第8話.ショタコンは友に思われる
「アイリーン」
「あ、ラタ、ジェラルディーン」
陛下と話を終え、師匠とも別れて王宮の廊下を歩いていたら、護衛を連れたラタフィアとジェラルディーンに会った。
二人も、ザハード公爵邸襲撃に立ち会ったから王宮で保護されている。口に出しこそしないけれど、事件時に公爵邸にいた人は全員内通者の疑いをかけられていて体面上“保護”という形になっているのだ。
私個人としては、公爵邸に紛れ込んでいた邪神ファンはジェフだけだと思うんだけれど、念には念を、と言うことだろう。
私が二人に近づくと護衛の人たちは気を遣ってくれたのかさりげなく距離をとって待機してくれる。
お元気そうですね、と柔らかな微笑を浮かべたラタフィアが私が来た道を見て「もしや」と細い指を顎に添えて言った。
「陛下とお話を?」
「うん。リオの、救出作戦のお話ししてきた」
「そうですか……」
特別口止めされたことはないから大丈夫だと思うけど、なるべく余計なことは話さないよう心掛けて簡潔に。
憂う様に長い睫毛を伏せていたジェラルディーンは、ふと私に視線を寄越して「行くつもりなのね」と言った。
「え゛っ」
「……何よ、その反応は」
「だだだだって、私、何にも言ってない」
鮮烈な紅玉髄の双眸に心まで射抜かれて、考えを見抜かれてしまったみたいな気分だ。
胡乱な顔で、どもりまくった私を見るジェラルディーン。そんな目で見るなっ、だって驚いたんだもん!!
私が、あ、だの、う、だの言葉にならない音を漏らして動揺を逃がしていたら、ラタフィアが「ふふふ」と鈴を転がす様な笑い声を上げた。
「驚きすぎですわ、アイリーン」
「えぇ~、だって……」
「簡単な話よ。貴方がとても分かりやすいだけ」
「そんなにっ?!」
これでも表情筋鍛えてる方だぜ!
主に可愛いショタにぐへへへってしたときの誤魔化しのために!!
分かりやすいのは大変まずい!
「ええ、分かりやすいわ。ねえ、ラタフィア」
「そうですわねぇ……」
「えっ、えっ、そんな」
私はいったいどんな顔をしていたんだろう。もにゅ、と頬を摘まんで引っ張る。この柔らかさがいけないのだろうか。
そんな私を見てジェラルディーンは大きな溜め息を吐いた。
「一つずつ順番に整理して考えてごらんなさい。弟を溺愛して止まない貴方が弟を奪われた。どうすると思う?」
「えっ、敵をボコボコにする……?」
そう答えたら「何故疑問形なのよ」と肩をすくめられた。そんな仕草も身体の隅々まで気品に満ちていてつい見惚れちゃう。
次ね、と彼女は胸の前へこぼれ落ちてきた金の巻き髪をさらりと後ろへ払って続けた。
「そんな気合いに満ちているに違いない貴方が、救出作戦の話が出て参加を申し入れないなんてこと、あるかしら?」
「ないね」
「そうよね、貴方は自分では力不足だと引き下がるような人ではないし、自分の力をそれなりに信じているものね」
「んっふふふ、ご名答」
「喜ぶところではなくてよ。ではそれを断られたら、貴方はそんなに生き生きとした顔でここにいる?」
「え……あっ、なるほど!!」
リオ救出作戦への参加を陛下に認められて、邪神ファンをボッコボコにしてやるぞって意気込んでいるから、私、顔がキラキラしていたんだな!!
それをサッと見ただけで気づくなんて流石だなぁ。貴族って大変。これは間違いなくラタフィアにも気づかれていたやつだろう。笑ってるし。
「貴方の元気そうな顔を見れたことには安堵しているわ。けれど、そうも分かりやすいのは考えものね」
「そうですわねぇ……ふふ、けれど、私はアイリーンの素直なところが好きですわよ」
「ひょっ、ひょぇぇ~……二人とも大好き」
困ったように微笑みながらそんなこと言われたら好きになっちゃうぞ! 元から大好きだけどね!!
「まったく、締まりのない……」
ジェラルディーンはそう言って私の頬を摘まんだ。むひゃ、と声を漏らすとラタフィアがころころと笑う。
「必ず戻ってきなさいよ」
「……うん、勿論」
「アイリーンなら大丈夫。私はそう思いますわ」
「ありがとう。負ける気はないからね」
緩んだ顔を引き締め、彼女たちの目を真っ直ぐ見据えて答えた。こうして待っていてくれる、信じてくれる友達がいる。それだけで、更に強くなれるってもんだ。
「出発の前日にわたくしのところへいらっしゃいね」
「??」
「その時には気合いに理性が負けていそうだから、もう一度念を押すわ」
「うひゃ、分かった、ありがとう」
私の返答へ満足そうに頷いたジェラルディーンは「じゃあ、その日に」と言って身を翻した。それをおっとりと見て「あらあら照れていますわね」と呟いたラタフィアは私に向き直り「その時には私も同席させていただきますわ」と微笑んでジェラルディーンの後を追った。
護衛も黙々とそれに付き従う。私はそれを見送りながら、胸の中でぽかぽかするものに笑った。
―――――………
女は悪い夢から覚めてガバッと飛び起きた。携帯のアラームが鳴る一時間前。酒で潰れて眠ると目覚めが早くていけない。しかも悪夢に二日酔いの頭痛もセットで最悪の朝が完成だ。
それにしても、目の前で守りたいものが傷つけられる、そんな嫌な夢だった。
「けほっ……あ゛ー、ショタコン極めすぎて末期なんかな……」
酒焼けで掠れた声を漏らしながら、寝乱れた髪をバリバリと乱雑に掻く。どことなく漂うダウナーな雰囲気。しかし呟いたことは何とも問題のある内容であった。
「仕事だる……美ショタの吐息を吸うだけのお仕事がしてぇ……」
煙草に火をつけつつ彼女が漏らした言葉に、きらきらと輝く目をして全力で頷きを返してくれる者はもういない。一人暮らしの部屋のくたびれた静寂だけがそれを聞いている。その鬱陶しさを払うように細く煙を吐く。
「はぁ……あの夢、また見んのかな」
ずっと前に夢中になったゲームの登場人物によく似た美少年。怯えて青褪めたまろい頬、それでも気丈に誘拐犯を見据える菫色の瞳の真っ直ぐさ。金の髪はまるで絹糸の様だった。触ったらふわふわして、いい匂いがするんだろうなぁと想像して笑う。
「何なんだろね、ほんと。あんたが死んでから、ずーっと真っ暗で何も変わらなかった悪夢のはずなのに」
再び煙を吐く。静寂に解けるそれをぼんやりと見やって、彼女はかつての親友のゆるい笑顔を思い返した。
まあいいか。気にするだけ無駄だ。そう考え直して、いらぬ感傷に浸りそうになる気持ちを切り替えた。
彼女の持論だが、世界は思いの外不思議に満ちていて、偶然の連続に見えるいくつもの必然で回っている。だから、この悪夢の変化もきっと、いずれ何かに繋がるはずだ。
ならば気にするだけ無駄である。最悪の目覚めがこれから何度やって来るかは知らないが、いずれ解決するならそれでいい。
「……もし本当に深層心理の欲望なら、流石に、緊縛美ショタはヤベェな、私」
溜め息。それから彼女は煙草を灰皿に乱雑に押し付けて、シャワーを浴びるために立ち上がった。




