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第七話 初めての飲み会

ココ視点で、お酒のお話。ちょっと甘めな展開です。

 それは、新しい家でヤルンさんと暮らし始めて間もないある夜。

 私はヤルンさん、キーマさん、ルリュスさんの四人で王都の店に繰り出し、お酒を楽しんだ。


 貴族の出身で葡萄酒ワインの銘柄は幾つか知っていても、平民がひしめく店に並ぶのは色も香りも初めてのものばかりだ。雑多な空間で口にするそれは、新鮮な驚きを私にもたらした。


「飲み会なんて初めてでしたけど、お酒もおつまみも美味しかったですね」


 男性二人に追い出されるようにして、ルリュスさんと先に店の外へと出る。長い髪をキュッと結った彼女の顔は酒精で火照ほてって見えた。

 私も同じなんでしょうか?


「そうだね。あたしは甘いお酒とチーズが好きだったな。ココはどれが良かった?」

「私もお酒は甘めの果実酒が美味しかったです。料理はクラッカーの上に色々と載せられていたものが良かったですね。あとはナッツも! 間食として食べるのとはまた違いますね」


 感動のあまり思わず美味しさを力説してしまい、ルリュスさんはそんな私の興奮ぶりに「はは」と笑った。


「完全にハマった顔してるよ。なら、また一緒に行こう? 今度は女子会も良いね」

「女子会……。はい、行きたいです!」


 入店する前は薄墨と青インクを混ぜたような色だった空は、出る頃には紺のカーテンにすっぽりと覆われていて、沢山の星々が王都の(まばゆ)い灯りに負けじと瞬く。

 近くには似たようなお酒や料理を楽しむ場所が集まっていて、辺りは香ばしい匂いと人々のざわめきとで埋め尽くされていた。


「おーい、帰るぞー」


 支払いを済ませてくれた男性陣と合流し、同じ騎士寮に住むキーマさんにルリュスさんをお任せすると、彼は「そっちも気を付けなよ」と忠告した。


「任せて下さい。ヤルンさんは私がしっかりお守りします!」

「なんでだよ!」


 ヤルンさんが赤い顔で怒り、みんなが楽し気に笑う。そのまま大通りに出て、王城の傍の分かれ道で手を振り合って別れた。

 また明日お会いして、今日のことをお喋りするのが楽しみです。


「今度、ルリュスさんと女子会をしようってお話してたんですよ」

「ふうん? ま、良いんじゃねぇか?」


 彼はそう賛成する一方で、王都も安全とは言い切れないからあまり遠くまで行くなよ、とも告げる。私やルリュスさんの実力を信じてはいるけれど、ストレートな方法で来る相手ばかりでもないだろうと。

 その信頼と心配が嬉しくて、この人と家族になれて良かったなと思った。


「分かりました。気を付けますね」

「おう」


 そよそよと吹く夜風が肌に気持ち良い。

 疲労感を伴う余韻よいんもなんとも心地よく、私達は少しふらつく頭と足取りで我が家に帰宅した。


『――光よ』


 広い広い屋敷だけれど、諸々の事情から常駐する使用人は雇っていない。

 私達は魔力で灯りを生み出し、周囲に幾つも放って家を明るくした。白だけでなく、ちょっとした遊び心でピンクや紫、青やオレンジなども混ぜてみる。

 酔いのせいか、今の私にはただの玄関や廊下が幻想的に見えた。


「楽しかったですね」

「ん、まぁな。キーマが全然酔わないのにはムカついたけど」

「ふふっ、確かに凄い飲みっぷりでしたね」


 初めての「飲み会」は大盛り上がりだった。特にキーマさんは今言ったように幾ら呑んでも少し赤くなった程度でしっかりしていて、私たちはビックリした。


『ん、これおいしー。もう一杯貰おうっと』

手前てめぇはどんだけ呑む気だ!』

『痛っ』


 隣の席のヤルンさんに何度も全力で頭をはたかれて「店内で暴力を振るうのはやめてくださーい」と緩く抵抗していた。そしてまた追加注文する、の繰り返し。


「買った酒の半分はアイツの腹の中だろうな」

「まぁまぁ、その分はきちんと払って下さいましたよね? 酔って暴れたわけでもありませんし」

「そうだけどさ……む~、納得いかねぇ。実は普段からこっそり呑んでんじゃねぇのか?」


 城内での無許可の飲酒は軍規違反だ。見付かれば罰せられるし、非常に不名誉でもある。

 私は口では「まさか」と返しつつ、しかしキーマさんの要領の良さなら可能なのかもしれないとも思った。とても顔が広いから、料理番や門番と親しくなって……?


「あいつ、フリクティー城でもいつの間にか使用人メイドと仲良くなってティーセットを手に入れてたんだぞ。フツーに考えてあり得ないだろ」

「そういえば、以前『騎士の試験に落ちたら料理人になる』と言っていたような……?」


 沈黙が降りる。笑い話に転じられるようなフォローは一つも思い付かなかった。状況証拠が揃い過ぎている気がするのだ。

 些細ささいなことであれば受け流すのだが、明らかな軍規違反は友人として見過ごせる範疇はんちゅうを超えていた。


「明日、しょっくぞ」

「は、はい。確かめましょう」


 疑惑の種は完全に二人の胸に芽生えてしまい、彼が激しい追及を受けることになるのは翌日、早朝の話である。



「とりあえず水でも飲もうぜ。……来るか?」


 まだ寝たくないと顔に書いてあったのかもしれない。ヤルンさんは少し照れ臭そうに私を誘った。軽くどきりとしながらも、笑顔でしっかりと頷く。

 もう子どもではないのですし、たまには夜更かしも良いですよね?


 小綺麗に掃除された室内には、ベッドにテーブルにソファ、そして本棚、とすっかり見慣れた家具が並んでいる。

 私達の部屋は隣同士で、それもたった扉一枚隔てただけなのに、確かに彼の匂いを感じた。


 二人は灰色のソファに深々と身を預け、持ってきたコップの水を飲んだ。私はちびちび、彼はグビグビ。いずれにしても冷たい感触がノドから下へと伝わり、体の熱を内側から冷ましていく。


「ってか、おまえ結構呑んでただろ、大丈夫か?」

「え、私、そんなに呑んでました?」

「自覚なしか。最後の方なんか、顔がへにゃ~ってなってたぞ」

「えっ、本当ですか!?」

「歩いてるうちに戻ったけどな」


 どうやら、自分で意識した以上に呑んでしまっていたらしい。アルコールのせいか、それとも美味しかった料理や楽しかった場の空気のせいだろうか。あまり経験がないから判断が付かない。

 引きかけていた顔の熱が戻ってきたような気がした。へ、「へにゃ~」だなんて……!


「恥ずかしいです……」

「そこまで気にしなくても、別にぶっ倒れなきゃ良いって」

「いえ、今後はもっと注意します!」


 今の私の周りには「淑女らしさ」を求める人はいないけれど、それは決してはしたない振る舞いをして良いということとは違うのだから。

 込み上げてきた羞恥心をなんとか処理しようと奮闘としていると、ヤルンさんは視線を逸らしてぼそりと呟いた。


「結構かわいかったけどな」

「ほ、本当ですか?」

「わざわざ聞き返すな。こっちが恥ずかしいっつの」


 嬉しくて体の芯が熱くなる。滅多に言ってくれない言葉だからだ。思ってくれていることを感じてはいても、実際に口にされるとまた違う。

 だから、また言って貰うために「嬉しいです」と素直に気持ちを伝えた。照れるからやめろと嫌がられてしまったけれど。


「ヤルンさんは、あまり呑んでいなかったみたいですね」

「そんなことないって。どうせ、キーマが滅茶苦茶呑むから少なく見えただけだろ」


 水を飲み終え、テーブルに置かれたソーサーの上にコップを置いた時だった。私はすっと距離を詰めてみた。ヤルンさんも嫌がらず、むしろ近付いてくる。

 まだ残るお酒の匂いに交じって、大好きな魔力の芳香がふわりと漂う。他の人からは感じられない、甘やかな香り――。


「酔ってます?」

「かもな。嫌なら今すぐ逃げるか吹き飛ばすかしろよ」


 普通の女性を相手にした発言なら、かなり無責任で酷い言葉だろう。けれど、私は男性の暴力に蹂躙じゅうりんされるがままのか弱い存在ではない。

 こう見えても一度ひとたび敵を前にすれば、怯むことのなく戦わねばならない騎士なのだ。


 体術や魔術を駆使して攻勢に転じるすべを持っているし、幻のように消えてしまうことだって可能だ。ただし、本気のこの人が相手でなければ。


「逃げも隠れも、吹き飛ばしもしませんよ? お家が壊れてしまいますし。それに、夫婦なら普通です」

「普通かぁ? そもそも全然『普通の夫婦』じゃないのに? 今さら型に当てめようって方が無理あるぜ」


 それはそうかもしれない。私は自分の夢のためにヤルンさんを結婚相手に選び、優しい彼は強引な私を戸惑いながらも受け入れてくれた。

 今があるのは全面的にこの人のおかげで、もしも拒まれていたらと想像するだけで背筋が寒くなる。


 だから今度は私が受け入れる番だと思っているのに、相変わらず気遣いに溢れた優しい言葉ばかりかけてくれるのだ。


「確かに、私にはヤルンさんが『必要だった』から婚約をお願いしました。でも、順番が少し違っただけです」

「少しじゃねぇっての。別に嫌われてるとは思わないけどさ」


 当然だ。どれだけ焦っていても、嫌いな人と結婚なんてするわけがない。


「ちゃんと、前から好きでしたよ?」

「仕事仲間として、だろ」


 そうですね、と率直に応えればヤルンさんは溜め息を吐いた。それから、今はどうなんだと小声で聞いてくる。もちろん、好きに決まっています。


「結婚式で、どんなことがあった時にも変わらず愛する、と誓ったじゃありませんか」

「真面目かっ」

「はう」


 ぽすっ。激しいツッコミと共に、頭に軽く手とうを頂いてしまった。ちゃんと加減はされていて痛みはないが、こうされるのは初めてな気がする。


「はっ、これが噂に聞く『夫婦めおと漫才』ですねっ。初めて体験しました! はぅ」


 また軽く叩かれ、私の目蓋まぶたはパチクリと瞬く。勝手に盛り上がったのが気に入らなかったのだろうか。呆れたような紫の瞳がこちらを見ていた。


「すみません。私、つい興奮してしまって」

「~~っ、だからやめろって」

「? 何をですか?」


 どういう意味だろう。何をどう改善すれば良いのか分からず首を傾げたら、彼は顔を赤くし、少し逡巡を見せてから思い切ったように言った。


「この状況で、は、『初めて体験した』とか、『興奮した』とか言うなっつぅの!」

「えっ? あ、あぁっ、えっと、その、すみませんっ!」


 指摘され、思い返してみればなかなかに過激な発言をした気分になってきて、再び恥ずかしさが急速に込み上げる。くっ付いたところから熱が移ったみたいにカーッとなった。


「お前なぁ。他の奴には絶対に言うなよな!」

「いいい、言いませんッ!」


 その夜、私たちは酔った勢いで初めての「夫婦喧嘩」らしきものをしたのかもしれなかった。

最初はとんでもなく甘々だったのをコメディ方向に大幅修正しました。


本編の改稿は「後日談Ⅰ」が完了しました。

非常に鈍足ですが、「後日談Ⅱ」も時間を見付けて進めていくつもりです。

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