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花の王国  作者: とにあ
花の王(蛇足編)
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蜥蜴とはな

 此処はどこなのだろうか?

「箱庭の近くよ」

 荒れた掠れた声でデイジーが言う。

「いらっしゃい」

 デイジーが手を引いて荒れた岩肌を歩く。片手で私を引いて片手で鞄を持っている。

 迷わず歩く足どりはときおり引きずっているけれど、立ち止まらないデイジーに私はついていくしか許されない。

 岩肌の先で黒髪の女性が待っていた。

 その女性は両手を広げて私たちを迎えてくれた。

「私はチェリーよ。レアは幸せだった?」

 抱きしめられて母の名を聞く。

 中の人達は外で生活できる健康を持っていないと母と同世代らしきチェリーは笑う。

 チェリーの後ろに幼い子供達がいた。

「上の子はカメリアの弟よ。下の子は私の娘。ベイルはいってしまったけれど、私達は生きてるもの」

 軽やかにチェリーは笑って奥へ奥へと私達を押し込んでいく。

 ベイルはお父さんの名前。

 時々噴霧されるのは消毒薬。

 何度となく消毒を繰り返して奥へと進む。

「エリックが喜ぶわ」

 エリック?

「この箱庭の主でクイーンの、私達のお姫様のお父様よ」




 地下の街は雑多な賑わいを見せていた。

「DNAの乱れね」

「そうよ。デイジー。私達は調整されてるわ。素材としてもね。子供を残す時も調整されることが前提だわ」

 チェリーの説明は続いていたけれど、私はその光景に圧倒されていた。

 トカゲ達ほどねじれてはいないけれど、整った人だとは言えない人々。

 箱庭に残された人々は血を濃くし数を減らしていったことは習っていた。

 光の届かない百年は光届かないだけじゃなく他の災害も連鎖的におこったと。

 人はパーソナル空間を求める。

 箱庭は生き延びるための箱庭。

 入れる数には限りがあった。

 生産エリアを維持するためには人の居住区画は最低限だった。

 塔が情報の手を与えたからそれでも最低数は広がったはずだった。

 それでも、選ばれた人々は世界の一握りだけ。

 百年経てば、外に出ていけると信じていた人々は裏切られた。

 百年の闇は地表の環境を激変させるのに充分な時間。

 差し込む日の光は強すぎ弱った植物を傷つけて氷を溶かし、海が陸地を浸食する。

 脆くなった箱庭の土台が流されバランスを崩し崩壊する箱庭もあった。

 その情報は箱庭から塔に届けられる。

 海に没する無人の箱庭を塔は回収するから。

 箱庭内部では無意味な階級制度がいつの間にか生まれ、知識の偏りが人の間に生まれた。

 整った人であることに重きをおく人々。

 環境に適応するかのように変化をはじめた人々。

 塔から他因子であるおくられた者を迎えるのは箱庭によって違う。

 変化を進める要因になる私達を受け入れるのはどちらにしても不安要素が強いのだ。という情報は幼い頃から習っていた。

 選ばれた特別な人が三百年をこえて管理し続けるこの箱庭はどんな場所なんだろう?

 見える限り、異形者が多かった。

 雑多な人々が賑わう通りが続いている。

「箱庭の少し外に研究居住している人もいるのよ」

 チェリーの言葉に私はひどく好奇心を揺さぶられた。

 人は雑多にいるように見えて人口調整はされているとチェリーは言う。

 そうでないと生きていけないから。

 それでも外で生きていけるのならまた繁栄できるのだと。




 デイジーはエリックの補佐に入り私は自由で、外を見ることを希望した。

 水の循環システムと酸素浄化システム発電機を備えたユニットコンテナと居住コンテナは荒れた洞窟に埋め込まれていた。

「直射日光を遮れないとキツイからな」

 防護服の男が日陰の大地に水を撒く。

 そこにはちょろりと葉が見えた。

 焼けた葉の下に焼けていない葉が伸びてきている。

 酸素を供給する植物の種子は塔でも移動しながら海中に撒いていた。

「ありがとう」

 居住コンテナの中で彼は食料を持ってきた私に笑ってくれた。

 ずんぐりと小柄な青年だった。

 防護服を脱ぐ事はなく、降り注ぐ消毒薬に身を任せている。

「カメリアっていうの」

「おれはコナーだ。よろしくな」

 コナーは物知りで、いずれは箱庭に戻ることなく外部生活できるようにしたいのだと夢を語る。

「じーさんのじーさんの代からやってようやく見えてきたんだ」

 愛おしげに弱々しい芽を見つめる。

 コンテナの下にはあまり日光を必要としない植物が揺れていることも見せてくれた。

「みんな、耕作エリアを知ってるからさ、こんな弱々しいって呆れてるんだ」

 それは違うと思う。内部は技術で補っているだけでいつかその技術が失われれば誰も生きていけなくなる。

 今の世界環境はそれほどに過酷だ。

「他の箱庭に辿り着くには転送機か、車での移動、最低でも半日以上はかかるらしいんだ」

 転送機は九割の確率でモノを登録ゲートに届ける。エネルギー消費率が高いので滅多に使用されない。

 車での移動の半日は道がわかっていての半日だろう。昼の走行は危険だということもあいまってキツイ。

 管理されない文明の残滓はひどく脆いらしいから。

「だから、おれは道を広げたい。休める場所を増やしたいんだ」

 箱庭を出て徒歩三十分。防護服を脱ぐ事なく行動するにはそこが限界とコナーは笑う。

 出たとも言えない場所ではあるけれど、水の確保。地下の植物層を思えば未来はあるようにも思える。

 だから、私はすごいねと称賛した。


 箱庭の周辺は土地が痩せているのだとエリックが教えてくれた。

 力を戻しつつある土を選んで箱庭の耕作用土として採取し、痩せた土を周辺に撒くためだと。

 もっと、もっとはなれなくてはいけないのだ。

 コナーが望む成果をあげるには箱庭からはなれなくてはいけないのだ。

 箱庭が有るから人は生きてゆけて、箱庭が有るから世界は戻らない。



「コナー、行こう」

「カメリア?」

 コンテナトラックに苗木や種子一年分の食糧を積み込んで。

 同じように出かけて帰らない人達はかつてもいたんだって。

 数時間走って見つけたのはオアシス。

 掘り返されない土地に萌える緑。

 壊れた箱庭がそこにあった。


『ぎぃい』


 捩れた身体。ギョロりとした眼球。見慣れた『トカゲ』がそこにいた。

「っひ」

 コナーが息をのんで私を庇うようにトカゲを威嚇する。

 棒っきれを振り回したところでトカゲの能力の方が高いのに。

「か、カメリア、に、逃げてっ」

 どもりつつもトカゲに向かうコナーの姿にドキドキする。

 トカゲのその瞳はまだ警戒色じゃない。

「人はいますか?」

 トカゲはひと世代限りの警備システム。トカゲでは子を残せない。その機能は無いのだから。

 グリリと眼球が回る。

 のそのそと動き出すトカゲの動きはおそらくついてこいというメッセージ。

「行きましょう。コナー」

「か、カメリア!?」


 きっと、ここなら防護服は必要なく二人で、私達は生きていける。


 世界は変わっていく。

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