98 この先の予測
「領主様、お怪我は!」
「ありませんでした。この子達とロージーが守ってくれたから」
「ようございました。まさか辺境伯領の兵士が、こんな……」
故郷からの援軍が、魔物になって主を攻撃するなんて思わなかっただろう。
自分の失態のように感じてしまったのか、テオドールは悔し気な表情をしている。
「テオドール、兵士達の出自は確かな人達ばかりなのか、教えてくれる?」
「はい、辺境伯家の領地に住む者ばかりのはずです。私の家、メレス家が預かる地域で集めたはずですので……」
ならば、誰かが付け入ったのだろう。
「人が仕える旗を変えることはあるわね。騎士でもなければなおさら。借金とか、もしくは犯罪を目撃される……弱みを握られた者なら、それを伏せるためだけにでも協力してしまうかもしれない」
現に、魔物に変じた兵士の、そうした理由はわからない状態だ。
家族にとっては不名誉な死となっただろうけど、それよりも大きな弱みがあった場合は、隠し通せてしまう。
それが目的ならば、魔物に変じて仲間を襲うこともいとわないような弱みだったのだろう。
「急ぎ、魔物に変じた兵士について調べさせます」
うなずきながらも、それでは遅いかもしれない、と思う。
調査結果を聞く頃には、きっとベルナード軍が攻めて来た後だ。
「調べてほしいのもそうなんだけど、辺境伯閣下に、こちらで起こったことと、辺境伯領でも同じ事件が起きかねないことを、早馬で伝えて。こちらに返事をする必要はないとも伝えてほしいの」
私の意図を察したのか、テオドールが青い顔をする。
「もしや、他にも……」
「辺境伯領でも、同じことが起こるわ。今すぐではないかもしれない。ベルナード軍が攻めて来た時に、防衛側に同じようなことをする人が紛れていたら……危ないわ」
リュシアンがこちらに援軍を送るどころではなくなる。
下手をすると、辺境伯領もベルナード軍の前にあっさりと敗北するだろう。
(なにより、リュシアンが間に合わなかった理由がわかった気がするわ)
リュシアンも、同じように邪魔をされて来られなかったのだ。
だから未来の夢でも、リュシアンはいなかった。
(今回も彼は……来ないかもしれない。たぶん辺境伯領には、もっと沢山、ベルナード軍の手先になってしまった人達がいるはず)
先方だって、英雄と呼ばれる魔術師がいる辺境伯領を警戒しているだろう。
その分、あちらにはもっと苛烈な妨害工作をしていると思う。
私は考えをまとめて、側にいる人達の顔を見る。
ぐっと口を引き結ぶテオドール。
一緒に聞いているアダンとメリー、マティアスは顔が青白い。
ロージーは気負った様子はないけれど、撤去され始めた魔物の躯を見つめていた。
言いにくいけれど、話さなくては。
リュシアンは来ないかもしれない、と。
でも、それを言ってしまったら……この少人数で戦いぬかなければならないと知った時に、みんなが衝撃を受けてしまうのではないか。
今ここで心が折れないか不安になる。
だけど知らせないわけにはいかない。
「みんな、たぶん辺境伯……」
けれどテオドールが私の口の前に手を伸ばす。
触れるほんの前まで。
思わず言葉を止めた私に、テオドールが微笑んだ。
「わかっております、おそらく辺境伯領でも同じことが起こるはずです。それをあちらに伝えても、確実に対応ができるかわからないので……辺境伯閣下がこちらに来られないことは、予想がつきました」
言いにくいことを、私から言わずに済むようにしてくれたテオドールに、私は感謝する。
「うん、ありがとう。ひどい戦いに巻き込んで……ごめんなさい」
たとえ妨害工作があっても、辺境伯領で戦う方が、少人数で籠城するハルスタットよりマシなはず。
騎士として士官してほしいと頼まれ、断り切れずにここに来てしまったのかもしれない彼に、詫びておきたかった。
「謝罪なさる必要はありません。騎士となったからには、いずれどこかの戦場で果てる可能性は、いつでもあるのです。そして騎士の務めとは、主を生かすこと」
テオドールは微笑んでくれた。
「万が一の場合には、身を挺してでも領主様と戦えない人々をお逃がしいたします。できれば、辺境伯閣下と合流できるまで、お側にいられるように努力いたします」
私が、戦場で果てることが誉れの武人ではないから、逃がすと言ってくれたんじゃないかな。
たぶん相手がリュシアンだったら、『最後までお付き合いいたします』って感じになったと思う。
テオドールの心遣いに、私も笑みを浮かべる。
「宜しくお願いします」
「俺もー。状況がどうあれ、金の分はちゃんと働くって。安心してくれていいよー領主ちゃん」
ロージーがにかっと笑う。
その表情に、アダン達も少し励まされたような顔になった。
「うん、頼りにしてます。だけど……ここが潮時ね」
城内で魔物が出た。
それもおかしな形で。
話はすぐに外に伝わるだろう。町民達も動揺するに違いない。
「時期をいつにしようかと思っていたけど、もう、今しかない。ベルナード軍が攻めてくるだろうと、公表しましょう。魔物のことは、その一環であると」
私は町へ移動した。
素早く行動できない老人も、子供を抱えた親もいる中、城に集めて話だけ聞かせるのは手間だ。
なにより、逃げると決めた人は、話した直後からすぐ準備にかかりたいだろう。
私としても、どうせ逃げるのならなるべく遠くへ急いで移動してほしいし。
私は町長を訪ね、町の広場のような場所に人を集めてもらった。
そして、ベルナード軍が侵攻準備をしていること。
ハルスタットを通る街道に、進軍してくる可能性が高いと語った。
町の人達は、最初受け入れられずにざわついた。
そしてみんなが同じ言葉を聞いたと確認すると、嘆きの声が上がる。
「どうして……」
「領主様がなんとかして!」
「錬金術なんてすごいことできるんだから、きっと!」
「何言ってんだよ、薬しか作れないんだろ、錬金術は」
様々な声が上がる。
無謀な期待。
誰かが救ってくれという他人任せな声。
現実を見ろと言いながらさげすむ声。
私はそれには答えなかった。
決めるのは私ではない。
残ると決めた人を、守り切れるように手を尽くすのが仕事。
(でも、当初の予想よりは、マシなこともある)
ベルナード軍が来る前に、驚異の一端を間近に見た人達が、町の人にも伝えるだろう。
だからこそ、『まさか』と思わず、侮らずに判断できると思う。
逃げるか、ここで戦いの行く末を待つかを。
私は逃げるもとどまるも自由だ、ということだけを話した。
あと、逃げるのならば一か月もしないうちにするべきだ、と。
そして館へ戻った。




