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季節ハズレの新生活〜7〜

バッと勢いよく隣の人物を見る鶫。それに合わせるかのように、その人物――イララバ・ダンドールは鶫と全く同じタイミングで鶫とは反対の方向を向く。余程慌てていたのだろう。勢いによって簡単に纏められた白髪がふわりと軌道を描く。


「……ラバ、ちゃん…?」

「…………」


自分から目を逸らしたイララバに、鶫は恐る恐る問いかける。絞り出された鶫の掠れた声に、イララバは何も答えず沈黙を返した。だが、その顔は焦りでいっぱいなのは、誰が見ても明らかだった。…尤も、鶫からは見えていないのだが。

口を一文字に引き締め、忙しなく縦横無尽に視線を彷徨わせるイララバ。そこにはもう、先程までアンナと激しい喧嘩をしていた面影はない。


「…ラバちゃん?」


再度問いかける鶫。縋るような鶫の声に、イララバは一度ぎゅっと固く目を閉じてから何かを決心するかのように息を吐く。そして目を開くと鶫の瞳を覗くかの如く、視線を合わせてじっと見つめる。


「…イララバ・ダンドール。それが私の名だ。」


真っ直ぐに鶫を見据え、低い声でイララバは名乗る。強張ったその声からは彼が如何に緊張しているかが窺える。事故で死にかけていたとは言え、勝手に「半魔」という特殊な存在にしてしまったこと、今まで姿を見せなかったこと……。思う所は色々あるのだろう。

声も表情も体さえも強張らせて、イララバはその緊張を露わにする。しかし、イララバは唾を飲み込んで乾いた喉を気休め程度に潤し、鶫への言葉を続ける。


「勝手に半魔にしてしまったこと、説明もせず逃げてしまっていたこと……お前にはたくさん、謝らなければならないことがある。……すまなかった。謝って済む問題でもないが……本当に、その……申し訳ない。」


イララバの謝罪に、鶫はぽかーん、と口を開けて間抜けな顔を晒す。呆ける鶫の顔を見て何を思ったのか、イララバはゆっくりと目を伏せて眉を寄せ、憂いを帯びた表情を浮かべる。


「……私たちは一体何を見せられてるんだろうねぇ…」


と、アンナは頬杖をつきながら呆れたようにジト目で鶫とイララバを見て、


「未知の世界にワクワクしてる人間とその人間をこっち側に引き込んだことに罪悪感を感じてネガティヴになってる悪魔の図。」


鶫とイララバの二人を一瞥もせずにリオンが淡々と言い、


「あははー、見事にすれ違っちゃってるねぇ」


と、マリーンがリオンの言葉を笑い飛ばし、


「……二人にはちゃんと話し合う時間が必要……ぐぅ……」


こっくりこっくりと船を漕ぎながらもレアフが何処か非難めいた視線をアンナに向け、


「うーん……そもそも、時間とか関係なしにちゃんと話し合ってればこんな事にならなかったんじゃない?」


涼風が苦笑いを浮かべながらも厳しい言葉を吐き、


「いーからお前らはとっとと飯食えよ。冷めてんだろ。」


水を差すな、とでも言うように食卓に並んだ朝食にヴォルカが手を付ける。

キラキラと目を輝かせる鶫と、そんな鶫に目もくれずに有る事無い事考えて項垂れるイララバ。その二人にアンナたちの会話は届いていない。ある種の二人の世界に…否、それぞれが個人の世界に入り込んでしまっているのだ。それ故に、周囲の呆れながらも温かい目に己が晒されているなど二人は露程も思っていない。


「…すごい!!すごいよ、ラバちゃん!!」

「……は?」


頬を赤らめて興奮する鶫と、肩を落として落ち込むイララバ。対照的な二人の間に落ちた沈黙を破ったのは、意外なことに鶫の方であった。普段の何処かおどおどとした鶫しか知らないことと、想像していたものの遥か斜め上を行く鶫の反応。二つの意味で驚いたイララバは反射的に声を漏らす。弾かれたように顔を上げ、呆然とする彼に一切構わず鶫はずずいっと詰め寄った。


「ラバちゃん、猫だけじゃなくて人の姿にもなれるんだね!すごいよ!!」

「…は?」

「さっき影から出てきたのも悪魔だから?でも、ちょっと登場の仕方考えた方が良いと思う。だってすごくびっくりしたもん。」

「……ん?」

「あ、もしかして起きた時にここの場所を教えてくれた手もラバちゃんが?」

「………え?」

「そうだ!着替え!!着替え持ってきてくれてた『彼』っていうのもラバちゃんのこと?」

「え?あ、ぁ?」

「やっぱりそうなんだね!ありがとう!!」


矢継早にまくし立てる鶫に戸惑い、ロクな返事すらもできないイララバ。幼い子供のように「すごい」という単語を繰り返して興奮を露わにし、今にもぴょんぴょこ跳ね出しそうな鶫の様子は、イララバの理解の範疇を超えていたらしい。

前のめりになり、段々と己に近付いて来る鶫にタジタジになりながらも、鶫の座る椅子が勢いでひっくり返らないように支えたのは、咄嗟のことなのだろう。母音である「あいうえお」をめちゃくちゃに混ぜたような不明瞭な声を発して、イララバは混乱から目をぐるぐると回した。

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