残余録 夢から覚めない
後編です。
宜しくない表現と唐突さが有るかも知れませんので、ご注意ください。
約束の日。
俺は逃亡を図ることもなく、大人しく家で待っていた。
あの時の葵ちゃんが、凄く怖かったと言うのが主な理由である。
情けないけど仕方ないよね。
漠然と感じる恐怖に、意味を為さなくなった第六感の警鐘。
常に鳴り続けてたら警鐘の意味が無い。
とりあえず財布と携帯を持って、何時でも動き出せるようにしておこう。
キキーッ、バタン!スタタタタ……
がちゃ!
「ちょまっ、何で鍵持ってん!?」
「葵お嬢様にお借りしました。ささ、清長様。車を待たせておりますので!」
「あ。ちょっと、上着を……」
「構いませんとも。おい、清長様をお連れせよ!」
俺が構うわっ
なんて叫ぶも柳に風。
軽くあしらわれて車に投げ込まれる。
「葵お嬢様は、この日をそれはもう楽しみになさっておりまして……」
聞いてねぇ!
両脇を屈強な黒服の男、ではなく。
スタイルの良い黒服の女性に固められている。
暴れると色々危険だ……。
こうして俺は、新京府安土区にある松平葵が待つ邸宅へ護送されるのであった。
* * *
「ようこそいらっしゃいました、清長様。」
「あー、どうも。」
正に邸宅。
普段俺が住んでるアパートなんて掘立小屋も同然。
なんてテンプレ感想は流石にない。
俺の実家の方がちょっとだけ大きいから。
そういや最近帰ってないな。
チビどもは元気だろうか。
「ではこちらに。お嬢様が首を長くしてお待ちですよ。」
現実逃避を続けながら、執事さんに案内されて廊下を進む。
忘れてたけど、今回は何の記念パーティなんだろうか。
松平家の行事で、この時期に何かあるとは思えないけど。
「少々お待ち下さい。」
部屋の前に立ち、執事さんがノックをする。
「お嬢様。清長様がお越しです。」
スッと音もなく扉が開き、中から葵ちゃんが顔を見せた。
「いらっしゃいませ、先輩。お待ちしてましたよー。」
破顔一笑。
ニコニコ笑顔の葵ちゃんがそこにいた。
ちゃんと目も笑ってる。
それだけでホッとしてしまう自分にがっかりする。
「では清長様。ごゆっくりどうぞ。」
「あ、はい。どうも。」
執事さんが音もなく去って行く。
何とはなしにその背中を見送っていると、何やら妙な感覚に襲われた。
それが何なのか判らず首を捻るも、葵ちゃんは待ってはくれない。
「さあ先輩。お部屋へどーぞ。」
「あ、うん。おじゃまします。」
とりあえず、此処まで来たら腹を括ろう。
逃げ出せる自信もないし、見たところ照ちゃんも……居ない?
「あれ、皆は?」
「………。」
葵ちゃんはニコニコと笑うばかり。
対照的に不安が増す俺。
「まあまあ、どーぞ座って下さい。」
引かれた椅子に大人しく座る。
俺の目の前には湯気の立つ紅茶のようなモノ。
「さあ、どうぞ飲んで下さい!」
「………。」
なんだろう。
これを飲んだら、終わってしまう気がする。
「大丈夫ですよ?毒なんて、入ってませんから。」
戦国時代じゃあるまいし、なんて呟きも耳に入って来ない。
「そ、そうだよな。毒なんて、な。」
ははっと空笑いしてみたら、爆弾が投下された。
「ええ。毒は入ってません。」
……毒”は”とは。
思わず葵ちゃんの顔を凝視する。
葵ちゃんの顔には、何時もの笑顔が張り付いている。
「飲んで、下さい。」
背中を流れる冷や汗が止まらない。
「飲めませんか?」
そう言うや葵ちゃんは立ち上がり、紅茶の入ったカップを手に取る。
持ち上げられたカップは、ゆっくりと俺の方へ。
「飲ませて、差し上げましょう。」
何時の間にか、葵ちゃんの顔に笑顔はない。
ただ、その瞳が爛々と輝いていた。
動けないでいる俺を尻目に、体を寄せてくる葵ちゃん。
どうしてこうなった?
俺はどこで間違ったのだろう。
そう思うも答えはない。
「さあ、口を開けて?」
「あ、葵ちゃ……n」
制止しようと口を開けるが、そこに流し込まれる紅茶の様なモノ。
「んぐ、ゴホッ……かはっ、ケホッ……」
「あらら、こぼしちゃダメですよー?」
気管に入って咽る俺。
そんな俺を見て、普段通りの姿に戻る葵ちゃん。
いや、普段通りじゃない。
口調は戻ったが、その表情に笑顔はない。
「ちゃんと飲みましたねー。うん、これで……。」
唐突に、にっこりと花の咲いたような笑顔を浮かべて言った。
「安心して下さい。ただの気付け薬ですから。」
その瞬間、俺の意識は暗転した。
「夢からは覚めるもの。では、現実とは一体何なのでしょう。楽しみですね?」
そう遠くで誰かが言った気がした。
* * *
ふと気付くと、俺は戦国時代にやってきていた。
何を言っているか判らないと思うが、俺も意味が判らなかった。
………。
……。
…。
BAD END
【システムデータが更新されました!】
【セーブポイントに戻りますか? ■はい / いいえ 】




