箱庭の主
塔からのデータを受け取る。
人生のほとんどを冷凍睡眠で過ごす私に塔はいつだって攻撃性を示している。
彼女の死を伝えてきたのはトカゲの娘だったか、データだったか、もう思い出すこともままならない。
望まれたことがわからず疎ましかった。
できることをなす人生に大きな障害な女だった。
幼い頃は姉の教師の娘。
気がつけば、年下の少女。
「あなたの娘よ。かわいいでしょう?」
赤ん坊を人形のように扱う女だった。
師とも慕った人の娘であっても嫌悪を覚えた。
私にも情があったらしく、『私の娘』からのデータには気持ち優しく接した。
あまりにも嫌われている前提が腹立たしかったのかも知れない。
少しずつ慣れて懐いてくる娘はかわいかった。
塔の知識を娘から引き出す私に師は何も言いはしなかった。
『私の娘』からのデータが途切れた頃には箱庭は八割完成しており、生き残る人間の選別や仕上げにせわしなかった私は途切れていることに気がつくことは難しかった。
興味がなかったのだ。
私は管理する存在として箱庭と生命を共にすることを決めた。
自身をデータに落としこむ感覚は他の何物より生きていると感じた。後悔なぞしなかった。
彼女の死を聞いて私は師の死を悼んだ。
そして、『私の娘』はあの女の娘だったかと納得していた。
そんなことより、箱庭のトラブル解決や外部拡張が私の意識を占めていた。
トカゲと呼ばれる娘達はにこやかで健やか。常に『姫様のお父君』と私をたてた。
トカゲは蜥蜴でなく、人影。
彼女らは人であって人ではない。ただの人の影。
その遺伝情報は既に人から外れているのだ。
あの女は人を嫌っていたから。
トカゲの少女達は私に『私の娘』の話をする。
彼女らは彼女のために存在していると知っていた。
娘に夫ができたことを喜ぶべきなのだろうか。
彼女らの遺伝子情報は現在の環境に調整され、必要以上の知識をその頭脳に叩き込まれている。
失われていく知識は必要なのだ。
私は、独りだ。
護るべき箱庭の住人は数だ。
彼らからしても私は便利な管理者だ。
「不思議だね。君は優しいのに」
師はわからないことを言って笑っていた。
師は優しい人だったろう。
世界は変わっていく。
人は変わっていく。
生き延びることができるなら私は沈黙の眠りにつくのだろうか。
まだ、夜は来ない。
立ちすくむトカゲの少女が二人。
挨拶に何を言っていたのか。雑音が酷くてわからない。
『妻をコロシタ娘はアイセマセンカ?』
私に、妻なぞいないのに。




