第386話
「ここは……」
気が付くと周りは暗く、一緒に戦っていた四人の姿は何処にもいなかった。
「ルーシャさん! トオルさん! アキさん! ユランさん! 誰かー!」
叫んでも返事は返って来なかった。
「無駄だよ。ここは僕が作りだした空間だ。誰もいないさ」
何もない所から人の姿になったウォルが姿を見せる。
「……武器が出ない!」
盾を構えようと武器を出したが出現しなくて俺は焦り出した。
「言っただろう? ここは僕が作りだした空間だって。僕の許可がない限りは不可能だ」
「そうかい……それで、俺を閉じ込めてどうする気だ? 談笑する仲って訳でもないし」
「それもそうだ」
ウォルは踵を返して歩き出すと暗かった空間がぐにゃりと捻じれ、さっきまで居た部屋と似ているが埃一つない綺麗な部屋に変わった。
「おいウォル! どこに行くんだよ! 」
呼び止めてもウォルは足を止める様子も無く、俺は溜息を吐いてから後を付いて行くことにした。
「屋敷が綺麗になってる……なぁウォル! これってお前の能力か!」
「僕にそんな能力はないさ」
「おはようございます、ウォルター様」
「ああ、おはよう」
前の方からメイド服の女性の人が現れて、ウォルにお辞儀をした。そして、子供の姿だったウォルはいつの間にか腰に剣を付けて軽装備の大人の姿になっていた。
「こちらの方は……」
「兄さんの客人さ。兄さんは今は何処にいる?」
「当主様は教会に行っております。馬車のご用意致しますか?」
「いや、歩いて行くから大丈夫だ」
「畏まりました」
メイドの人は頭を下げてから何処かに行ってしまった。
再び歩き出したウォルは屋敷の外に向かって、ちゃんと整備された道を進み森を抜けて街に到着した。
街並みもすっかり元通りになっていて、沢山の獣人で溢れていて賑わっていた。
「何処に向かってんだよウォル? それかウォルターって呼んだ方が良いか?」
「所詮、過去の名前さ。ウォルで構わないさ」
「あっそ。それでどこに向かってんだよ? っておーい、答えろよ!」
俺の話を無視して賑わっている大通りを進み、途中にあった公園を抜けて、白い教会が見えてきた。
「これはウォルター様! ようこそ!」
「中に兄さんが居ると思うんだけど」
「はっ! 当主様なら祭壇の方で司祭様とお話しております」
「そうか。入らせてもらうよ」
「どうぞ、お入りください」
ウォルの後に続いて俺も教会に入って行く。廊下を進んで行くと白の司祭服を着た人と、凛々しいけどどこか優しい雰囲気がある大人のウィルの姿が視界に入った。
「兄さん!」
俺たちに気が付いたウィルは司祭に一礼してからこっちに歩いて来る。
「ここに来るの珍しいなウォル」
「兄さんに会わせたい人が居るんだ」
「こちらの方かな? えっと、どちら様でしょうか? 人族か、珍しい……」
初めて見るようなウィルの視線に心臓がぎゅっとなった。
「……俺のこと覚えていない……?」
「? 初めて会うと思いますが……」
「あはは……俺の、勘違いでしたすみません。ハルナって言います」
「この街を治めるウィリアム・フリューゲルスと申します。この街には観光で?」
「はい……そんな感じです」
俺は出来るだけの笑みを浮かべて返事をした。
「この街には見応えがある景色や美味しい料理と娯楽が沢山あるので楽しんでください」
「兄さんが案内すればいいのに」
「本当は案内してあげたいけどまだ執務が残ってるからね。それでは私はこれで」
馬車に乗ったウィルを見送っていると空間がぐにゃりと歪み、夕焼けの浜辺に場所が変わっていた。
「ウォル、こんなものを見せた目的はなんだ? これじゃまるで……」
「兄さんはあの日のことをまだ後悔しているんだ」
ウォルは静かに語り出した。
「君たちに出会って、海原を冒険して、彼女も出来て沢山の思い出で兄さんは毎日楽しそうだった。あの日事を受け入れようとしていたんだ。だけど、あの日拠点にあいつらが来て兄さんにある提案をしたんだ」
「あいつらって……深淵の者か?」
ウォルは頷いた。
「あいつらが提案したのは過去に戻る方法を教える代わりに手伝いをしろという内容だ」
「それをウィルが受け入れたのか……?」
「兄さんは君たちとルラーシャの安全と拠点に手を出さない条件で付いて行ったのさ」
「そんなことが……なんでウォルはそんなことを知っているんだ?」
「僕は兄さんと一緒にいるから……」
ウォルの視線はどこか遠くを見つめていた。
「なぁ、ウィルの事を話してくれるなら最初から戦わなくてよかったんじゃね? めっちゃ殺気放ってたし」
「ああ、あれは本気だ。君たちを倒そうとしたんだ。僕に負けるようなら兄さんは任せられないから。まぁムカつく程強くなったのは予想外だったけど。……そろそろ時間のようだ」
ウォルの体が徐々に薄くなり、周りの景色が真っ黒になっていく。
「今度こそ兄さんの事は任せるからな。約束は守れよ」
「わかってるさ」
ウォルはどこかスッキリしたような表情をして消えていった。




