表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/68

疾駆伝 壱 追想~青春~

信長視点による戦国疾駆本編の回想他(一)です。

ペラリ、ペラリ……。


書斎に男が一人、ただ紙を捲る音のみが響く。


「ふふっ。懐かしいものだ……。」


時折独り言を発したり、懐かしげに虚空を見詰めて笑みを零す。


彼の者は織田信長。

織田幕府初代将軍の肩書を持つ、天下一の出来人である。


その信長は、献上された軍記『織田太平記』を読みながら、当時のことを思い起こしていた。



………。


……。


…。



* * *



俺が始めて信清と出会ったのは、那古屋城にアイツがやって来た時だった。


従兄の存在は知っていたが、果たしてどんな人物なのか。

当時周囲には、俺の考えに付いて行ける者がほとんどいなかった。

そのため常にイライラし、癇癪を起して周囲と壁が出来ていたのも間違いない。


期待して裏切られるのは辛い。

そう思いつつも、まだ淡い期待を抱いていたのは幼さが故だろう。

だが俺は、其の時の自分を褒めたいと思う。

なぜならば、抱いた期待は裏切られなかったのだから。


近侍の者に奴が来たことを知らされた俺は、その期待を足音に乗せて部屋に飛び込んだ。


「お前が従兄弟殿か!」


ポカンとしてたアイツの顔が、今でも目に浮かぶ。

俺が自己紹介すると、アイツも挨拶してきた。


「始めまして吉法師殿。犬山の十郎だ。」


当時元服前で十郎と名乗っていた信清は、俺と違って随分と大人びて見えた。

早速、モノは試しと色々話を振ってみたのだが。


「成程、吉法師は聡明だな。ああ、言ってることは間違ってないと思うぞ。」


何となくウマが合う気がして、敬語を省くよう要請したら楽しそうに応諾してきた。

そしてこの発言だ。


「的を得てる。もっと煮詰めれば、より良い結果が出そうだな?」


俺が言うことをちゃんと理解し、対応してくれる。


「従兄殿。俺はもっとでっかいことを為すぞ!」


「呼び捨てで良い。そんなら、俺はお前の傍らで見届けてやろう。」


俺の大言壮語も正面から受け止めてくれる。

今まで周囲に居なかった人間だ。


思わず涙が零れた。

男が人前でなくなど見っとも無い。

必死に止めようと拭うも、後から後から流れ出てくる。


アイツは何を言うでもなく、微笑んで見守ってくれた。


この瞬間、俺は生涯の友を得たことを悟った。



* * *



それから数年。

俺とアイツは共に元服し、信長・信清と名を変えたが関係は変わらなかった。


ふと冷静になり、流石に依存が過ぎるとも思ったこともあったが……。

まあ許容範囲内だと切り捨てた。


信清の奴も別に嫌がらなかったし、むしろ積極的に遊びに来てたし。

うむ、何も問題ないな!


俺は楽しい日々を過ごしていたが、時代は良くも悪くも当然進む。


ある時、親父が美濃遠征を企てたが失敗。

大敗して多くの一族家臣たちを失い、その中には信清の父・信康叔父上も含まれていた。


俺のせいではないが、申し訳なさで一杯になった。

葬儀は大筋を親父が差配し、アイツは喪主としてただ座っているだけだった。


突然父親が死去。

この時勢だ。

よくある事……だが、それでも憔悴する信清を誰が責められよう。

虚脱したアイツの様子を痛ましく見ていると、何故か段々腹が立ってきた。


気付けば無理矢理連れ出し、遠乗りに出掛けていた。

大分走り、ある丘で馬を止めた。

そして前を向きながら言う。


「信清、叫べ。」


「……何言ってんだ?」


「いいから叫べ!腹の底から、力の限りだっ」


怪訝な顔をする信清を横に、思い切り叫んだ。

目で促すと、渋々アイツも叫び出す。


まだまだ!


もっとだ!


腹の底から声を張れっ



半刻もすると二人とも喉が嗄れて、その場に寝転んだ。

そしてどちらともなく笑い出した。


「信長。」


「なんだ?」


「ありがとな。」


「何、良いってことだ。」


信清の手前はそう言うが、実のところ救われたのは俺の方だった。

虚脱したアイツに腹が立ったのも、普段軽くて明るい信清が、このまま音もなく消えてしまうのではないかと危惧したせいだ。

全く、我ながら女々しいことよ。



ま、このお陰で信清も俺を頼ることが増えたのは嬉しい誤算と言えよう。

今までは密かに兄と慕っていたこともあり、頼ることが多かったからな。

やはり、友とは肩を並べていたいものだ。


アイツとは従兄弟同士だが、もっと近い存在に成って欲しい。

例えば……そう、義兄弟とか。


俺の兄弟は、信興を除いてほとんどと疎遠だ。

特に兄たる信広とは接点がまるでない。


だからこそ、信清を完全に取り込むべきだ。

親父に進言してみよう。



* * *



後日、央姉上がアイツに嫁ぎ、俺とアイツは晴れて義兄弟になった。

その余波で信広兄者とも接点が出来て、気を許せる存在となっていた。


信清……。

コイツは人と人を繋ぐ、縁の力を持っているようだ。


その後も親父の葬儀や何やかんやがあったが、アイツは俺の傍に在り続けた。


更には各地で根を張る織田一族と顔を繋ぎ、他の兄弟たちと俺との仲を取り持つに至る。

俺のことは良く思わないでも、信清ならばと会合に参加してくる一族も居る程だ。

アイツは全て、俺の為に動いてくれた。


信清は、その人柄、役職、血筋、力量から言って織田家の頂点を目指すことも出来る筈。

だが、全てを俺の為に……。


そこまで親友に買われてるのだ。

ならば、己に自信を持って突き進むしかあるまい!


まずは尾張統一。


これを為せずして天下は望めない。

何、信清が協力してくれるのだ。

容易い。


ただ、力を借りるばかりではいかん。

貸し借りではなく両立、または併進か。


ふむ……。


都合の良いことに、犬山は上守護代・岩倉に近い。

そして我が那古屋は下守護代・清州の側。


ならば岩倉と清州を、我らが物にしてくれよう!



決意を込めて、アイツと乱世を駆け抜けようと誓ったのは輝かしい思い出だ。



信長様も歳ですから、多少の記憶違いは御承知下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ