第28転 青い絵の具と赤い絵の具
分霊か。それは俺がそうだから理解できる。桃の神・意富加牟豆美命が自身の分霊を人の子として現世に送ったのが俺だからだ。
「魔王がやったのはそれの更なる応用でネ。応用というより裏技かな? かつて自分の名を冠した事を縁とし、戦国武将の転生者を自身の依代にする事で、後天的に分霊にしたんだ。それが、今あそこで捕らわれている輪廻転生者の正体って訳サ」
「そりゃあ……転生された側がちょっとエグくないか? 要は乗っ取られたんだろ?」
今生にだってそれなりの人生と人格があった筈だ。それが前世の記憶に覚醒させられた事で織田信長の人生に支配されてしまった。その上、その織田信長の人生も第六天魔王波旬の意思で上書きされてしまった。当世の人格からすれば自分という存在を二重に塗り潰された形になる。
「ン~……それは解釈の仕方によるかな。青い絵の具と赤い絵の具を混ぜれば紫色になるけど、それを第三の色だと認識するか、青色の派生だと認識するか。勿論、偉人英雄の魂は常人よりも遥かに色が濃い。限りなく赤色に近い紫色になる事もあるだろうネ」
赤色に近い紫色か。それで言うと俺は青色と赤色がまだ完全に混ざり合っていない感じになるのか。刀を抜かないと俺は桃太郎のスイッチが入らない。まだ完全に桃太郎には成り切れていないのだ。
「お前はどうなんだ、ネロ?」
「ボク? ボクはもう殆ど真っ赤っ赤だよ。『黙示録の獣』は強大な上、何度も転生している。それまでの全部を引き継がなくちゃいけないのだから、今生のボクなんてもう元が何色だったのかすら分からない」
「今生での名前は何ていうんだ?」
「ダミアン。だけど、今やその名前に意味はない。今のボクはネロなんだから」
「……そこまでしてお前が戦う理由は何だ? 今生の人生はお前だけの人生だった筈だ。自分の存在を捨ててまで輪廻転生者として覚醒した理由は何なんだ?」
俺にはそんな理由はない。ないから当初は決闘から逃げ回っていたし、刀を抜くのも躊躇っていた。正直、今だって殺し合いは怖い。刀を抜いた後の精神状態だから戦えているのだ。
「復讐」
対するネロは一言だけで理由を答えた。
「…………!」
「無駄話をしすぎたネ。そろそろ突入しようか」
言葉に詰まる俺にネロは話を切り上げて、魔王城へと向かった。俺はネロの背をすぐに追う事はできなかった。今の一言にさらりと流すには重い感情を見たからだ。
「あの子ね、アメリカ合衆国大統領の孫なのよ」
と竹が言った。
「大統領の孫!?」
「ええっ!? めちゃくちゃボンボンって事でつか!?」
「そうよ、私と同じ上流階級の人間ね。それも異世界転生軍の襲撃で無意味になったけど」
上流階級が無意味となった。つまりは階級を保証するものがなくなったという事だ。襲撃で無意味になったとなれば保証する誰かが殺されたという事になる。それが誰かといえば第一に考えられるのは彼の保護者だ。
「異世界転生軍は世界各国の首都に隕石を落としたわ。その時、あの子のお祖父さんもお父さんもお母さんも首都ワシントンにいた」
「全員死んだか……」
俺の推測に竹が頷く。
「復讐の為に彼はこれまでの人生もこれからの人生も捧げたのよ」
二の句が継げない。
ネロ――いや、ダミアンにだって楽しかった記憶や誇らしい記録があっただろう。将来の夢や描いた理想があっただろう。それを復讐の為に全て捨てたというのか。記憶も記録も踏み躙り、夢も理想も打ち壊した異世界転生軍に報復する為に。
「……拙僧の事もさぞかし恨んでいるのでしょうな」
「そうだな、元異世界転生軍だからな……」
「あまり他人の過去を吹聴するのもよくないわね。――行くわよ」
「……ああ」
竹に促され、ようやく俺達はネロの後を追った。




