疾駆伝 弐 追想~躍動~
信長視点による戦国疾駆本編の回想他(二)です。
ペラリ、ペラリ……。
「上様、夕餉の支度が整いました。」
「……うむ。解った、すぐ行く。」
「ハッ。」
小姓の呼びかけに応じて顔を上げた信長は、軽く伸びをして周りを見た。
まだ読了してないものが、二十冊以上。
「流石に骨が折れるな。」
言葉とは裏腹にその顔は実に晴れ晴れとしており、食後も読書を続ける気満々である。
「何とか、今夜中に読み終わりたいものだが。」
そう言うが、流石に無理であろう。
自分が真っ先に読み終わらねば気が済まない。
地味に負けず嫌いなところは、今も昔も変わらない信長であった。
………。
……。
…。
* * *
信清が木曽川の水運に纏わる輩を手懐けた。
流石、目の付け所が良い。
特に生駒に関しては、俺も色々と世話になってる。
おっと、これに関しては禁句だな。
お濃にばれたら小突かれてしまう。
やれやれ。
そういえば、秀吉を紹介してきたのもこの頃だったな。
蜂須賀が飼ってた小男が、今では信濃で十万石の領主か。
信清にはやはり、不思議な力があるな。
繋ぐ力に人を見る目、そして人材発掘能力がまた大きい。
そんな信清を友としたのだから、当時の俺も見る目は相当あったと言えよう。
あとは、影働きの者らを召し抱えたのもその頃だったか。
最初は正直どうかと思ったが、それでも信清に任せたのは正解だった。
尾張統一にも、大いに役立ってくれた。
そして守護代が倒れた後、守護職にあった斯波家も終わるものだと思っていたが……。
結果的に織田一門に連なり、遠江の太守に収まるなど当時は思ってもみなかったわ。
それもこれもまた、アイツの力か。
考えるにつけ、奴の能力は凄まじいものがある。
当時はそこまで思わなかったがな。
だが、今も昔も変わらないものもある。
それは、信清は絶対に俺を裏切らないと言う信頼だ。
無論、お互いにな。
* * *
時は過ぎ、駿河の今川が動いたとの報せが入る。
桶狭間合戦だな。
あれも中々に激戦だった。
我らにとっては、天下分け目の大決戦だったと言っても良い。
そういえば、桶狭間合戦の少し前にあった美濃斎藤家の騒動。
我が義父・道三公が義龍めに弑された、と思ったら実は生きていた。
勿論、そんなことをするのは信清だ。
発覚した時は憤慨したが、嬉しかったのもまた事実。
何を言わずとも俺の思いを汲み取ってくれる親友とは、実に良いものだな。
だから軽い叱責で済ませてやったわ。
だがお濃には直接報告させて、小突かれたり叱られていたのには笑わせて貰った。
ま、そのくらいはな。
それで、桶狭間合戦だが……。
実はイマイチ印象が薄い。
前哨戦を含めて激戦だったのは間違いないのだが、何故かな。
信清と一緒じゃなかったせいだろうか。
水野や山口による偽装で、多少楽ではあったが激戦も激戦で。
しかも偽装を確実にするため、佐久間大学や秀敏大叔父上が全力で戦い討死。
アイツも嘆いていた。
一族の損失を避けようと頑張っていたからな。
秀敏大叔父上は、俺の後見役として家中に睨みを効かせてくれていた。
信清の陰に隠れて目立たなかったが、俺たちは結構頼りにしていた。
最後の戦場に出る時、アイツに全てを託して出陣したらしい。
……近い内に、秀政に言って墓参りをしよう。
その後信清は、三河で工作を続けていたようだ。
詳しいことは知らんが、松平家次と接触していたのだろう。
全く、どれだけ先を見据えていたのだか。
ともかく無事に今川義元の首を獲り、三河に騒乱を起こして尾張は安泰となった。
その後は三河から遠江、駿河まで侵攻するものと思っていたのだが。
まさか、今川をも生かすことになろうとは。
斯波家ともども判らんものだな。
名家には名家としての使い道がある。
信清はよくそう言っていた。
その頃は良く分からなかったが、上洛してからはその言葉に成程と納得したものだ。
* * *
尾張を制し、義元の首を取った俺たちは一躍乱世の舞台に躍り出た。
義父・道三公の国譲りを大義名分として美濃を併呑し、三河・伊勢にもその手足を伸ばす。
先端に居るのは大体アイツだったが。
そう言えば、信清が大鉄砲隊と称する鉄砲隊を組織していたのには驚かされた。
思えば初めて鉄砲をアイツに見せた時、偉く感激していたな。
その様を見て、俺はコイツとならば……そう決意したのだったが。
俺でも思いつかない規模での鉄砲運用とは。
流石は親友と心強く思ったものだ。
懐かしいものよ。
破竹の勢いで伸張を続けていた俺たちに、ある時転機が訪れた。
足利義昭が接触してきたのだ。
玉が来るとあって、俺を始め皆が高揚した。
しかし、信清だけは冷静に懸念を示していたな。
曰く、「要らん騒動が引き起こされかねん」だったか。
だが当時の俺には必要な玉だったし、アイツも受入には同意した。
そして常時、裏からの警戒をさせていた。
当時は純粋に警備だと言っていたが、恐らく警戒の対象は足利義昭だったのだろう。
心配性と言うより、あれは間違いなく確信していた。
後から見れば、全てアイツの懸念通りになったのだから恐れ入る。
正に慧眼と言う他ない。
俺が近江を通って上洛するのに合わせ、信清は伊勢攻略を為した。
そこで先の鉄砲隊が出てくるのだが……。
それまで信清の活躍は、裏方や政略面が多かった。
だから家臣や一族の中には、戦略や武功は大したことがないと侮る者もいたのが事実。
俺はそれでも構わなかったが、出来れば武功を上げて欲しかった。
やがて信清は、俺の期待に違わず武功を上げる。
それも伊勢・志摩二国を切り従え、伊賀すらも実質併呑するというオマケつきで。
これには一族家臣たちも仰天し、己が見識の無さを恥じるばかりだった。
俺はもう鼻高々で、非常に気分が良かったのを覚えている。
あれほど痛快に思ったことはない。
そんな信清の伊勢での活躍もあり、またアイツから回された鉄砲隊を使って近江路を踏破。
六角から三好一党までを蹴散らして、容易く上洛を果たしたのだった。
若干勘違いや美化、思い出補正などが入っています。




