第316話
「えっと……ちょっと移動しませんか?」
「ん? 別にいいぞ!」
「それじゃ移動しましょうか」
周囲の視線に耐えられず二人を連れて転移門から離れた。二人の存在感が凄いせいで視線が自然と集めってくる。仕方ない、ニアのスキルを使うか。
「【幻影の風】」
黒い風が吹き抜けると周りのプレイヤーたちは俺たちを見なくなった。
【幻影の風】は相手からの認識を阻害するスキル。ダメージはないからこんな街中でも使えるのだ。
「スキルを使ったのかい少年。街の中でのスキルは危険だぞ」
「ダメージがないスキルだから平気です。改めてハルナって言います。募集に応募して頂いてありがとうございます。二人が一緒のクランなのは予想外でした」
「ダメだったのか少年?」
「素材が手に入るなら問題ないです。素材を確認してもいいですか?」
二人はそれぞれのインベントリから素材を出してくれた。
「サンドデスワームの生き血とヴォルケノサウルスの牙。確かに。孵化させるモンスターの卵は今お持ちで?」
「俺がキャットの卵。ダンチョウがゴリラの卵や」
「一体を孵化するのに約一時間、二人分なんで二時間ほど掛かるので、そこだけはご了承ください」
「時間ならあるから平気だ少年!」
「ダンチョウ……その呼び方気に入ってんのか? 普通に呼べや」
「いや、こういうキャラで行こうと思って……ダメかい少年?」
「別に呼び方はなんでも」
「ほら、本人もそう言っているし」
「はぁ~……」
アシッドさんは大きめな溜息をついた。
そんな会話をしつつ路地を曲がり、少し歩きヴェルガの家の前に到着した。
「ここは、君の拠点か?」
「どう見てもNPCの家やろ」
「ここは友人の家で、ちょっと待っててください」
家をノックするとヴェルガが出てくる。
「ハルナ? 約束の時間より大分早いけど……あれ? アシッドさんにダンチョウさん?」
ヴェルガは後ろにいる二人の事を知っているようだ。
「二人の事知ってんの?」
「ボスモンスター事件の時に助けて貰ったんだ」
「へぇーそうなんだ」
「それよりもこんなに早く来てどうかしたの?」
「ちょっと地下室を借りたくて」
俺はヴェルガに事情を説明した。
「あーそういうこと。別にいいよ」
「ありがとうヴェルガ」
「借り一つだからね? お二方も中にどうぞ」
「お邪魔するぞ!」
二人を連れて地下室に行き、そこで孵化装置をインベントリから取り出して設置した。
「よしっと、これでいいかな。どっちからやります?」
そう聞くとアシッドさんが手を上げた。
「わてから頼むわ」
「それじゃあ装置の中に卵を入れてください」
アシッドさんが装置の中に卵を入れて蓋を閉じ起動する。
「たったこれだけで孵化するんやな」
「最後に名前を付けますけど、もう名前は決めているんですか?」
「実家の猫の名前を付ける予定や。一時間か……」
「ここで待っているのでどっか行ってても平気ですよ。終わったら連絡もしますし」
「ほんまか! 少し出掛けるから連絡してくれ」
フレンド申請をすると、アシッドさん慌ててヴェルガの家を後にした。
「ダンチョウさんはどうします?」
「もちろん決まっている。少年と語り合う」
「俺と? なんもないですけど……」
「樹海エリアのボスモンスターのことでもいいぞ」
「あーまぁそれなら別にいいですけど」
地下室で話をしているとヴェルガが温かい飲み物を持ってくる。
「こんなところで話してないで上に来ればいいのに」
「ありがとヴェルガ。流石に遠慮するよ」
「少年はNPCとも仲がいいんだな」
「大事な友人ですから、可能であればうちのクランに入れたいと思ってます」
「それは運営次第だな。だが、叶うといいな!」
「そうですね。お、そろそろ孵化しそうだ」
急いでアシッドさんに連絡すると、階段を駆け下りてくる音が聞こえ息を切らしたアシッドさんが姿を見せる。
「丁度いいタイミングやな」
「孵化したら額に手を当てて名付けしてください」
装置が止まり蓋が開き覗き込むと白い靴下を履いているような黒猫が見上げていた。
「おお、可愛いやん。これからよろしくなミケ」
抱き上げたアシッドさんはミケと名付けられた猫を優しく撫でる。
「次は俺の番だな!」
立ち上がったダンチョウさんは孵化装置の中に卵を入れた。
「ダンチョウさんも名前はもう決めているんですか?」
「勿論だ! ゴルゴンゾーラ二世だ!」
「え……? 本気で言ってます?」
「本気の本気だ!」
「ハルナ、こいつは一度決めたことは変えへんよ、諦めな」
「うん、まぁ……人それぞれですし……はい……」
「ネーミングセンス悪いって言ってくれへんか? こいつに」
「あはは……」
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
孵化が終わるまで適当に地下室で駄弁って時間を潰した。




