表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/115

第68話『水蓮の住処』

 私達の周囲を取り囲む銀色の魔力と眩い光は一分ほどして、あっさり消える。

────まず、最初に感じたのは身震いするほどの寒さと息苦しさだった。

だが、こうなることは既に分かっていたので、私は直ぐに息を止める。

だが、一緒に転移してきたレオンはそうじゃなかったようで……バタバタと手足を動かした。


「ゴポゴポゴポッ……!?(なんだ、これは……!?)」


 大きく目を見開き、驚愕を露わにするレオンは口から大量の二酸化炭素を吐き出す。

『あーあ、空気が勿体ない』と思いつつ、私はシレッと自分の周りに空気の膜を張った。

止めていた息を吐き出し、パチンッと指を鳴らして濡れた衣服を乾かす。


 私達の転移した場所は簡単に言うと────和の国周辺にある海の中(・・・)だった。


 特殊な種族である水蓮は水中でも息が出来るため、外部の干渉を嫌って深海に住んでいる。

そのため、会いに行くのも一苦労だった。


「ん!んー!んーんー!」


 両手で口元を覆い、何かを叫ぶレオンに流し目を送る。

海の中でも騒がしい大男は『助けてくれ!』と眼力だけで訴えてきた。


「ったく、仕方ないな……ほら」


 パチンッと指を鳴らして、魔法を発動させた私はレオンの周りにも空気の膜を作った。

風魔法と結界魔法の応用で作ったそれはシャボン玉のように丸くて、脆い。

内側・外側問わず、何か衝撃を与えられればあっさり割れてしまう。


「空気の膜を張り直す気はないから、大事に使えよ」


「え”っ……!?嘘だろ……!?」


 破壊力に長けたレオンは私の忠告に絶句し、項垂れた。

でも、私の性格を知り尽くしているので文句は言わない。

ここで余計なことを言えば、空気の膜を取り上げられると判断したのだろう。

まあ、まさにその通りなのだが……。


 とりあえず、転移は無事に成功したし、早速水蓮の元へ向かうか。


「移動するぞ」


 そう声を掛けてから、私はまるで地面を歩くように移動を始めた。

私の動きに合わせて前進する空気の膜を一瞥し、ふと後ろを振り返る。

そこでは、泳いでくる魚をしっ!しっ!と手で追い払う旧友の姿があった。

命綱とも言える空気の膜を全力で守り抜くレオンは“紅蓮の獅子”と恐れられた英雄には見えない。


 神殺戦争の英雄も水中では無力って訳か。まあ、あいつが本気を出せば海を干上がらせることくらいは出来るだろうが……。


 手のひらサイズの小魚と葛藤する彼を一瞥し、私は視線を前に戻した。

魔法で膜の中の温度を保ちつつ、スイスイと海の中を進んでいく。

1000年の間に多少地形が変わった深海は新鮮だが、驚くほどの変化はない。

かつてレオンが沈めた海賊船を目印にし、私は更に深いところまで降りた。


「────見つけた!」


 歓喜の声を漏らす私の視線の先には────特殊な結界で覆われた海底洞窟があった。

1000年前と変わらぬ姿をしたそれは懐かしく、思わず目を細める。


「水蓮は中に居るようだな。非常に懐かしい気配がする」


「そういやぁ、俺もあいつに会うのは久しぶりだな。文通でのやり取りは時々していたが、顔を合わせるのは二百年ぶりくらいだ」


 海の生物や障害物に気をつけながら、私の隣に並んだレオンは『ここは本当に変わらないな』と呟いた。

今でもハッキリと覚えている水蓮の顔を思い浮かべ、私達は結界に近づく。

海底洞窟の周囲に張り巡らされたこの結界は生物や海水を弾くものだ。結界の概要については通常のものと変わらない。

ただ、私やレオンなどの知り合いは自由に出入り出来るため、ちょっと特殊だった。


 個体指定の魔法はわりと難易度が高い。特にこの結界は魔力の波長で相手を識別するため、高度な技術と膨大な知識が必要とされた。


 ここで問題となるのは転生体の私が戦姫として認識されるかどうかだが……まあ、魔力の波長は以前と全く変わらないし、大丈夫だろう。いざって時は結界を壊せばいい。


 暴論と呼ぶべき考えを抱く私は特に深く考えることなく、結界の表面に触れる。

その隣でレオンも同じように結界に手を伸ばした。


「……とりあえず、大丈夫そうだな」


 結界の表面に触れた私とレオンの手はあっさり受け入れられ、内側に入った。

結界を貫通した自身の手を見つめ、『ちゃんと戦姫として認識されたか』と少しだけ安堵する。

そのままもう一方の手も中へ突っ込み、半ば倒れ込むように結界内へ侵入した。

私を拒むことなく受け入れた結界は多少表面が揺らいだものの、壊れることは無い。

少し遅れて入ってきたレオンをチラ見してから、パチンッと指を鳴らして空気の膜を解いた。


「はぁ〜……やっと空気の膜(窮屈な檻)から解放されたぜ〜。自由って最高だな!」


 地に足をつき、『んー!』と伸びをするレオンは物凄く嬉しそうだ。


「そんなに窮屈なら、帰りはなくても問題ないな」


「え”っ……!そ、それは勘弁してくれ!俺が溺れ死ぬ!」


 人の温情を『窮屈な檻』呼ばわりするレオンに、ジト目をお見舞すれば、彼は目に見えて焦り出した。

『そんなつもりじゃなかった』と言い募る大男を無視し、私はグルッと周囲を見回す。

大きな洞窟と広場があるだけの空間には“酸素”と“重力”があり、地上と大して変わらなかった。ただ一つ違う点を挙げるとすれば、異様に湿気が多いことだろう。


 酸素は転移魔法の応用で地上から調達し、重力は結界の効果で補っている。何度見ても素晴らしいこの空間は私でも作り出すのが難しかった。

頑張れば、作り出すことは可能だろうが、この空間を維持するのは無理だな。技術面は問題ないが、毎日の点検とメンテナンスが面倒臭い。私向きの家じゃなかった。


「出迎えに来る気配はないし、さっさと中へ入るぞ」


「あ、ああ……」


 直前になってちょっと怖くなったのか、レオンは随分と歯切れの悪い返事をした。

『行きたくない』とガッツリ顔に書いてある大男に溜め息を漏らし、私は仕方なく先頭を歩く。

すごすごと後ろをついてくるレオンは見えない尻尾がダランと垂れ下がっていた。


 残念ながら、レオンの説教はほぼ確定事項だ。怒られると分かっていて、会いに行くのはかなり勇気がいるだろう。その度胸だけは素晴らしい。

まあ、だからと言って助けてやる気は無いがな。


 実は昨日、改めて紛失物がないかレオンに確認してもらった結果、水蓮から送られてきた手紙が何通か無くなっていたのだ。まだ盗まれたと確定した訳じゃないが、その可能性は非常に高い。

だからこそ、レオンはかなり落ち込んでいるのだ。

まあ、私から言わせれば、情報管理を怠ったレオンの自業自得だと思うが……。


 仲間意識もヘッタクレもない私はシュンと項垂れるレオンを連れて、洞窟の中へ入った。

薄暗い洞窟内はちょっと濡れていて、天井からポタリポタリと水滴が落ちる。

その音を聞き流しながら、私は魔力探知を頼りに歩みを進めた。


 迷路のように枝分かれする道をどんどん進んでいき、やがて最奥の間と呼ばれる場所に辿り着く。

ここには海水とは別物の湖が広がっており、僅かだが草花が生い茂っていた。

薄暗い廊下と違い、拳サイズの光があちこちを飛び回る光景は実に幻想的だ。

そんな中で一際目を引くのは────湖の中でぐっすり眠る水龍(・・)だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ