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非日常の世界へ〜4〜

「不謹慎だ、バカヤロウ。」

「ぁいたっ!?」


ボコっと鈍い音がしてゴートが頭を抱えて踞る。フレイがゴートの頭に拳骨を落としたのだ。

頭を抱えた拍子に転がるようにソファに身を沈めたゴートを尻目に、ソファの背もたれに上半身を預けるように体を屈めたフレイは大きなため息と共に鶫に目を向けた。


「悪いな。この理由バカ、人の気持ちとか考えやしねえから…。嫌なら話さなくて良いし、駄賃も要らねえから帰って良いぞ?」

「いえ、別に……話すのは構わないんです。ただ、きっと「そんな理由か」って思うような、些細なことですので…。」

「どんな「訳」でも構いません!ワタクシは知りたい!!その人がどんなことでどう感じ、何をしたいと思うのか!!そこにある「理由」を知るのにつまらないか否かは関係なぃだい!!」


鶫を気遣う素振りを見せたフレイの優しさに人は見かけによらないんだな、と感動しつつゆっくりと(かぶり)を振った鶫。そんな鶫を気遣わしげな表情で見遣るフレイに対し、フレイが言った通りなのであろうゴートが一切空気を読まずに嬉々として身を乗り出す。フレイはそんなゴートの頭に今度は肘鉄を落として黙らせる。

二人のやり取りに慣れてきたのか、鶫は今度は驚くことなくやり取りを笑って受け入れ、目を伏せて話し始めた。


「……僕の家族は、単身赴任で滅多に会えない父と看護師の母、そして年の離れた兄のどこにでもあるようなありふれた四人家族です。

兄は昔から成績優秀でスポーツ万能で常に輪の中心にいるような人でした。対する僕は成績は中の中、運動も特別秀でてる訳じゃない、鈍臭いって感じで兄とは正反対なんです。

両親は当然のように兄を可愛がりましたし、僕もそこそこ愛してもらってたと思います。本当に小さい頃は、ですけど…。

年を重ねるにつれて両親は何をやっても平々凡々な僕に興味を示さなくなりました。その上、鈍臭いので良く邪魔だと怒られていたんです。

そんな日々を送る内に、両親は僕をいないものとして扱うようになりました。目を合わせないのは当たり前、僕が目の前を歩いていても見えてないので正面からぶつかってくる事もあって……。

この間なんて家に僧侶の方とか霊媒師の方とか呼んじゃって。僕がやらかしたことを全て「ポルターガイストだ」って言ってて…」

「そりゃ、随分悪質じゃねえか。少なくとも自分のガキにする事じゃねえぞ。」


鶫の告白を聞き、フレイは顔をしかめて嫌悪感を露わにする。しかし、先程まであれほどうるさく「訳」が聞きたいと騒いでいたゴートはすっかり大人しくなっており、ただただ目を瞑って話を聞いている。


「そう、なんですかね…?実は僕もごく最近まではそれが普通なんだと勘違いしていて…。

それで、学校であったこととかあまり話せずにいたので…。」

「そん」

「…その口振りから察するに、学校でイジメでもあったんですか?」


あはは、と乾いた笑いを無理矢理引っ張り出した鶫に、フレイが何かを言おうとするのを遮ってゴートが口を開く。…相変わらず、目は瞑ったままであるが。


「えっと…まあ、多分…。イジメと言うよりもパシリに近かったと思いますけど…。それで、段々と現金を要求されるようにもなっていって…相談できる相手もいないし、なんか息苦しくてふと思ったんです。「あ。死のう」って。バカバカしいですよね。」


一通り話し終え、すっかり冷めてしまったコーヒーで口を潤しながら鶫は笑みを貼り付ける。その様子にフレイは苦虫を噛み潰したような顔をして眉間に皺を寄せ、何かを言いたいが何を言えばいいのか分からないと言ったように口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す。そんな中、欠伸混じりのゴートの間延びした声がやけにはっきり響いた。


「別にバカバカしいとは思いませんけどねぇ。周りがどう思うかなんてワタクシ、知りゃしませんけどね。けど貴方が死にたいと思ったんならそれ程大きな「訳」って事ですよ。感情なんて結局はその人自身のものじゃありませんか。」


他人と比べてヘコんでいる方がバカバカしいですよ、と大欠伸と共に伝えられて鶫は目をぱちくりさせる。教師でも何でも、相談できる相手を探せば良かっただろう、くらいのことは言われると思っていたのだから無理もない。ポカンと目の前の羊の頭蓋骨を見つめていれば、それは徐に立ち上がり事務机の引き出しを開け、何やらゴソゴソと漁る。やがて何か一枚の紙を引っ張り出すと机の上のペン立てにあったボールペンと朱肉を手に戻って来る。


「ええっと…鶫さん、貴方パソコン使えますか?」

「ぱ、パソコン…ですか?人並みには使えますけど…それが何か?」

「いえいえ、ちょっと気になりましてね。ここで働く中でパソコンが使えるのはワタクシだけなのですが…如何せん、ワタクシもワードくらいしか使えやしませんので。使えるお方を探していたんですよ。あ、こちらに署名とハンコをお願いしますね。」


ノートパソコンがあるのに使えないのか、と鶫が考えている内にお茶を出すような気軽さで差し出された紙とボールペン、そして朱肉を受け取り、流されるままペンを走らせる。


「あ、すいません。ハンコ持ってきてなくて…。」

「それなら指印で結構ですよ。親指を朱肉に付けてポンっと。」


指示されるまま、右の親指を朱肉に付け紙に指を押し付ける。くっきりと朱色に染まった指紋が紙に付けられたのを確認して、ゴートは満足そうに「ほうほう」と呟いた。


「菊地鶫…菊の地面でキクチというのもワタクシ会ったことがございませんが…ほぉ……ツグミとはこう書くのですか。確かスズメ目の鳥類でしたね。

…さて、おめでとうございます。今日からじゃんじゃん働いちゃってくださいね。」

「……はい?」

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