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余録  夢の先は幻か

前後編の前編です。

時は戦国乱世の時代。

永禄を号した十六世紀の中ごろ、未だ大日本国と称さぬ日ノ本では、各地で激戦が繰り広げられていた。

特に畿内では、その後の歴史を語る上で、絶対に外せない決戦が行われた。


まず、戦国の覇者・織田信長。

彼は、二万の兵力と多数の鉄砲隊を以て進軍、足利義昭を推戴して京を目指した。

一方、天下の懐刀・織田信清。

こちらは一万の兵力と精鋭の大鉄砲隊を率い、伊勢平定の真っ只中にあった。



「鉄砲隊、構え!……撃てっ」


「次、大鉄砲隊、前え!」


「放てっ」


「よし。全軍、進撃!」


「「「おおおおーーーーっっ」」」



信清率いる織田軍は、その火力を以て伊勢の諸城を完膚なきまでに破壊。

豪族たちは、我先にと降服していった。


「ふむ。やはり鉄砲の力は大きいな?」


「そうですな。流石は殿、先見の明がおありだ。」


信清と、家臣の織田清正が会話をしている。

この時代、鉄砲は未だ高価な代物。

しかも火薬の元になる硝石は、その大部分を輸入に依存していた。

そんな中で信清は、早くから独自に製法を編み出し、精製と貯蔵を行っていたのだ。


「何、皆の協力あってこそだ。」


「ははは。相変わらず、殿は謙虚であられる。いえ、大変結構。」


平時にあっては常に微笑を湛え、相手を穏やかな気持ちにさせる信清。

彼は弁舌を逞しくし、尾張織田一族を纏め上げて織田信長の覇業を大いに助けている。

そんな彼だが、一族は元より、家臣から領民に至るまで人気は高い。

それは彼がこうして常に謙虚であることと、極めて親しげに会話をすることに由縁する。


だが……。


「さて、北畠は未だに使者を寄越さぬか?」


「は!ある程度、時を置いてはいるのですが……。」


「ならば、已む無しよな。殲滅するぞ。」


「ははっ!」


敵対した者には容赦なく接する、戦国武将としての冷徹な一面もまた持っていた。


やがて、伊勢一国は信清の手に落ちる。

北畠の一党は抗戦を試みるも、その火力の前に手も足も出ず遂に降服。

武門の意地を示したことを信清に評価され、死一等を免ぜられた。


国司の地位にあり、伊勢国内で一定の影響力を持っていた北畠は家名存続が許された。

但し、それは信長の二男が養子に入ることが条件であり、北畠の血脈は途絶えるかに見えた。

また、後に信長により北畠一族が粛清されそうになったが、その時は信清の取り成しにより生き長らえた。

織田一門北畠氏は天下統一後に加賀太守となるが、本来の北畠氏の血統は伊勢にあり、その命脈を保つことに成功する。

これら一連の動きは全て、実際に対戦した信清の評価によるとされる。


伊勢北畠氏は信清の評価に深く感謝し、その領内では「深謝祭」として年始の行事が名物として残った。


伊勢を制した信清は、勢いに乗って志摩の国にまで攻め入った。

志摩を容易く落とした信清は九鬼嘉隆を置き、家臣による紀伊進軍の具申を退け、伊勢運営に取り掛かる。


「勢いは大事だが、見極めもまた重要だ。紀伊国は大きい。誤るでないぞ?」


そう言って家臣たちを諫めたと言う。

感じ入った彼らは、尚一層の忠勤を誓った。



「それよりもだ。伊賀の衆が来ておろう。」


「は。下山殿が伝手にて、百地らが謁見を願っております。」


「うむ。接見しよう。」


信清は早くから忍びの衆を良く用い、情報収集にあたっていた。

しかも、彼らを始めて士分に取り立てたのも信清だった。


「有用な者には、それ相応の対価を与えるべし。」


最初に信清に仕えた伊賀衆・下山甲斐の記録にそう残っている。

大日本国が誕生し、北条家や大崎家、南部家などでも忍び衆が士分となるが、その先駆けはやはり信清だった。



こうして伊勢・志摩二国と、伊賀国を実質的に従えた信清は上洛した信長と合流する。

短期間で二ヶ国を平定した信清に対し、信長は大いに喜び、金銀名物を褒美として渡したと言う。

なお、この時の褒美が領土でないのは、信清が遠慮したためと多くの記録が残っている。


信清は、信長の傍らにあって常に手柄を立てている。


「私は尾張一国で十分だ。配下の者を、もっと取り立ててやって欲しい。」


そう言って手柄を周囲に譲り、自分は飄々としていたと史伝は言う。

しかしこれには配下への気配りは勿論だろうが、それ以上に土地よりも金銀といった運用資金を欲した為とも言われている。



* * *



プチっと音がして映像が消える。


「……はい、以上で第二十四回【伊勢平定】の視聴を終わります。今日はここまで。何か質問ある人は、後で個別に研究室まで来て下さい。」


「はい先生!今回の話、見てみてどうでしたかっ?」


「……何を言っているのか判りませんね。ではまた次回。さよならー。」


「あ、先生ずるいっ ちょっ、待って……」


学徒たちが群がる前に、素早く研究室に逃げ込むべく走り去る。

おっと、室内では走らない。

素早く歩き去る。


スィーーーっとな。



そんなに遠くない我らが研究室の前に到着。

キョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認して小声で言う。


「……かーいーもーんー……」


……プッ


『もっと大きな声で言え。』


プツッ。


……。


「いいからサッサと開けろコラァ!」


……ピッ


『はい。どうぞ先輩、開きましたよ。』


プツッ。


がちゃ。


「やれやれ、助かったよ。葵ちゃん。」


「どういたしまして。それで、どうでしたか今回は?」


研究室に入ると、速効で信恒を殴るべく視線を巡らせる。

が、居ない……?


「どうもこうも、毎回同じだよ。」


問いに答えつつ、信恒を探す。

むっ、宗春の後ろに影あり。

そこだな。


「えー。せっかく、自分の御先祖様について講釈出来るのに、つまんないですよー。」


「はいはい。」


葵ちゃんの不満を交わしつつ、宗春の後ろに思い切りチョップを振り下ろす。


ぐりょッ


「「いてぇっ!」」


変な感じで入った。

右耳を押さえて悶える信恒と、右手を抑えて悶える俺。

非常に滑稽な様子になってるに違いない。


「滑稽ですね。」


おのれ宗春。

自分で思ったところで、冷静に突っ込まれると怒りも一入だ。


「先輩たちったら何やってるんですか、もー。」


葵ちゃんも苦笑してる。

うん。

信恒と一瞬でアイコンタクト。

無かった事にしよう。


互いの精神の為だ!



* * *



「ともあれ、御苦労だったな清。」


「全くだよ。疲れるよ、毎度毎度。」


俺が受け持つ講釈は、大河ドラマにナレーションを付けたビデオ教材”信清公記”を使っている。

まんまだな。


この研究室では、皆各々テーマを以て研究、レポート、講釈をしている。

今部屋に居るメンツで言うと、信恒は「信長伝」、宗春は「織田太平記」、葵ちゃんは「松平家次」といった具合に。


宗春以外は直系の先祖についてだが、一族として親しみを感じた所で実際は遠い過去の存在。

割り切って楽しんでいる風だ。


でも俺の場合、夢が夢でなかった現実に在る。

何とも居心地が悪い。


大河ドラマは基本的に史実を基にしたフィクションだが、俺はある意味当事者だもん。

背中がむず痒くなる感じかして仕方が無いんだ。


そんな俺を、皆でからかってくる。

どうしたもんか。



それに。



この現実が、幻でないと何故言えよう。


あの夢が、夢でなかったように。


俺は常に、どこか怯えて日々を過ごしているのだ。



行ったり来たりする可能性を考えると、今を素直に楽しめるでしょうか。

そんなことを考えて、暗めの終わりとなってしまいました。

まあ、シリアスなんて存在しないことは明白なのですが。

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