第24話.ショタコンならではの答え
泣きじゃくる私を宥めるように撫でたり叩いたりしていた親友は、やがて沈黙を破った。
「一つだけ訊くよ」
「……?」
そっと身体を離されて、肩を掴まれて真っ正面から見つめられる。小さな邪神はいつの間にか彼女の太ももの間で静かに眠っていた。
一瞬の沈黙を置いて、彼女は神妙な顔で口を開いた。
「私とショタ、どっちが大事?」
「ショタ」
あっ。
「んははっ、それでこそ!」
「そっ、それはずるくない?!」
ショタコンがショタを何より優先することを分かってやったなこいつ!!
「よし泣き止んだ。それだけ即答できるんだから大丈夫」
「え……?」
盛大に笑った彼女は、目尻の涙をさっと拭ってにんまりと目を細めた。
「そっちで貴方を待っている美ショタがいるでしょ」
目を見開く。
そうだった、リオがきっと待っている。
彼女に会ってから、ずっと私は前の私だった。でも、言われて思い出した。今の私はアイリーンだ。補整に呪われしヒロインであり、弟を愛するショタコンでもある。
リオに言ったじゃん「大丈夫。少し、あと少しで、片付けるからね」って。どれだけ時間が経ったか分からないけど、早く戻らなきゃあの子を悲しませてしまう。
「私、帰らなきゃ、じゃんね……」
「うん。分かったならよろしい」
頷いた親友に「あれ……リオのこと知ってんの?」と訊くと「隠しキャラだし、邪神の中から見てたからね」なんてさらりと答えられる。
隠しキャラ、リオだったのか……
私が出会いたくて『月花と精霊のパラディーゾ』を延々スキップした原因があの可愛いリオだったとは。
転生して出会うとは運命だな。
「あんな子が弟は羨ましすぎるわ」
「でしょ」
「ドヤるなドヤるな」
親友はまた笑って、それから太ももの上の邪神を撫でる。
「で、あんたが泣いてる間に考えてたんだけどさ、アイリーンが使えたからあんたも使えると思うんだけど……ほら、言霊みたいなやつ」
「使えるけど……相変わらず化け物じみた記憶力だね。十年以上前にやったゲームの主人公の能力を何で覚えてるわけ……?」
「私だからね」
「そうっすねー」
それで、と親友は言葉を続ける。
「これ、長い夢のせいか知らないけど私の感覚に馴染んでるから、何となくだけど連れていけそうなんだよね」
「……???」
「ええとね、使い込みすぎて着けてるの気づかなくなるくらいに馴染んだピアスみたいなもんよ。何だかしっくりくる」
「えと、それで、何だって?」
「連れていけそうって」
つれていけそう……つれていけそう……連れていけそう?!
「は?!」
「あんたの力が必要だけど」
「は……? ほんと訳分かんない人……」
私じゃなくて彼女が異世界転生してたらもうチート極めて世界征服達成してたんじゃね?? 一般日本人のくせに、何でそんな「できそう」って考えがすぐ出てくるのかな。ほんと訳分かんない。
「んはは、読書家の頭の中には無駄な知識が多いんだよ」
スピリチュアルから最新医療まで、興味の向くままに本を読んでいた奴の言葉は流石説得力が違う。この無駄知識のお陰で救われた人もショタもいたなぁ。
「あんたの言霊の力で、これとこの世界の縁を切ってもらう。多分宣言するだけでいいから」
「ほほう」
「問題はそっから先だな……あんたがそっちでどんなことをやってきたか分からないから読みきれない」
「と、取り敢えず宣言とやらだけやってみてもよい??」
「ああ、どうぞ」
邪神を猫の子のように抱いて立ち上がった親友に向き合う。大人しく眠っているらしい邪神を見つめ、ぼんやりとだけどその身に繋がる「縁の糸」を想像してみる。
うん、縁切りと言えば鋏だもん。これならイメージしやすい。できそうな気がしてきた。
こういう時の私はイメージに全力で乗っかって想像力を補強するが吉。右手を鋏の形に構える。それを見て親友が噴き出したけど無視だ無視。
「よし、縁切り、縁切りだぞ……」
深呼吸。魔法が使える感じがなかった変な感覚も消えている。私が私だってハッキリ認識できたからだ。なら、できる。
「……よしっ!『邪神とこの世界の縁は切れる!!』」
言うと同時に右手の鋏をチョキンと動かした。
「えっ、あっ、手応えあり!!」
何か切った感があった!
マジでビビった。まさかのリアル。
「へぇー、そう使うんだー」
見ていた親友がニヤニヤして言う。頬に熱が集まったのをかき消すように「ま、まあね!」と大声で恥ずかしくないことをアピールした。
「で、これでいいわけ……?」
「さあどうだろう」
「なにーー?!」
「んは、まあまあ。多分大丈夫だよ」
多分じゃ困るんだなぁ。
自分に繋がる何かが切れたのを察したのか目を覚ましたらしい邪神が、親友の腕の中でもごもご動き出した。
親友はそれを見下ろして「私のところへおいでよ」と声をかけている。めちゃくちゃな人だけど、いつも何だかんだ最後にはやってのけていたので、今回もきっとそうなるだろう。
…………現代日本に邪神襲来??
よし、私は何も知らない。大丈夫だ問題ない。何かあっても親友がその知力と度胸でなんとかするでしょきっと、うんよし。
「で、こっからどうするの?」
「それね。どうやってあんたを帰せばいいんだろう。ねぇ、あっちで死にかけてたりする?」
ギクッ。背中に突き刺さったあの痛みを思い出す。あのままぶっ倒れていたら間違いなく失血死コース一直線。エタンセルがいるから何とかなると思うけど向こうで何が起きてるか分からないし不安だ。
それにエタンセルは出会ったときの作戦会議で「考えがある」と言っていざとなったらリオを守って消えるって言ってた。もし向こうでナーシサスが暴れていたら……危ないかもしれない。
「……死にかけてる、かも」
「な~るほどね。どうしよっかー……」
親友は思索を巡らせているのか黙り込んでしまった。
折角ショタコンの矜持を思い出したのにここで詰まるのは悲しい。私も私なりに考えられることを考えようと腕を組む。
そのときふと、胸元の温かさに気づく。
襟元に手を突っ込んで、指先に触れた金鎖を手繰って引っ張り出す。しゃら、と微かな音を立てて出てきたのは菫の花弁の様な石。
これはリオがくれた石だ。
「……ん? それなに」
「弟が、リオがくれたやつ」
「おっ、マジ?」
縁とかなんとか、そういうものの取っ掛かりになるんじゃない? リオを思う私の意志を間近で浴び続けてきたリオとの繋がりなわけだし、んっふふふ、ショタコンパワーが火を吹く気がするぜぇ。
「取り敢えず祈る!!」
「お、おお」
戸惑う親友を置いて、菫色の小さな石をぎゅっと握り締める。目を閉じて、頭の中でひたすらにリオを呼ぶんだ。
そうすればきっとヒロイン補整とか『精霊の愛し子』力とかなんとかかんとかで、とにかく向こうにグーッと引っ張られたりするんじゃないかな!! そしたら戻れると、そういう考えですいかがでしょう!!
机上の空論万歳!!
愛し子の祈りの力舐めんなよ!!
こちとらヒロイン様やぞ!!
こういうのは想いの力が重要なんだ。
要はマインドだよ。
そんなマインド脳筋スタイルで、私はひたすらに祈る。葛藤は消えないけど、それよりも大切なものがあるから。




