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第五話 王子様との盤上遊び

キーマ視点でセクティア姫の夫・スヴェインとの一場面を。淡々と酷いです。

「悪いが、また相手をしてくれないか?」

「はぁ、構いませんよ」


 緑の長い髪と瞳を持つ、上等な服に身を包んだ青年――ユニラテラ王国第二王子のスヴェイン殿下は自室に自分を招くなり、白いテーブルの上を指して言った。


 そこには長方形の石で出来た土台があり、滑らかに磨かれた表面にはマス目を示す線が均一に引かれている。チェスのような、要するに色々な種類のこまを操って対戦する陣取り遊びだ。

 貴族や騎士団の上層部の人間はいざという時のためもあって、普段からこれをたしなむのが普通らしい。


 自分はセクティア姫によってこの人の護衛役に任命されてから、時々呼び出されてはゲームの相手をさせられていた。

 ヤルンやココがセクティア姫主催のお茶会に呼ばれるのと似たようなものだ。あちらの方がのんびり出来そうだし、面白いことも起きそうだから羨ましい。

 まぁ、別に嫌いじゃないから良いんだけどさ。


「ルールはいつも通りですか?」

「そうだな……」


 席に着き、テーブルの右脇に設置された小さな台に目をる。

 そこには弓兵や剣兵、魔導兵を模した小さな石の駒が幾つも並べられており、中には撃つべき「将」となる駒もある。

 それぞれ出来ることや動ける範囲が決まっていて、他の障害を排しつつ進み、将を倒した方が勝ちだ。


 テーブルを挟んだ向かいには同じ台があって、そちらは対戦相手である王子殿下の扱う駒が置かれていた。


「基本は十分に飲み込んだだろう? なら、今回は少しアレンジしよう」

「アレンジですか?」


 こちらの質問に応える前に彼は一度立ち上がり、隣の部屋へと消えたが、すぐに何かを持って戻ってくる。見れば、それは手のひらからはみ出る程度の大きさの木箱で、美しい彫刻が施されていた。

 座り直してぱかりと開くと、中にはまだ見たことのない形や色の駒が並んでいる。


「これまで将は『王』でやってきただろう? 今日は違う駒でやる」

「違う駒……?」


 まだやり始めて間もない自分にはピンと来ず、首を傾げた。陣取り遊びは、簡単に言えば「戦争ごっこ」だ。敵陣に攻め入るなら、取るべき首は大将たる「王」一択じゃないのかな?

 すると、王子は「何でも良いんだ」と薄く笑んだ。


「キーマ、もしもお前が一軍の軍師を任されたら、誰を将にえる? ……そう固く考える必要はない。自分の陣営のかなめとして誰を置くかを思い浮かべれば良い」

「……」


 要と聞いて最初に思い浮かんだのは城の要、魔術陣である。見たのは空の城のものだけで、まだ地上では見せて貰えていなかった。

 この足の下にもあるんだよね、見たいなぁなどとついつい余所よそ事を考えてしまう。


「誰も思い付かないなら王のままでも、自分自身でも良い。次回までの課題にして置いてくれ」


 次に頭に浮かんだのはその要の管理者だった。

 名目上は王や領主といった城の主にはなるけれど、実際に維持しているのは一部の限られた技術を持つ魔導師達だ。

 万が一、彼らがその役目を放棄したり、王侯貴族に反旗をひるがえしたりすればこの国は簡単に落ちそうだな。……と、物騒なところまで思考を巡らせかけたところで、自然と言葉が口から零れた。


「誰を据えても良いんですよね? なら、ヤルンを」

「なに?」

「だったら、将はヤルンにします」


 言って、箱の中から魔導師に似た黒い駒を手に取る。うん、これが一番近い。

 しげしげと眺めてから、自陣の一番手前にポンと立て、周りを他の駒で固めていった。他に指示は受けていないし、数と初期配置は基本ルールのままで良いだろう。


「……それはずるくないか?」


 王子は美貌をほんの少ししかめて言った。さすがはゲーム熟練者、実戦には疎くてもこちらの意図に気付いたようだ。だが、「ズルい」とは随分と人聞きの悪い言い様である。


「何でも良いとおっしゃったのは殿下でしょう?」

「それはそうだが……ぐっ」


 その師匠にしなかっただけ、まだマシだと思いますけど? とは口にしなかった。



 ――数分後、盤の向こうには苦虫をみ潰したような相手が居た。


「くそ」


 王子は盤上を睨みつけたまま短く毒づき、自軍の駒を進める。剣兵や斧兵、馬に乗った騎士などを前に出して接近戦をさせながら、後ろに配置した弓兵や魔導兵で支援する。基本をしっかりと押さえたやり方だ。

 こちらがまだ不慣れだから合わせてくれているのだろう。独自ルールである「アレンジ」をもっと加えれば、更に戦略性が増すに違いない。


「お前の番だぞ」

「では失礼して。うーん、これはここかな……」


 自分は返事をし、幾つかの駒をそれなりに動かしたあとで将――ヤルンに見立てた黒いそれを持ち上げ、近くに居た敵の一体を軽く蹴散らした。駒が減った代わりに、王子の眉間にはしわが一本増える。


「確かに許可はしたが、やはりその駒は狡いな」

「ははは。そうですね」


 具体的にどう狡いのか。それは個性を持たせたこの駒のえげつない能力にある。

 ……だって、この手のゲームで「どこにでも移動出来る」のは有利過ぎるし、しかも「それなりに強い」とくればバランス崩壊は必至だよねぇ。

 彼はあの手この手で侵攻を阻み、戦線を持ち堪えてきたものの、こればかりはどうにもならないようだった。


「まぁ、今回は『アレンジ』を勉強するための練習ということでご容赦ようしゃを。それに、現実ではこんな風にいかないでしょうしね」

「かも、しれないな」


 顰め面を緩めて同意してくる。王子とヤルンが言葉を交わす機会は滅多にないが、はたから見ていても思うところがあるのだろう。

 決して反抗的ではないのに思うままにもならない。それがあの黒い魔導師なのだ。だからこそ面白くて、ひと時も目が離せずにいる。


「で、その本人はどうしてる?」

「どうって、いつも通りですよ? 仕事して訓練して帰宅して寝てます」


 他に対戦相手の候補は沢山いるだろうに、何故わざわざ自分のような「若いの」を指名するのかといえば、こうやって逐一報告をさせるためだった。後ろ暗い諜報活動ではなく大っぴらなものだ。

 自分の立ち位置ならではの情報が得られるから価値がある、らしい。対価もそこそこ貰えるから文句はないし、言いたいことしか言わないけど。


「嘘を吐くと為にならないぞ」

「それは酷い。さすがに拷問は避けたいですね。しょっちゅうヤルンにされているので」

「お前達、少しは自重したらどうなんだ。……城だけは壊すなよ」


 苦笑交じりに言うと、主人からは存外冷たい視線と忠告が返ってきた。あれ、大変な相棒に振り回される者同士の共感が得られると思ったのに、おかしいな?

 けれども本当に事を構えても仕方ないので、差し支えない範囲で動向を伝える。

 そうこうしている合間にも手元はカツンカツンと淀みなく動いていて、幾らもかからず盤面は予測通りの結末を迎えた。王子軍の総崩れである。


「く、駄目だったか。……今回だけだからな」

「了解です」


 勝利の喜び? あるわけがない。アイデア賞がせいぜいかな。


 ◇◇◇


「……ってことがあってさ」

「お前な、人を勝手にゲームの駒にしてんじゃねぇ!」


 翌朝、騎士寮の食堂で隣の席のヤルンに一連の出来事を伝えたら、怒りを買ってしまった。思いきり足を踏まれそうになったのでサッと避ける。ふー。

 四人掛けのテーブルには自分達の他にココとルリュスが座っていた。ルリュスも騎士見習いになれてからは、こうして良く一緒に行動するようになったのだ。


「まぁまぁ、ただのお遊びなのですし。でも発想は面白いですね。私もやってみたいです」


 ココが笑顔でそう言えば、ルリュスも興味があると同調してくる。


「じゃあ今度四人でやろうよ」

「やろうって、盤と駒がいるんだろ?」

「実は練習用のものを一揃え貰ったんだ」


 貴族の子どもがルールを覚えるのに使う、木で出来たセットである。「普通に」強くなれと渡されたものだ。一人で黙々と取り組むのもつまらないし、対戦相手が居た方が楽しみながら上達出来るだろう。

 すると、不機嫌そうだったヤルンも考えを改めたのか、にやりと不敵に笑った。


「良いぜ、やろうじゃねぇか」


 怪しい。怪し過ぎる。しかし、それは彼だけではない。ニコニコしているココは絶対に妙なことを考えているに違いなく、まだ付き合いの浅いルリュスは底まで読み切ることが出来ない相手と言えた。


 うんうん、これは今から楽しみだ。

 あ、将をココにするって手だけは最初に潰しておこうっと。

キーマ視点の話は他にネタがあったのですが、書いてみたら全然違う流れになりました。

他のネタの方もまたそのうち書こうと思います。

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