疾駆伝 参 追想~壮行~
信長視点による戦国疾駆本編の回想他(三)です。
ペラリ、ペラリ……。
「……上様、まだ起きておいででしたか。」
夕食後も読書を続ける信長の背後から、女性の声がかかる。
「む……、濃か。」
信長の正室、濃姫だった。
「あら、これは?……今日献上された書物ですか。」
「うむ、懐かしくてな。」
ふと信長は思い立ち、十冊ばかりを濃姫に手渡した。
「濃も読むが良い。中々面白いぞ。」
満面の笑みで渡してくる夫の姿に妻は苦笑して、それでもしっかりと受け取るのであった。
………。
……。
…。
* * *
そういえば思い出したぞ。
我が嫡男・信忠と、信清の長女・琳の婚姻を進めた時のことを。
俺にとって信清は、既に切っても切れない存在だったが、周囲にとっては必ずしもそうでもなかった。
特に長秀や恒興などは、しきりに懸念を表していた。
「御屋形様の時代は良いでしょうが、信忠様の時代も考えて下さい。」
俺と信清は良くとも、その次の世代に成れば判らない。
まあ、確かにその通りだな。
両家の結びつきは強くなければならない。
これは俺の思惑とも一致する。
なんならもう、両家は一体化しても良いと思う程に。
俺が考えを巡らせていた頃、アイツからも色んな婚姻策が提示された。
信清の妹・温が松平家次の嫡男・忠正に嫁ぐ。
これはまあいい。
家次の評価はともかく、その価値は理解している。
於市が斯波義銀に嫁ぐ。
多少思う所が無いではなかったが、まあ良いだろう。
旧主筋を一門に取り込めば、出来ることも増えると言うもの。
それに於市も、遠くにやらずに済むとなれば寂しくないだろう。
信清の嫡男を、信広兄者の養子とする。
これは許せん。
信広兄者のことは信頼してるし、価値も判るが流石にない。
無いとは思うが、これでアイツとの仲が拗れでもしたら大事だ。
アイツとしては、男子のない信広兄者のことを心配したのだろう。
その心配りは良いが、見繕う者が良くない。
信広兄者の養子の件は、後でアイツとよく話し合う必要があるな。
それはそうと、この時アイツの娘を俺の息子に嫁がせると言う案が浮かんだ。
我ながら名案だ。
俺の子が、アイツの義息子になる。
アイツの娘が、俺の義娘になる。
俺とアイツの繋がりは、より一層深く太くなるだろう。
最高ではないか。
早速指示を飛ばす。
長秀も恒興も、良い案だと喜色を表した。
うむうむ。
そんな訳で、信忠と琳は婚約したのだが……。
図らずも俺と信清の様に、信忠と信益も義兄弟で親友の間柄になったのは良き事だった。
全ては俺の采配が優れていたと言う訳だ。
信忠と琳の仲は良好そのもの。
俺と濃、信清と央姉上のようだ。
既に嫡男も上げて、順調に育っているしのう。
しかし孫は良いな。
責任は全て親に任せ、好きなだけ甘やかせるのだから。
* * *
前後するが、俺は足利義昭を奉じて上洛を果たした。
畿内の三好一党とそれに与する者たちの内、降服しなかった者は全て討ち果たした。
せっかく信清が助言してくれたのだから、確りと達成せねばな。
家中にもアイツの言葉を軽んじる者は、最早いない。
首尾よく足利義昭を将軍に付けてやると、褒美をくれると言われた。
副将軍や管領職なんぞ要らん。
代わりに和泉の代官職を頂いておいた。
それと、信清の要請で斯波義銀と吉良義昭を守護職に補任させた。
遠江国と三河国。
態々攻め取ると宣言するとは、剛毅な奴め。
吉良はともかく斯波義銀は既に身内。
中々に良い手だ。
そして今川家との和睦も成立。
この頃から既に、今川と北条は手を結ぶ相手にと考えていたのか。
東には武田と言う難敵が立ちはだかっている。
これに対処するための策を、既に講じ始めていたようだ。
アイツの政略手腕が実に頼もしい。
東は信清に任せ、俺は畿内と西へ目を向けていた。
全ては順調……と思っていたのだが。
アイツの懸念が遂に現実になった。
足利義昭。
血筋以外は小物でしかない癖に、大きく出おってからに!
今思い返しても腹が立つ。
まあ、記録や軍記では須く愚物として描かれている。
悪知恵は働くがそれだけだし、足利宗家は義助の家が続いている。
そうならざるを得ないか。
少し溜飲が下がった。
まあ結果だけ言うなら、アイツに愚痴ったら何とかしてくれた。
流石頼りになる。
事後報告だったのは宜しくないが、まあ些細なことか。
そういえば、当時は朝倉の処理や三河遠江の始末などで忙しかった筈だが……。
いや、流石頼りになるな!
だが偶々都に来てただけのアイツに、少し頼り過ぎたかと後悔もある。
貸し借りはあっても貯め過ぎない。
そう注意しているつもりだったのだがな、優秀すぎる相棒にも困ったもんだ。
* * *
丁度その頃、央姉上から手紙が届いて笑った記憶がある。
信清が側室を娶ったと。
何もおかしな点はない。
その側室は、織田忠寛の娘であったと。
やはり、何もおかしな点はない。
むしろ一族間の絆が深まって、大層良いことだ。
何が笑えたのか。
それは、その側室……智と言ったか……が、押し掛け女房だったことだ。
政略・戦略・武略どれをとっても一流の我が親友殿が、まさか女に追っかけられていたとは。
姉上からの手紙には、それはもう事細かく事情が書かれていた。
手紙は途中で濃らに取られてしまって手元にはないが、何とも愉快な話であった。
年上の従兄弟殿にも、まだまだ可愛気が残っていたと言う事だ。
信勝や信興も大いに笑っていた。
ま、若い側室を迎えたなら沢山の子を望めよう。
優秀なアイツの血筋を残すためだ。
智には頑張って貰いたいものよ。
マイルドが過ぎて、甘々判定になっている箇所が多数ありますが無害です。




