと神々に要求した。それで地球の澱みがどうにかなると。だが、神々にその要求は拒否された。その為、決闘儀式の話が持ち上がったのだ。
「俺達を魔王城に辿り着く前に殺そうとしたり、波旬を使ってまだ交渉しようとしたり、実は決闘したくないのかね、異世界転生軍は」
「そりゃあそうでしょう。だって決闘だと負ける可能性があるもの。戦わずに済むならその方がいいでしょうね」
「それもそうだな」
言われてみればその通りだ。事情は未だに不明だが、向こうも異世界の運命を背負って地球に来ているのだろう。確実に勝てるならそれに越した事はない。
「っと、地下への階段を発見~♪」
しばらく探索していたら階段を見つけた。誰かを幽閉するとなれば地下牢が定番だ。波旬が捕われているとすればここにいる筈だ。
階段を下りる。壁や床が推定大理石と打って変わって石畳と石壁が続いている。恐らくは看守室だろう部屋の扉を通り過ぎると広間に出た。三つの層に分かれ、それぞれ壁には幾つもの鉄格子が並んでいる。
「……来ましたね。輪廻転生者。ここで待っていれば誰かしら来ると思っていました」
広間では一人の女性が待っていた。
鎧を纏う赤髪の美女だ。だが、着ているその鎧がおかしい。胸部と腰部と肩部と前腕と下腿、この五ヶ所にしか装甲がない。首や脇、二の腕や腹部、太腿は地肌が剥き出しになっている。太い血管が走る人体の急所であるにも拘らず何も守っていないのだ。肩部の装甲からはマントが垂れ下がっている。
「うっわあ……水着型の鎧をガチで装備している人、初めて見た」
「黙りなさい! 私だって好きで着ている訳ではありません!」
素直な感想を言ったらキレられた。一瞬で耳まで真っ赤だ。本人としてもあの格好は恥ずかしいらしい。
いや、だってなあ……ビキニアーマーとか実用性皆無じゃん。防具としては破綻しているし、軽装としてなら布の服の方が動きやすいし。
ていうか、こちとら健全な男子高校生なので、本当に目のやり場に困るんですけど。勘弁して下さい。
「古代ローマの女剣闘士がビキニアーマーに近い格好をしていたそうよ」
「ああ、意外と歴史あるんだ。見世物用って事ね」
見世物用という事はつまり見せたがっているのか。あの肌が七割八割露出している格好をか。ふーん、へー、そうなのかー。
「……何です? その生温かい視線は」
「いや別に。俺は人の趣味には口を出さないから」
「だから! 好きで着ているのではないと言っているでしょう!」
またキレられた。割と沸点の低い女だな。まあいい。こちらも敵を前にして悠長にしているつもりはない。
「待っていたって言ったな。俺達が来ると分かっていたのか?」
「ええ。第六天魔王信長波旬がここにいると知れば輪廻転生者の誰かが助けに来る。私はそう読んでいました」
「成程、囮だったのか。俺達はまんまと招き寄せられたって訳だ」
となると、ネロは波旬の情報を掴んだのではなく、わざと掴まされたのか。異世界転生軍の方が一枚上手だった訳だ。
だとしたら、ネロ達も危険だな。今頃はこちらと同じように異世界転生者に襲われているだろう。手早くこいつを突破して、波旬を連れ出してさっさと合流しなくてはならない。
「私はガブリエラ・B・カームブル。異世界転生軍の十番隊長、『騎士』の異世界転生者です」
女騎士ガブリエラが腰の剣を抜く。シンプルな片手半剣だ。
「それで? 読み通り私達が来たところであんたは何をするつもり?」
「決まっています。魔法世界カールフターランドの為、ここで死んで貰います」
そう言うとガブリエラはスゥっと息を吸い、一旦止めると、
「――【雷鎚の化身】、発動」
全身から強烈な電気を迸らせた。否、迸らせたのではない。彼女の肉体そのものが雷と化していた。
「これが私のチートスキルです。肉体を『雷の元素』に変換する。布の服では焼け焦げてしまうので金属の鎧でないと着ていられない。装備品までは雷にならないので、当たり面積を大きくするには直接肌を晒していなくてはならない。これが、私がビキニアーマーを着ている理由です」
「色気目的じゃないって事ね」
理に適った格好だった訳だ。科学の世界である地球では出てこない、魔法世界らしい理由である。
それにしても、ミョルニルか。旧約聖書の神獣、ギリシア神話の盗神と来て今度は北欧神話の鉄鎚か。どうして異世界の代物に地球の神話関連の名前が付けられているのか、甚だ疑問だ。
「さあ、真っ黒焦げにしてあげましょう。来ませい!」
「やらいでか!」
剣を構えるガブリエラに俺は抜刀して斬り掛かった。




