非日常の世界へ〜3〜
「んむむ……人に迷惑をかけず、尚且つ見つかり辛い死に方、ですか?難しいこと仰いますねぇ。」
唸りを上げ、恐らく口があるのであろう面の下に指を添えてゴートはやはりどこか間延びした声を出す。だが、期待していたものとは真逆の答えを返されて、鶫は肩をしょんぼりと落とす。『悪魔』と呼ばれる存在ならば何か知っているんじゃないのか、と期待を膨らませていた分、そのショックは大きなものだった。
「悪魔の力を持ってしてもできないことなんですか?」
「そーですね…。悪魔の力っていうのが何なのかは存じませんが、その二つの条件を満たすのはかなり難しいですね。」
カリ、カリ、と奇妙な音を立ててゴートは呟く。期待していたのとは大きく異なる返答に、鶫の脳は考えることを放棄した。
藁にも縋る思いで訳も分からないサイトを頼りにやっとたどり着いた希望をむざむざと砕かれ、鶫は呆ける。ショックがあまりにも大きく、頭の中が真っ白になってしまったのだ。その所為か何の感情も湧かず、鶫はただ「そうですか。」と答えるのが精一杯だった。脱力感に襲われる鶫を見て何を思ったのか、ゴートは面の下から手を出してピッと人差し指を立てた。
「まず、人に迷惑をかけずにっていうのが厳しいですね。貴方が死んだ時点で、それが何処であっても警察は動きます。そーゆー世の中ですからね。
警察は他殺か自殺かを捜査し、その死因や原因を調べ上げる。そして事が落ち着けば貴方の親族が葬式を開くでしょう。葬儀屋は駆り出され、坊主が経を読む。例え無縁仏として供養されてもです。
ざっと一連の流れを見てもこれだけの人が動かされます。……貴方の言う「人」とはどの範囲なのかは知りませんが。」
自分の死後の事など考えたこともなかった鶫は驚きに目を丸くする。そんな鶫を見てニヤリと口元を歪めたゴートは続いて親指を伸ばし、人差し指と親指でL字を作る。
「そして次に、見つかり辛いという条件ですが…見つかり辛いという事は貴方一人ではその状況を作れませんよね?すると、また他の人の手が必要になる訳です。
自らを殺すと書いて自殺。その手伝いはある意味殺人幇助と同じようなものです。実際、「自殺関与及び同意殺人罪」として刑法202条に定められています。自殺に関する道具や場所、知識の提供はこの内の自殺幇助罪に当たりますね。」
「そ、そんな…だって……自分で死を選ぶんですよ!?それが罰されるだなんて…」
そもそも自殺自体が罪ですし、と付け加えたゴートの言葉に鶫は項垂れる。自殺が罪になるだなんて知らなかったのだ。偶に流れる自殺関連のニュースからは想像がつかなかったのだ。何せ、ニュースに流れる人たちは皆、「被害者」だったのだから。頭を抱える鶫にゴートは人差し指を折って親指を伸ばしたまま軽い握り拳を作って見せる。
「もし貴方が妥協案として一つ目の条件を取っ払うならワタクシ達も協力致しましょう。ですが、貴方が取り下げるとしたら一つ目ではなく、二つ目でしょうね。……どういたしますか?」
今度は親指を折り人差し指を立ててゴートは嬉々として尋ねる。人の生死がかかっているかもしれないと言うのに、と鶫は一瞬嫌悪感を覚えたが自分に協力してくれるかもしれない人なんだと頭からその考えを追い出す。だが、鶫の心は最初から決まっていた。第一条件が彼の中で決して譲れなかった。ならば、この相談は無かったことにするしかない。
「すみません…相談に乗ってもらっておいてなんですけど…その、やっぱりやめます。」
「いえいえ、お気になさらず。ひと一人の命がかかってますからねぇ。それもご自身の命とあればワタクシどもに口出しする権利はございませんよ。」
鶫が頭を下げると面で顔が隠れていて見えないものの、ゴートはニコニコと笑いながら手を軽く左右に振る。脈絡がないというか、妙な言い回しというか…そんなゴートの言葉に鶫は内心、首を傾げつつも申し訳ない気持ちで一杯になり、中々顔を上げれずにいた。しかし、鶫の心情などいざ知らず。ゴートは呑気にそうですねぇ、と声を上げた。
「大変心苦しいのですがね、こちらも商売ですので…相談料を頂かなければならないのですが。」
「あっそうですね。すみません。幾らくらいでしょうか?」
悪魔が願いを叶えるのって相談も込みで商売なんだ、と何処か感心しつつ鶫は鞄から財布を取り出す。使い道が分からず貯金を続け、結構な額になった財布は少し重量がある。お年玉やバイト代、合わせて30万ほど。流石に相談料だけでそれ以上はぼったくられないだろう、と財布を開けようとすると、ゴートがそれを片手で制す。
「いえいえ。お代はそりゃあ頂きますけどね。学生さんから分捕るような真似はいたしませんよ。
それより、ワタクシに教えて頂けませんか?貴方の「訳」を!!」
「わ、訳…ですか?」
テーブルの上に手をつき、ずいっと目を乗り出してゴートは興奮した大きな声で言う。突然、意味の分からないことを言い出したゴートに物理的にも気持ち的にも若干引きつつ、鶫は戸惑いの声を出す。
「ええ、そうですとも!貴方が自ら命を絶つ決意をした、その「訳」を!貴方のその胸の内に眠る理屈を!ワタクシどもに教えて頂きたい!!それを今回の相談料と致しましょう!!」




