紫陽花の硝子空
オルテシアは微笑む。
そこで流れたのはゆったりした時間。
僕は、それを僕自身に許すことができた。
このままでいいという自分への許可は蕩けるように甘かった。
僕は僕。
欲しい僕を選び取る道もあるんじゃないかと思えるようになってきた。
きっと、叩きつけるような否定にあえばたやすく崩れる意思かもしれない。
それでも、僕は自己の確立を目指したい。
真実は欠片しか提示されない。
与えられるのは合致しない人物像。
僕はだれ?
からっぽだった僕に僕の情報が足されていく。
サラの『弟』なのか。『叔父』なのか。
『箱庭計画』に関わっていたのはどちらなのか。
それとも両方か。
元気に成長したという『甥』の記憶は見つけられない。それなのにサラは『弟』と呼ぶ。
彼女が見つけた真実がなんなのかはわからない。
僕はサラの『弟』なのか。『叔父』なのか。オルテシアが告げるようにどちらでもない『誰か』なのか。
「彼女はあなたを見ています。あなたに執着しています。それでも、望みゆえにあなた自身に関わることを怯えるのです」
オルテシアは微笑み、語る。ゆっくりと言葉は滑らかに滑り出す。
「彼女の望み。そして、彼女の望み。おるてしあがわかっているのは少し。彼女の望み。あなたの幸せ。そこに彼女自身はいたいけれど、いたくないの。彼女を苛むのは眠病。意識感情の伝達表現がとても苦手。プログラムがより人らしく感情をトレースし、振舞う姿を彼女はどこかで羨んでいる。彼女には到達できないところであり、あくまで偽りだから」
オルテシアの語る『彼女』
オルテシアは情報を惜しまず話してくれた。「自分は一度は廃棄され、機能異常な状態なのだ」と。
「彼女は自分の感情を信じていない。プログラムはたやすく書き換えられるから」
つんっと目の奥が痛い。
それは自分を取り巻く環境が信用できないということ。
彼女はもしかしたら一番自身に自信をもてない。それがどれほど不安なのだろう。
「脳はプログラムを受け入れる。伝達のラインを外部から得ることができる」
発達した技術。それは、外と関われなかった者の希望。不安とおそれと希望は常に混じり合う。
それでも表現手段を持ち、わかりあえるのだろうか?
他者との対峙は恐怖であり、希望で……安らぎ。
ゆっくりと自分のうちで言葉を飲み込む。彼女の望み。
周囲の望まぬ希望を抱くという。
王の望みゆえに表立って反対できないともいう。
視線の先にオルテシア。
ふわんとオルテシアが柔らかな花のように笑う。
「だから、あなたも自信が持てずにいるの。貴方の体もまた眠病を保持しているから。彼女は後悔しているの」
からんっと何かが転げ落ちる音が聞こえた気がした。




