惑い
意識が覚めた場所は薄暗く、水の滴る音が響く場所。
「あなたは何を求めるの」
物憂げな少女の声。
真実が知りたいのだと思う。自分の状況を知りたい。
僕はヒトなのか、違うのか、僕は理解しているべき規則を知らない。
小さな手。
「世界は閉ざされた。あなたは解放されない。あなたの望みはわかれない」
頬にかかるあたたかい雫。
僕の、望み。
「望むことはあるの。あなたが好き。あなたが苦しまなければいいと思うの。でも、あなたにひどいことをきっとしているの」
ふるのは温かな雨。
「だから、花園にいて。来てはいけない。でも、……たどり着いてもほしいの。それはダメだから。閉ざされた花園で、そこで触れ合えるものであなたが幸せなら、……きっと、罪悪感は薄れる。許さないで。認めないで。来てはいけない」
小さな少女の告解。あくまでも幼い声。内容は幼いの、だろうか? 迷い揺れる言葉にその小さな手を取りたくなる。
赤いクセの強い髪を生意気な表情を、虚をつかれたように見開かれる瞳を。ほどける笑顔が見たい。
どうして今、目を開けたら君が逃げてしまうとわかるんだろう。
君を捕まえたい。
君の望みを叶えたいけれど、きっと叶えてあげられない。
閉ざした視界。眠ったフリ。意識のないフリ。君は気がついているんじゃないのかなと思える。だから、君も気がついていないフリ。
とさっと軽い音。そこからふつっと音が途切れる。
僕はゆっくり目を開ける。
君は、僕を置いてどこかにいってしまった?
体が軋む。天井は高く暗い。どのあたりからか、落ちたのだ。身体に馴染む軋む痛み。僕はこれがすぐにとれない事を知っている。
知っているはずの名を呼びたいのに僕の中のどこを探しても君の名が見つからない。
動けないことも、君の去った方を見ることも、君の名を呼ぶこともできないことが凍るようにもどかしい。
呼吸を整えて、動こうとしてみる。
荒れ狂う感情の波をしのがなければいけないんだとどこかで思っている。これは僕の記憶?
これは僕の身体?
僕が彼女を求めるのは正しい?
求める?
僕が惹かれたのは捩れた夜の女。
赤毛の少女ではない。
あの緑の瞳に、異形に惹かれた。
それなのに摩り替わるように瑠璃色の瞳を持つ赤毛の少女の笑顔が張り付いて、こびりつく。
僕は!?
「……随分と、落ちましたね。もうしばらく待っているといいでしょう」
静かに耳に届いたのは淡々とした平坦なビーの声。
僕は助かったことに安堵しつつ、その感情を向けられていない平坦な声が苦手だと気がつく。
ああ、安堵した自分がとてもイヤになる。惨めだった。
「大丈夫ですよ。生命活動に問題はありませんし、治療は可能ですから。ゆっくりとおやすみください」
甘い声。優しく言い聞かすビーの声。返る言葉はなくとも僕に向けられた言葉ではないと知れた。




