第107話『和解?』
「じゃあ────もう争う必要はなさそうだね」
上機嫌で終戦を仄めかすアルフィーは、どこかホッとした様子だった。
脱力したように肩の力を抜き、僅かに表情を和らげる。
「戦姫の暗殺はあくまでテディーの希望だから。和解したなら、戦う理由はもうない。正直、戦姫の暗殺は気乗りしなかったしね。ということで────仲直りしない?」
『不毛な争いはやめよう』と語り、アルフィーはこちらに手を差し出した。
仲直りの握手を求める彼に、私はちょっとだけ拍子抜けしてしまう。
欲を言えばもう少し戦いたかったが、和解できるならそれに超したことはないだろう。
今はリアム達のこともあるし、一時の感情で全てを台無しにする訳にはいかなかった。
「分かった。仲直りしよう」
戦いたくてしょうがない自分を諌めつつ、私はアルフィーの手をそっと握る。
ブンブンと上下に振り、仲直りの握手を終えると、私は『案外呆気ない終わり方だったな』と肩を竦めた。
若干の物足りなさを感じる私は、チラリとレオンに目を向ける。
レオンを使って、憂さ晴らしでもするか。耐久性には定評があるし、サンドバッグに丁度いいだろう。でも、その前に────リアム達を安全な場所に運ばないとな。和解したとはいえ、無人島にずっと放置する訳にはいかない。
『転移魔法で一気に運ぶか』と考える私は、手元に魔法陣を手繰り寄せた。
モーネ国までの距離や生徒の人数を計算する中────地上に水の矢が降り注ぐ。
死の雨とも言える光景を前に、私は『えっ?』と困惑した。
リアム達を守らなくてはと考えるものの、突然のことに戸惑って、何をすればいいのか分からない。魔法で防御する考えさえ思いつかず、私はただただ呆然としていた。
身動き一つ取れずに固まる中、水蓮は元々ある結界を駆使して、攻撃を防ぎ切る。幸い、リアム達に怪我は一つもなかった。
家族の安全を確認した私はホッと胸を撫で下ろし、一気に冷静になる。そして────感情の赴くまま、アルフィーを怒鳴りつけた。
「一体、何をやっている!?私達は和解した筈じゃなかったのか!?何故、リアム達を攻撃するんだ!?」
『話が違う!』と喚き散らす私は、鋭い目付きでアルフィーを睨みつける。
裏切られたショックと屈辱に耐えながら、物凄い殺気を放った。
『殺してやる!』と激昂する私を前に、アルフィーは心底不思議そうに首を傾げる。
「僕は戦姫たちと仲直りしたのであって、彼らとは和解してないよ?そもそも、和解するつもりもないし。だって────将来有望な若者や優秀な軍人は、僕の思い描く未来に必要ないから。むしろ、邪魔でしかないよ」
屁理屈とも言える理論を展開し、アルフィーは『理想の実現に犠牲は付き物だよ』と笑った。
現実的でありながら、どこか抽象的な考えに、私は難色を示す。
正直アルフィーの思い描く未来など、どうでもいいが、家族や友人を巻き込むなら話は別だった。
リアム達に手を出すなら、こちらも対応を変えなきゃいけないな。彼らの今後に関わることだから、決して妥協はできない。
『仲直りの握手が無駄になりそうだ』と考え、私は小さな溜め息を零す。
説得の余地はあるのか?と思い悩む中、アルフィーは意気揚々と語り出した。
「僕はね、汚れ切った世界を浄化したいんだ。そして、理想の世界を作りたい。だから────邪魔者は徹底的に排除する」
自分勝手な言い分を振りかざすアルフィーは、至って真剣である。
リアム達の排除は譲れないことなのか、妥協する気は一切なさそうだった。
私の顔に免じて、見逃してもらう……のは、さすがに無理か。『理想の実現に犠牲は付き物』とまで言っているから、そう簡単に引き下がらないだろう。それこそ、再起不能になるまで粘る筈……。
『面倒なことになったな』と吐き捨てる私は、やれやれと肩を竦める。
戦闘再開も視野に入れつつ、私は平和的解決の道を模索した。
「どうして、そこまで極端な話になるんだ?お前の目標はあくまで世界平和だった筈だろう?お前はリアム達を邪魔者と称すが、優秀な人材こそ理想の実現に必要なんじゃないのか?」
リアム達を敵視する理由が分からず、私は次々と質問を投げ掛ける。
1000年前とは比べ物にならないほど、過激になったアルフィーの考えに、私はどうしてもついて行けなかった。
1000年前はもっと、こう……穏健だった筈だ。理想の未来を実現するためなら戦争もするし、犠牲も払うけど、『出来るだけ、穏便に済ませたい』と考える奴だった。神殺戦争で、何度も敵に交渉を持ち掛けたのがいい例である。
なのに、今のアルフィーはなりふり構わず、暴れ回っている。最後の最後まで平和的解決を諦めなかった1000年前とは、大違いだ。
『まるで別人のようだ』と呟く私は、旧友の変化に戸惑うしかなかった。
キラキラした笑顔で、夢に向かって邁進するアルフィーの姿はもう見れないのかと思うと、少しだけ切なくなる。
『あの頃とはもう違うのだ』と現実を突き付けられたようで、苦しかった。
時代の変化を身に染みて感じる中、アルフィーは少しだけ表情を曇らせる。でも、また直ぐに笑顔になった。
「僕の理想は以前と変わらず、世界平和だよ。誰もが手を取り合って、生きていく世界になれば良いなと思っている」
自身の両手を組み、アルフィーは1000年前と変わらぬ主張を繰り返す。
穏やかに微笑む彼を前に、私は少しだけホッとした。どれだけ様変わりしても、根本的なものは変わらないのだと……。
「なら────」
────以前と同じように交渉で片をつければ、いい。
と続ける筈だった言葉は、アルフィーによって遮られた。
「でも────理想を実現するためには、言葉だけじゃ駄目なのだと、この1000年の間によ〜く分かったよ。僕は人間達の欲深さを甘く見ていた」
落胆した様子で、そっと目を伏せるアルフィーは寂寥感を漂わせる。
この世の全てに絶望したようなオーラを纏い、彼は失望感を露わにした。
「僕はね、神殺戦争さえ終われば、平和な世界になると思っていたんだ。誰もが喜びを分かち合い、平和で幸せな毎日になるって……でも、現実はそう甘くなかった。神という共通の敵を失った人間達は────今度は同族同士で、争いを始めたのだから……」
愛想笑いにも満たない作り笑顔で、アルフィーは『人間達の愚かさを思い知らされた』と語る。
光を失った瞳は深海のように深い闇を宿しており、不自然なくらい静かだった。




