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第三話 騎士夫婦・後編

後半はちょっと甘い展開に……?

 建物は二階建てになっており、一階は主に客間や食堂、厨房、使用人用の小部屋などがあって、二階が家人のプライベートスペースという造りだった。

 前に依頼で貴族の屋敷を訪れた時も、そしてココの実家にお邪魔した時も似たような感じだったから、どこも似たり寄ったりなのかもしれないな。


「よいしょ、っと」


 持ち込んだ荷物をそれぞれの部屋に運び込む。一通り見て回った上で、各々の自室と書庫はやはり二階に置くことにした。そう、隣同士ではあるが、別部屋である。


「私は一緒で構いませんよ?」

「俺達、仕事で帰宅も寝る時間も違うことが多いだろ。この方がお互いに都合良いって。せっかく部屋もこうして売るほどあるんだからさ。それに……一緒だと眠れる気がしないし」


 上目遣いに聞いてくるココに、俺は顔が赤らむのを感じながらも率直に理由を説明する。適当にはぐらかしても追及されるだけだからだ。


「分かりました」


 その時は納得した風だった彼女が、互いの部屋の間に直通の扉を設置して俺を驚かせるのは数日後の話である。わざわざ分けた意味って一体……?



「えっと、これはこっちで、この本は……そっちの山か」


 普通なら重労働になる荷物運びも、重力操作の術を使えばさしたる時間も力もかからない。俺達は私物をざっくり運び込んでから再び玄関に戻り、次に書庫行き予定の本の選別を始めた。

 魔術書は一(まと)めにしておくべきだし、他の本も系統別にした方があとで探し易いからな。


「なぁ、前は『()らない』って言ってたけどさ、やっぱり要るんじゃねぇか?」


 その作業中、俺は少し前から気になっていたことを口にした。他でもない、使用人の件である。

 当初の想定では王都の端で安くて小さめの家を探そうと思っていたため、掃除などの家事も自分達だけでまかなうつもりだった。


 なのに、実際に住むことになったのは豪邸だ。手入れが必要な範囲は屋内のみに留まらず、「ささやか」では表現しきれない規模の庭まである。


「そうですね、私達だけではとても維持出来そうにないですもんね……」

「だろ?」


 分身術を駆使すれば不可能ではないだろう。でも、幾ら持て余しているからと言ってそんなことに魔力をぎこんでいる余裕はさすがにないし、時間も惜しい。

 っていうか、師匠が「何をやっておる」って早々に怒り出すだろうぜ。


 結局、二人で話し合い、周りに相談して人を寄越して貰う手配をしようと決めた。来た人が驚かないように、セキュリティだけはしっかりしておかないといけないが。



「次はこちらですね」

「おう」


 その後も協力して書庫の棚へと大量の本を並べていく。二人で空中に浮かべた本を一冊ずつ手に取って確かめ、あらかじめ決めた位置に置くのだ。

 量が量なだけに最初こそウンザリしたが、ごちゃごちゃだったものが系統立てられていく様は見ていて気持ちが良く、段々と興も乗ってきた。このペースならあっという間に終わるだろう。


「この作業、結構面白いな」

「はい。なんだか図書館の職員さんになったみたいで楽しいで……キャッ」

「えっ? わわっ」


 突然のココの悲鳴に肩が跳ねる。目の前にあった背の高い木製棚から視線を移すと、彼女がバランスを崩して前のめりに倒れ込もうとしているところだった。

 慌てて走り、両手でグッと抱き留める。ふぅ、なんとか転ばずに済んだな。


「大丈夫か?」

「すみません、床に置いた本につまづいてしまって……ああっ!」

「今度は何だ、うわぁっ!?」


 顔を上げたココの視線を追ってぎょっとする。転びかけたことで集中力が切れ、魔術で浮かせていた大量の本が降ってこようとしていた。


 角の直撃は痛そうだな、なんてレベルの話じゃない!

 あの中には取り扱い要注意の魔術書が何冊も混ざっているのだ。強い衝撃を与えたらどんな恐ろしいことが起こるか。触れたところからココが体をグッと強張らせるのを感じた。


「っ!」


 ――『止まれ』!


 彼女の細い身を抱き締め、雨あられと降ってくる本の影に向かって強く念じる。数秒経った後も、硬いものが木の床を叩く音も、爆風が肌を激しく打ち付けることもなかった。


「と、止まった。はぁ」


 腕の中から顔を出したココが、周りの光景と魔力の流れから起きた出来事を知り「凄いです」と呟く。

 そうして改めて重力操作の術をかけ直し、空中に無理やり留め置かれた本を安全に床へとおろした。同時に緊張の糸が切れ、くっ付いたまま座り込む。


「すみません、私の不注意で……。ありがとうございました。ヤルンさん、すっかり無詠唱をものにされたんですね」

「たまたま上手くいっただけだって」


「無詠唱」とは、その言葉通り呪文の詠唱をせずに魔術を発動させる方法のことだ。

 俺は少し前から似た現象を何度か引き起こしており、ならばと最近師匠に仕込まれ始めているところだった。


 まだ始めたばかりで簡単な術しか使えないし、成功率も高くない。謙遜でなく、本当に「たまたま上手くいった」だけである。今回は必死さが功を奏したのかもな。


「私も早く使えるようになりたいです」


 ココが頬を膨らませる。呪文を短くする「詠唱短縮」を得意とする彼女は、無詠唱の習得には手こずっていた。

 短縮には魔術の深い知識が求められるのに対して、無詠唱には強い魔力と意思とが必要とされるかららしい。


 魔力の量は申し分ないのだが、余程のことがない限り感情より思考が先行するタイプのココとは相性が良くないのだろう。訓練でも苦労していた。


「っと」


 そこまで考えて、まだ密着したままだったことを思い出した。ハッと我に返って慌てて体を離そうとするが、座り込んでいるからか上手くいかない。うぅ、意識したら途端にドキドキしてきた。

 すると、ココが申し訳なさそうに言う。


「あの、私、筋肉が付いてて固いですよね……?」

「え?」


 そんなことはない。女性に触れた経験などほとんどないから分からないが、こういうのを「しなやか」と言い表すのじゃないだろうか。

 そう、しどろもどろに伝えると、ココは安堵したように微笑んだ。


「触り心地が悪くないなら良かったです。ヤルンさんは細く見えますけど、やっぱり男の方ですね」

「そ、そうか? っていうか離れてくれって」


 今は術を使ったせいで魔力のタガが緩んでいる。一度冷静になって抑え込まないと、魔術書の暴走を止めた意味がなくなってしまう。


「私の大好きな香りがしているので勿体ないですけど……。大事なお家が爆発してしまう前に少し頂きますね」


 こちらの焦りに気付いた彼女はそう言ってくすっと笑い、溢れかけた俺の魔力を吸い取ったのだった。




「それで、引っ越しは終わったのかしら?」


 セクティア姫の庭園でのお茶会に誘われた俺とココは、改めてお祝いへの礼を述べていた。


「はい。使用人の手配までして貰って」

「あら、あそこに住むように言ったのは私なんだから、それくらいの面倒は見るわよ」


 そうなのだ。シンに頼もうと思っていたら姫がすでに手を回していて、週に一度、何人か来て屋敷を手入れしてくれることになったのである。

 その上、彼らの給金は俺達が払うのだが、城からの出張扱いということで額は相場の半値近くにまで抑えてくれていた。


「だって『家の管理が出来ないから引っ越す』、なんて言われたら困るもの」

「有り得るから全然笑えないっス」

「もし、客を持て成すだとかで人の手が必要になったら言いなさいね。シンに対応させるから」


 言ってチラリと姫が目を遣れば、後ろに控えていたシンが「お任せ下さい」と頭を下げる。申し訳ないが、自分達でなんとか出来るようになるまでは甘えるしかなさそうだ。


「他に問題はない?」

「はい、大丈夫です」


 応えたのはココで、俺も頷いて同意する。食事も入浴もこれまで通り騎士寮で済ませられるし、いざという時には部屋も使わせて貰えることになっている。至れり尽くせりの待遇だ。


「そう、なら良かった。これからも引き続きよろしく頼むわね。ところで、夫婦としての生活はどう?」

『っ、……!!』


 姫に聞かれた俺達は視線を合わせ、自然と互いの鎖骨の下辺りに目を落とし、再び見つめ合って顔を赤らめてしまった。


「二人ともどうしたの? 何かあった?」

「なな、なんでもないっス」

「ええ?」


 思わず見てしまった場所。そこには婚姻を機に手首から移した刻印があった。茨のつるではなく、薔薇の花を模した黒い文様シルエットである。

 姫は手首に刻んだ時の目撃者だ。事実を知られれば何をしたかピンと来るに決まっている。そんな恥ずかしい内容、誰が暴露出来るか!


「ねぇココ、教えてよ」


 大抵のことはサラっと言ってしまうココも、さすがに躊躇してしまうようだ。「えっと、それは、その」と口ごもる。

 獲物を見付けた執念深い狩人を相手に、分が悪すぎる攻防戦は始まったばかりだった。

4コマ漫画なら家を爆破してましたね(笑)。

それから、刻印を刻む場面は描写が引っ掛かりそうだったのでカットしました。(ないとは思いますが)要望があれば考えます。


本編の改稿はゆっくり進めています。ある程度進んだらこちらでお知らせしますね。

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