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横筋  戦国疾駆の裏側で

奥さんを起点とした閑話です。

北は陸奥から南は薩摩まで、遂に織田家の天下統一が為された。


──数日後。


わたしは、城の一室でそわそわと夫の帰りを待っていた。

但し心中で、だが。


わたしは織田信清の正室であり、城内奥方の総取締を任されている。

感情を、そう容易く表に出して良いものではない。


横に居るさと殿も、自制してるのが良く分かる。

しかし……。


「はぁー……、信清様。御無事かしら。大丈夫かしら。」


みな殿……。

彼女の実父・荒川殿は謀反の罪で成敗された。

断を下したのは旦那様。


そのせいか旦那様の前では素直になれず、未だギクシャクしてるが中身はご覧の通り。


「水殿、落ち着きなさいな。殿なら大丈夫ですよ。」


見かねた智殿が落ち着くよう訴えるが


「うん……わかってる。でも、大丈夫かな……まだ帰ってこないかな?」


彼方に傾く太陽を見ながら、水殿は言う。

こんなやり取りが、もう半日以上続いていた。


智殿と顔を合わせ苦笑を交わすが、苦々しく思うことはない。

わたしたちだって、思いは同じなのだから。


待ちきれなくなって、水殿が腰を浮かそうとした時、縁に在った侍女頭から声が掛った。


「申し上げます。」


「ど、どうしましたっ?」


浮かせかけた腰を戻しつつ水殿が言うと、侍女頭が入って来た。


「奥方様、殿様が戻られました。」


それを聞いて、水殿は遂に立ち上がった。


「本当に? 信清様は大丈夫なの!?」


そう尋ねた時、侍女頭の背後から旦那様が姿を現した。

水殿は慌てて座に戻り、顔を伏せる。

何ともいじらしく、可愛らしい。



「今、戻った。皆息災か?」


「無事のお戻り、心よりお慶び申し上げます。皆、息災に御座います。」


「そっか。うん、良かった。」


そういって笑顔を零す旦那様。

旦那様のお顔を拝見するのは、実に一ヶ月と半月ぶり。



「殿様、御怪我などはありませんか?」


そう心配する智殿の肩を、旦那様は優しく抱く。


「あ……。」


少し照れる智殿に、旦那様は答えた。


「問題ないよ。そう心配するな、お腹の子に悪いだろ?」


「……はい。」


愛する人の体温に触れた智殿は、そっと目を閉じた。

お腹に居る子も含め、幸福感に包まれているのだろう。


それを見ても嫉妬心が湧かないのは、既に旦那様と確かなものを共有しているが故だろう。


一方で水殿は、じっとりとした視線を送っていた。

いやはや、早く素直に成れば良いものを。


わたしなんて最初から……、などと考えて思いを馳せる。

旦那様は智殿と水殿に感けてるし、ちょっと思いに耽ってみるのも悪くはないだろう。


………。

……。

…。



* * *



障子口から差し込み光が顔に当たり、その刺激で目を覚ました。


「ん……。」


一瞬、自分が何処に居るのか判らなかったが、すぐに犬山城内の奥、その寝室だと思い出す。

身体を起こしかけて、自分が下帯すら纏わぬ姿である事と、隣に同じような姿の信清様が寝ていることに気付いた。


「あ……。」


昨夜のことを思い出し、顔が火照ってくるのを自覚する。


「そうでした。嫁いだのでしたね、わたし……。」


口に出して確認すると、未だに信じられないような気持ちがする。


その時、信清様だんなさまがもぞもぞと身体を動かし、目を覚ました。


「ふわぁー……。あ……?おぉ?」


傍らにわたしが居るのに気付いたのか、旦那様は一瞬驚いたような顔をした。

旦那様も自分と同じで、まだ結婚したことに慣れていないんだと思い、少し嬉しくなった。

好いた人と同じ気分になれると言うのは、なかなか気分が良い。


「おはようございます、旦那様。」


「お?おお、おはよう。」


照れながら挨拶すると、旦那様も顔を赤らめた。

お互い初心なものだと可笑しくなったが、それもまた良いものだ。


「不束者ですが、これから宜しくお願い申し上げます。」



* * *



そう、あの時に感じた幸せは忘れない。

誰にも見せることはない、わたしだけの宝物だ。


………。

……。

…。



* * *



旦那様に嫁いで一月とちょっと。


わたしは弾正忠家と犬山家を繋ぐ為に、政略上必要だったから嫁いだ。

でも旦那様は、わたしとの婚姻をとても喜んで下さった。

その時わたしは旦那様に恋をして、晴れて結ばれ愛を紡ぎ、遂に子を宿すに至る。


兄弟でありながら疎遠だった兄・信広と弟・信長を結び、更に下の弟・信勝らとの仲も取り持つ。

旦那様が持つ力は、純粋な武力とは一線を画す素敵なものだった。


一族兄弟力を合わせて、尾張の国を纏め上げた。

そんな旦那様はよく城を留守にするが、子を宿したわたしは余り気にしなかった。

ただただ愛する旦那様との子を、健やかにとの一念で……。



尾張の四季は美しい。

子を宿したと気付いた時、城を取り巻く森林は夏の終わりを迎えて、最も緑の濃い季節だった。

秋になり、木々は紅葉し赤や黄色に色づいた葉が目を楽しませた。

冬が来て、葉が落ちて寒々しかった枝々も雪と言う衣を得て、時折日が差せば虹色の輝きを放つ。

そうして季節が巡る度にわたしの中に息づく新たな生命は成長し、兄弟姉妹、城中の者共、そして何より旦那様に笑顔をもたらした。


そして、今また季節は巡り……。

春、多くの生命が新たな誕生を謳歌する季節。

わたしは遂に、産気づいた。



「央、大丈夫か。頑張れよ!」


真っ青な顔をしてるであろうわたしを、旦那様が気遣ってくれる。

それは嬉しいが、その旦那様の方が顔を青くしてて、思わず笑いが漏れる。


「必ず、丈夫なややを産んでみせます。旦那様との、大事な……うっ」


激痛が走り、気付いた産婆が旦那様を追い出したようだが、もう考えていられなかった。


必ず、旦那様との……ややを……。

男児を、必ず……っ



そして生まれたのは……。



「旦那様……わたし、頑張りました。よくやったと、褒めてくれますか?」


「ああ、もちろんだ。良くやったな、央!」


わたしはきっと、とびきりの笑顔を旦那様に向けていたことだろう。



* * *



あれから二十数年。


子らも既に元服し、一軍を任されるまでになった。

今回も従軍し、活躍したと聞いている。


母として、子らを誇りにも心配にも思うのは当然のことだ。

それでも一番に想うのは旦那様のこと。

わたしも、まだまだ女であるということか。


張りや艶と言ったものは、若い水殿に敵う術はない。

そんなわたしでも、旦那様は優しく抱いて下さる。

流石に子を授かることはもうないが、愛しい想いは消えることが無い。


智殿と水殿を横に置き、殿がわたしを見詰める。

最後にはわたしの下に必ず帰って来てくれる、愛しき御方。



「ただいま、央。」


「御帰りなさいませ、旦那様。」



きっと、わたしは相当に蕩けた顔をしているのだろう。


視界の端に、苦笑する智殿と拗ねた表情の水殿を捉える。

幾ら正妻の余裕があるとて、こればかりは譲れない。


さあ旦那様。

今宵は夫婦水入らず、楽しみましょう?



某所のラブ※話に触発されて書いてしまいましたが、※要素がありません。

ラブ※って意外と難しいんですね。

タグに「完結」「おまけ」を追加しました。

タイトル「余談」を「横筋」に変更。2016/1/30

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