第2話.ショタコンと二人の言葉
固まった私に、レオンハルトはバツが悪そうに項を軽く掻いた。
じっと黙っていたジェラルディーンとラタフィアは怪訝な表情をしている。そりゃあそうだ。彼女たちは知らないはずの話だし。
と、思っていたら。
「殿下、それは、三年前の……」
あれえぇっ?! ジェリーさん、もしや知っておられる?!
こっくりと頷くレオンハルト。どうやらジェラルディーンは三年前にレオンハルトが師匠を訪ねたことを知っているらしい。
あー、もしかしてその時にはすでにレオンハルトの婚約者になってたとか? 貴族だもんね、婚約は早かろう。
あの時レオンハルトは王宮の正式な使者として来たからなぁ、婚約者が知ってても変じゃない、かな。
「……アイリーン、俺は再びあの様な愚を冒すつもりはない。まずは、サラジュードに謝罪をしたいと思う。あの時の俺は……焦りもあり、視野が狭まっていたから……」
ひょ、ひょえ~……せ、成長してる。
私は内心舌を巻く、というかなんと言うか、取り敢えず感心してしまっていたのだけれど、努めてキリッとし、レオンハルトの目的を訊くことにした。
「そうまでして、師匠に、何を求めるんですか?」
「……探してほしい者がいる。今は、それしか言えない」
彼はそう言って首を緩く横に振る。釈然としないけれど、その少し悲しそうな表情に何も言えなくなり、何となくちらりとジェラルディーンに視線を向けてみた。
「ジェラルディーン……?」
「……何でもないわ。気にしないでちょうだい」
何でもないわけがない。だって彼女もレオンハルトと同じ悲しげな顔をしているんだから。
考えても理由は分からない。きっと王家関係の何かなのだろう。ならばいくら考えたって私には分からないはずだ。
溜め息一つ。それから私はレオンハルトに視線を戻した。
「分かりました。でも、一つ条件があります」
レオンハルトの翠玉の瞳がパッと輝く。視線だけで促され、私はその条件を口にした。
「リオ……弟にも、謝ってくださいね」
泣かしたでしょ、とジト目で告げる。唇を引き結んで気まずそうに「分かった」と頷くレオンハルト。
それを受け、私は一転してにっこり微笑む。分かったならよろしい。今の彼ならばもうリオを泣かせることもないだろう。
まあ、過去に泣かせた罪が洗い流されることはないがな!!
「ええと、それで、もう一つのお話は?」
水辺独特のひんやりとした空気に混じる白花の甘い香りを吸い込んで、私はレオンハルトにそう訊ねた。
「休暇中、お前をどうするかという話だ」
「え゛」
待て待て待て、ここにはラタフィアもジェラルディーンもいるんですが?!
二人は私の『精霊の愛し子』事情を知らないんだぞ、そんな状況で王太子殿下自らそんな話したら明らかに不審じゃんか!!
青くなっている自信のある顔でちらっと二人を窺う。
いつもと変わらず、内心の読めない微笑みを浮かべるラタフィア。
うっすりと細められた青風信子石の瞳からは彼女が何を考えているかまったく分からず、私は「ラ、ラタ……」としどろもどろになってジェラルディーンに視線を移す。
はぇぇ……
こちらもこちらで怖い。紅薔薇の公爵令嬢は欠片の微笑みも浮かべずに、紅玉髄の瞳を細めてレオンハルトを見ていた。
お、怒ってる? ジェリーさん、怒っていらっしゃる??
「あ、あの、殿下……」
「二人とも、知っているんだろう」
「ヒュエッ?!」
しどろもどろマックスな状態の私の声を無視して、レオンハルトが息を吐きながら目を閉じてそう言った。
その内容に私は息を呑みながら悲鳴を上げるという器用なことをして(結果がこの絞め殺された様な声である)たまらずガバッと立ち上がった。
「ど、どどど、どういうこと?! っ、ですか?!」
慌てたために敬語が飛んだ。付け足したのでセーフとする。
四阿の座席の後ろにある白い欄干に背を預け、目を開いて私を見上げたレオンハルトが首を横に振った。
「すまない、アイリーン。完全に俺の、俺たちの失言だ」
「し、失言?! な、え、は?!」
「お前が創立祭で誘拐された時、寮長四人とアーノルド、そして、あの闇の精霊と話した。焦りで気にしていられなかったのだが、そこに、二人がいたのだ……」
「なっ!」
「急いてばかりで、配慮に欠けた。二人のことは……ジェラルディーンは勿論、ギルの妹であるラタフィアのことも信頼しているから、余計に、な……」
「っ……」
すまなかった、と頭を下げるレオンハルト。気安く下げるなよ、その金髪頭も王族のものってだけで安くないんだぞ……とか現実逃避しつつ、情報統制失敗のオーバーキルを食らった私はふらふらと再び席に座った。
いや、ね? 二人を信頼していない訳じゃない。友達だし、とてもいい子達だと思っているよ。邪神ファンに私を売ったりしないと確信できる。
でも情報と言うものは、知るものが多ければ多いほどに外部に漏れやすくなるものだ。
人の口に戸は立てられない。それが示すのは自発的に話すこと以外にも、拷問で口を割らされるとかそんなことも含まれる。
大事な二人を危険に巻き込みたくないのに。誘拐とかされたらどうするんだ。賢くて優しい二人が、わたしのせいで酷い目に遭わされるなんて嫌だ。
「アイリーン」
「……なに」
「私たちのことを、心配してくれているのですね?」
ラタフィアが、凪いだ水面みたいな穏やかさで問い掛けてくる。私は俯いてこっくりと頷いた。
「貴方のその心が、とても嬉しいです。けれど、私たちも守られるばかりではないのですよ」
白くたおやかな手が伸びてくる。俯いたせいでこぼれ落ちた銀の髪を優しく耳に掛け、ラタフィアは細い指の背で私の頬をそっと撫でた。
「アイリーン、私たちを見て」
「ラタ……」
「何も知らぬままでは守れないものがあります。相手が分かれば、対策は立てられるのですよ」
そう言って柔らかく笑むラタフィア。
「ラタフィアの言う通りよ。わたくしたちを見くびらないで頂戴」
「ジェラルディーンまで……」
ふふん、と自信たっぷりに微笑んで見せるジェラルディーンに、私は眉をハの字にして「でも」と言う。
「危ない、じゃん」
「貴族家の令嬢として、常に守られる立場であるわたくしたちと平民の貴方、狙われたらどちらが危険かも分からないのかしら?」
「うっ……」
二人だって常に守られている訳じゃないじゃんか、そんな反論も許さぬ眼光で見つめられては何も言えない。
「殿下と寮長たちの失言は確かに大問題です。けれど、後からきちんと気づいたのならまだマシですわ。今後は、きちんと気を付けてくださいまし」
「あ、ああ」
「それと貴方もよ」
レオンハルトを叱っていたジェラルディーンが、そこで突然厳しい視線を白花の池に向けた。
「……お前は」
彼女の視線を追って、すぐに眉根を寄せるレオンハルト。隣に座るラタフィアがそっと私の手を握り、私もまた、そこにいた者の姿に「これ、何、デジャヴ?」と顔を顰めたのであった。




