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Bパート

 GWが終わった。


 僕は愛しい娘――円香の手によって、留置所から引き取られると、僅かに残された残りの休日を、温かい笑顔で迎えてくれた妻、そして何も知らない息子と共に、平穏に笑って過ごしたのだった。


 久しぶりの、一家団欒の光景であった。

 僕は、その時間に深く感謝し、また、その幸せを全身でひしひしと感じていた。


 そうできたのは、円香の能力のおかげだ。


「私の魔法少女としての能力は記憶操作なの。この世界で起こった出来事を、完全に、人々の記憶から消すことができるし、その代わりの記憶を植え付けることもできる」


「なんだって?」


「山手線でお父さんが行った出来事は、既にこの世界の誰も覚えていないわ。お隣さんも、町行く人々も、そしてもちろん、お母さんもおじいちゃんおばあちゃんたちもね」


 最後の最後で、娘の魔法に救われる。

 さんざんと魔法少女の力に振り回されてきた僕だけれども、ここに来てようやく、その恩恵に預かれた。そして、その力がいかに素晴らしいものであるかを実感した。


 そりゃ、円香の奴も、のめり込んでしまうのも仕方ないってものだろう。


「ごめんなさいお父さん。私、もうちょっと、お父さんのことを考えてあげるべきだったわ。まさか私が変身するたびに、お父さんが全裸になっていたなんて」


「いいんだよ円香。それに、僕が前の時間軸で――君の友人であるあけみちゃんにしたことは、紛れもなく許すことのできないことだからね」


「お父さん」


「それでも僕のことを父と呼んでくれるのを、僕は嬉しく思うよ」


 久しぶりに、胸の中で抱いた娘の体は、ちょっと逞しくなってはいたが――やはりまだまだ子供だった。


 辛かっただろう。

 自分の父親が、親友を脅して、何度も何度も時間をループさせてくる。

 どうやってもその未来を変えることができない。


 その絶望は、僕が全裸になることよりも、遥かに大きいことのように思えた。

 ある意味では僕よりも彼女が被った心の傷の方が甚大だったかもしれない。

 いや、焔さんの娘さんというべきだろうか。


 だからこそ僕は彼女のしたこと、彼女たち魔法少女がやったことを許すことにした。

 それは大人である僕にしかできないことだ。

 父親である僕にしかできないことだ。


「君たちがどうして魔法少女を続けるのか、何故、僕たちが全裸になることを知ってまで、変身するのか、それについてはもう煩く言わない。全て許すよ、円香。僕は、君がやろうとしていることを、全力で応援する」


「お父さん!!」


 それにまぁ、円香がいろいろと調整してくれたおかげで、無事に会社にも明日から出社することができる。

 総務部庶務課に籍を置き続けている限り、全裸になっても問題はないだろう。


 なぁに、娘のために裸になることの一つくらい、安いモノだろう。


 それにいざとなったら――。


「また今回みたいに、皆の記憶を操作して、無かったことにしてくれるんだろう、円香」


「……ほんと、私がこの能力の使い手でよかったよね、お父さん」


 ふふっ、と、笑うと、僕は娘をもう一度強く抱きしめた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 さて。

 GW明けの業務はいきなり多忙を極めた。


「社長が外出先で全裸になられた模様です!! 春山さん、すぐにバイク――いえ、ヘリコプターの手配を!!」


「了解であります!!」


「要さんは、スーツを新調次第、すぐに社長の分のスーツの準備をお願いします。春山さんと一緒に、現場へ急行してください」


「分かりました」


 てきぱきと、社長の全裸処理をこなしていく庶務課の皆さん。

 相変わらず、巴ハミはバリバリと魔法少女活動を続けているらしく、社長の服が爆発四散する頻度は変わらない感じである。


 もう少し、加減をしてやるように言ってやったらどうなのか。

 そう思って三木の方を見ると――彼もいつの間にやら全裸になっていた。

 しかし、その左手の薬指には、決して弾けることのない、銀色の指輪が嵌っている。


「彼女たちは一生懸命、人類の平和のために戦ってくれているんだ。それを全力でサポートするのが、僕たち、大人の役目じゃないか、要」


「お前の婚約者の尻拭いなんて糞くらえだよ。はよ結婚して落ち着かせろ。子供でもできたら、少しくらいは魔法少女活動を控えるだろう」


「……まぁ、そうなったら、流石に自重してもらわないとな」


 ふっ、と、また顔を斜めにして、ドヤ顔で言う三木。

 まったくこいつは、こんな時でも変わらないな。あんな嫁さんを――社長令嬢とはいえ――貰う辺り、案外大物なのかもしれない。


「ヘリの準備できましたであります!!」


「よし、では出動してください、パンツァーフォー!!」


 東住さんの掛け声で、僕と春山さんは駆け出した。


 エレベータで移動すること、屋上。

 ヘリポートに止まっていたヘリコプターに乗り込むと、すぐさまそれは、社長の居る取引先に向かって、たたまし羽音を立てて舞い上がった。


 東京の街を、ヘリが、スーツを持った僕を乗せて飛んでいく。

 途中、僕が住んでいる家が、見えた。

 きっと今頃、妻とたっくんが、のんきに昼寝なんてしていることだろう。


 マイケルさんの教会は、今日も盛況のようで、多くの信者たちがなにやら庭に集まって、輪を描いている。あまり何をしているかは考えたくない。信仰の自由というのが日本にはある、そっとしておいてあげることにしよう。


 なんにしても、この日本の平和は、僕たちの娘の手によって守られている。

 そう考えると僕はなんだか、とても誇らしいような気分になったのだ。


 と、思った矢先。


 僕の服がヘリの中で爆発四散!!

 まさかの、日に二回。間をおかずの、連続爆破に、僕は乾いた笑いを口から漏らした。


 円香さん。頼むよ。もう少しくらい、変身するにしても加減というものをしてあげて。

 君のしたことを許す。これからやることを応援するって、言った手前だけれどもさ。


「――あぁ、もう!! 助けてくれ、X兵衛ぇえええ!!!!」


 と、叫んでみて、気が付く。

 ここが空の上だということに。

 そして、X兵衛が、彼の兄――九兵衛と刺し違えて、既にこの世に居ないことに。


 虚しく響いたその声に、僕は、ふと、寂しさを感じた。


 そうだ、もう僕を助けてくれるスペース・サムライ・ボーイはこの世に居ない。

 これからは自分の力で、自分を助けていくしかないんだ。


 幸いここは空の上。

 同行してくれている春山さんも、僕たちのような中年男性が、全裸になるのは見慣れているのか動じない。


 問題となるならば、社長にスーツを届ける時だけだろう。

 こんなことになるのならば、万が一を予想して、僕ももう一着、スーツを持ってきておくべきだったな。


 そう思った時だ。


 ふと、ヘリを運転していた男が、ヘルメットを外してこちらを振り返った。


 あぁ、その顔には、まるで独眼竜正宗のような、見事な眼帯――。


「まったくやれやれ、俺が居ないとお前って奴は、満足にち〇ぽも隠せねえんだな」


「……X兵衛!?」


 どうして、死んだはずでは、と、僕は目を見開く。

 しかし彼は、そんなことどうでもなるような、実にいい笑顔をこちらに向けると、再び視線をヘリのフロントガラスの方に向けた。


 そうだ、宇宙侍――スペース・サムライ・ボーイがそんな簡単に死ぬ訳がない。

 彼の兄のようなど外道ならばともかく。この、お父さんたちのチン〇と名誉を守る為に、日夜戦ってきたX兵衛が、そんな、間抜けなタマな訳ないじゃないか。


 しかし。


「生きているなら、生きていると、早く言えよ、馬鹿野郎!!」


 熱い涙が頬を伝う。

 それは流れに流れて、僕の股間の先にぶら下がっている、息子さんにまで到達すると、ぽたりぽたりと床に落ちたのだった。


 それをミラー越しに見ながら、ははは、すまない、と、X兵衛。

 笑ってごまかせると思いやがって。


 まったく、喰えない奴だぜ。お前の兄貴と違って、悪い気はしないがな。


「社長の取引先に向かう前に、ユニクロにでも寄っていくとするか、友久ァ!!」


「……あぁ。巴社長なら、慣れているから、それくらいの余裕はあるだろう」


「それじゃ一つ、野獣珍陰流――急降下爆撃チンチラタイフーンを見せてやろうじゃないか!!」


「……頼むぜ、X兵衛!!」


 どうやら、まだまだ、この騒がしい全裸と爆散の日々は続くらしい。

 続くらしいが、この、素晴らしい相棒が一緒に居てくれる限り。


 僕の股間と社会的信用は、なんとかなる。


 そう感じた。


 あ、ちなみに焔さぁんは、色々なかったことにするにも、やんちゃが過ぎてカバーするのもアホらしくなったので、今も塀の中でお勤め中です。

 出所したら、黄色いハンカチでも持って、皆で出迎えてやることにしよう。

 そうしよう。


【完】

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