第108話『交渉決裂』
『これは本当にヤバい奴の目つきだな』と確信する中、アルフィーはゆっくりと顔を上げた。
「戦争を起こす理由は領地の取り合いや王族同士のいざこざなど、色々あるだけど……僕には全てどうでもよく思えた。まあ、何の罪もない者達が戦争に巻き込まれて、死んでいく様は見るに堪えなかったけどね……でも、一番の悪夢は────数百年前に起こった世界大戦だよ」
クシャリと顔を歪めたアルフィーは当時のことを思い返し、苦々しい表情を浮かべる。
珍しく感情的になる彼は、今にも暴れ出しそうなほど怒り狂っているのに……どこか悲しそうだった。
「あの戦争で、数え切れないほど多くの者達が死んでいった。生まれて間もない子供も、例外ではない……母の顔を見ることも出来ずに殺された赤子だって、居た。まさに地獄だったよ……これほどまでに狂った光景は見たことがない。残虐さで言えば、神殺戦争より上だったと思う」
世界大戦の恐ろしさを語るアルフィーは、怒りを堪えるようにグッと拳を握り締める。
憎悪と絶望に苛まれ、精神的に疲弊する彼は思い詰めたような表情を浮かべた。
「僕は狂った世界を生み出すために、神殺戦争を終わらせた訳じゃない。皆を救うために……世界を平和にするために全力で戦ったんだ。なのに、理想とは真逆の方向に変わっていくなんて……」
言葉にならないといった様子で、アルフィーは口を噤んだ。
怒りに震える彼は数々の後悔を噛み締めながら、必死に感情を抑え込む。
でも、完全にコントロールするのは難しいようで……僅かに魔力が漏れ出ていた。
なるほどな……アルフィーは世界大戦の凄惨さに打ちひしがれた訳か。そりゃあ、『これでやっと世界が平和になる』と思って、戦争だらけになったら、落ち込むよな。アルフィーは責任感強くて、真面目だし。神殺戦争で死んでいった者達に申し訳ないと、負い目を感じた筈だ。一部例外を除いて、神殺戦争に参加した奴らは世界平和を願っていたから……。
死んでいった仲間達の想いを背負うアルフィーに、私は少しだけ同情する。
『狂ってしまうのも仕方ない』と納得する中、アルフィーは自身の目元を手で覆い隠した。まるで、辛い現実から目を背けるかのように……。
弱々しい姿を晒すアルフィーは、やるせない気持ちを露わにしながら、おもむろに口を開く。
「だから、僕は決めたんだ────世界平和のためにこの世界を支配する、と」
目元に当てた手をそっと離し、アルフィーは堂々と宣言した。
『世界征服』の四文字をチラつかせる彼に迷いはなく、恐ろしいほど目が据わっている。
真剣味を帯びた眼差しに、『譲る』や『引き下がる』といった言葉は一切なかった。
「平和な未来を目指す上で、優れた技術や知識は邪魔になる。反乱を防ぐという意味でも、文明レベルは下げておいた方がいい。だから────根こそぎ奪ってやったんだ、各国に重宝される技術者も国家機密に相当する情報も全部……」
技術者の暗殺や宝物庫の放火をやったのは自分だと明かし、アルフィーはスッと目を細める。
狂気を孕んだ瞳に『後悔』の文字はなく、当然のことをやってのけたと主張していた。
文明退化の原因はやはり、アルフィーだったか……。
技術者狩りといい、ブラックムーンの育成といい……念入りに準備を進めてきたんだな。平和な世界を作るために……。
まあ、だからと言って────リアム達の殺害を容認する気は、さらさらないが……。
『同情心だけで解決出来る問題ではない』と判断し、私は一つの決断を下した。
「お前の言い分はよく分かった。要するに────世界を支配するに当たって、反乱因子となり得るコイツらは邪魔だってことだろう?特に軍団長のリアムは氷結魔法の使い手で、人望もあるから。若い芽は早めに摘むに限るもんな」
アルフィーの言い分に理解を示す私は、うんうんと何度も頷く。
でも────理解する事と納得する事は、全くの別物だった。
「とはいえ、こちらも黙ってリアム達を差し出す訳には、いかない。お前が世界の平和を守りたいように、私も大切な者達の命を守りたいんだ。だから────」
そこで言葉を切ると、私は殺気と共に冷気を放った。
「────戦おう、どちらかの命が尽きるまで」
交渉決裂を言い渡した私は、直ぐさま戦闘態勢に入る。
白い冷気から氷の矢を精製すると、僅かに目を細めた。
『もう後戻りはできない』と覚悟する中、傍に控えていたレオンはそっと目を伏せる。
「結局、戦う羽目になるのか……。円満解決しそうな雰囲気だったのに……残念だ」
悔しそうに……でも、どこか悲しそうに顔を歪めるレオンは、グッと拳を握り締めた。
『みんな仲良く』をモットーにしている彼からすれば、苦渋の決断に他ならないだろう。
仲のいい旧友と可愛い教え子、どちらかを選ばないといけない状況は相当辛いだろうな……。私にはハッキリとした優先順位があるから、そこまで悩まないが……。
悲痛の面持ちで俯くレオンに、私はなんと声を掛ければいいのか、分からなかった。
最悪、殺し合いに発展する戦いにレオンを参加させるべきではないのかもしれないと考える。
でも、まだ幼い体でアルフィーと渡り合える自信はなかった。
テディー戦で消耗した魔力や体力も回復していないため、一対一の戦いは正直難しい。
『レオンには我慢してもらうしかないな』と苦笑し、私は一つ息を吐いた。
「レオン、悪いが────サポートは頼むぞ」
「!?」
素直に『力を貸してくれ』と頼めば、レオンはこれでもかってくらい、大きく目を見開く。
仲間として協力を仰いだことに、心底驚いているようだ。
五秒ほど固まったレオンは、ハッと正気を取り戻すと、誇らしげに胸を張る。
「おう!任せとけ!」
嬉しそうに自身の胸を叩くレオンは、晴れやかな笑顔で頷いた。
頼られたことで踏ん切りがついたのか、彼の瞳に迷いはない。
ただ真っ直ぐに前を見据え、己の信念とプライドを賭けた戦いに備えた。
覚悟を決めた私達の前で、アルフィーは苛立たしげに舌打ちする。
人間達の味方をする私達が気に食わないのか、鬼の形相でこちらを睨みつけた。
「人間達のために何故、そこまで……理解に苦しむよ」
『せっかく仲良くできると思ったのに……』と嘆くアルフィーは、ギシッと奥歯を噛み締める。
感情の昂りに応じて魔力の漏出が増えていく中、彼はそっと視線を落とした。
「あんな奴らのどこがいいの?助けたところで、裏切られるだけだよ。彼らには義理も人情もないんだから────平和を脅かす存在に、固執する意味が分からない」
地上に鋭い視線を向けるアルフィーは、『助ける価値もない』と吐き捨てた。




