彼女の為なら泥でも何でも被るし、お前らは徹底的に引きずり下ろす。
最近、幼馴染の様子がおかしい。
俺にはアンネリーゼ・フォン・レッツェルという自慢の幼馴染がいる。
容姿端麗で教養も充分。勿論淑女としての賓客だって備えている彼女は傍から見れば完全無欠とも言える程優秀だった。
ただし、彼女には地位ある貴族令嬢としてはある意味致命的かもしれない欠点があった。
……優しすぎるのだ。
彼女は人の悪意に勘付くだけの頭の良さを持ちながらも疑い切る事も見限る事も出来ない、心優しき人物だった。
彼女や彼女の家を狙って近づく輩の言葉に疑いながらも、最後には『もしかしたら自分が気にし過ぎただけかもしれない。そうだとしたら申し訳ない』と丸め込まれそうになる。
それに彼女は、たとえ相手に非があるような行いをされたとしても、謝罪を受ければ何でも簡単に許してしまう。
自分が傷付けられた事よりも他人が傷付かない事や信用する事を選択するようなお人よし。
社交界とは常に多くの人間の思惑が交錯する場だ。
腹黒い奴や強かな奴程しぶとく生きるような場所で、いつか彼女が損をするのではないかと、俺は気が気でなかった。
とはいえ、彼女の純真さは貴族としては足を引っ張る要因だが、人としては大きな魅力の一つ。
俺はアンネリーゼのそんな一面も愛していた。
ただ……残念ながら、彼女には婚約者がいる。
互いに侯爵家という地位のある家に生まれて育った俺達だが、彼女は幼少期に後の王太子モーリッツ殿下との婚約が決まった。
王家の決定に一貴族の、それもただの子供が異を唱えられるものではない。
その為俺は彼女に想いを告げる事も出来ないまま、この恋心を拗らせてしまっていた。
とはいえ、何より優先すべきは愛する人の幸せだ。
未来の国母となる事は間違いなく貴族令嬢として最大の名誉であり、幸福の象徴だろう。
そう、思っていた。
しかし結果、モーリッツ殿下は事ある毎に彼女を詰るようになり、挙句の果てには浮気の噂まで流れる始末。
幼馴染とはいえ異性である俺は婚約者がいるアンネリーゼと無暗に接触する事も出来ず、彼女が傷ついていやしないかと気を揉んでいたのだが……。
ある日を境に、アンネリーゼの様子が変わったのだ。
彼女の人の好さそうな、そして少しあどけない笑みが姿を消し、他の令嬢と同じ様な作り笑いを浮かべる事が多くなった。
微笑み、物腰柔らかに接しているも、その瞳は冷たく何かを警戒している様だった。
これについては十中八九、モーリッツ殿下が絡んでいると俺は睨んでいた。
彼女は自身の変化を上手く隠している。きっと俺以外は気付いていないだろう。
けれど俺にとっては確証に足る程の変化。
どこか追い詰められたような彼女が潰れてしまう事を恐れた俺は、放課後にアンネリーゼに声を掛けるのだった。
「アンネリーゼ」
「あら。エーヴァルト。ご機嫌よう」
アンネリーゼはにこりと笑みを浮かべる。
けれどその瞳は相変わらず冷たい。
俺すらも彼女は警戒しているのかもしれない。
「何か用?」
「君、モーリッツ殿下と何かあっただろう」
俺がモーリッツ殿下の名を出すと、彼女が僅かに目を見開いた。
「どうして?」
「今この場でどうしてと聞くのは肯定だ。本当に白を切りたいのなら、『どういう意味?』等の方が適している。一人で上手く立ち回りたいなら覚えておいた方が良い」
アンネリーゼが口を閉ざす。
とぼけようとしたのをすぐに見抜かれてしまったからだろう。
「リカルダ様との話は知っているでしょう?」
彼女はすぐに新しい切り口を見つけたようだった。
話しの流れや彼女の性格から鑑みるに、何かあったという事には肯定するがその根幹は隠したいという意図が見て取れた。
「学園で流れている浮気の話か」
念の為周囲に人がいないことを確認しつつ、俺は声を潜める。
「今までの君なら、浮気を気に病むことはあろうとも何かを警戒したり周囲の者全てを敵のように見たりはしないだろう」
「……そんな風に見ていないわ」
「いや、見ている。俺にはわかる。……何年一緒にいると思っているんだ、俺を騙すのは諦めろ」
頑なに普段通りだと主張しようとする彼女に半ば呆れつつ息を吐く。
「あのなぁ、君が困っている事に気付いて、俺が動かない訳がないだろう。諦めて素直に話してくれ。必ず、助けるから」
――『助ける』。
俺にとっては当然で、自然と出た言葉だ。
けれどその言葉を聞いた途端、アンネリーゼの瞳が揺らいだ。
これまで張り詰めていた気持ちが急に緩んでしまった様に、どこか泣き出しそうな顔になる。
ああ、ほら、やっぱり。
自分が感じた違和感は正しかったのだと改めて認識した。
「……きっと、私の事を見損なうわ」
泣きそうに顔を歪めた彼女が次に言ったのはそんな言葉だった。
天地がひっくり返ってもあり得ないような心配事を聞かされた俺は思わず真顔になる。
「あり得ないだろ」
「私、すごく性格が悪いもの」
「……何を言っている?」
壊滅的な自己分析結果を突き付けられた俺は思わず淡白な返しをしてしまう。
いや、本当に何を言っている?
彼女の性格を醜いと定義するならば社交界はラフレシアの集合体か? であるならばそんなものは最早滅んだ方が良い。
と内心で思っているものの、当の本人にとっては大層懸念される問題のようだ。
「本当に、私、貴方が思っているような人間じゃないわ、きっと」
突然こう言いだしたのにはきっと理由があるのだろうが、どうせ誰かへの嫉妬や怒り、恨み――そう言った自分の内にある負の感情を自覚したとかそんなところだろう。
だがそんなものは人類誰だって持っている。
「たとえ君が俺の思う何百倍も悪人だったとしても、嫌うことはないな。生憎と、人生の半分以上を共に過ごしてきたんだ。人生の殆どをかけて築かれた関係がなかった事になる訳ではない」
だから話してくれ、と念を押す。
言葉を尽くした甲斐があったのか、彼女は漸く観念したように口を開くのだった。
「……死に戻り?」
俺の言葉にアンネリーゼは頷く。
俺達は人目を避けて裏庭へ移動していた。
彼女の話を要約するとこうだ。
アンネリーゼは既に一度未来の出来事を経験し、そこで命を落とした後、気が付いたら過去の時間軸――つまり俺から見た現在で意識を取り戻したという。
そしてそんな彼女の死因が……死刑。
何でも、モーリッツ殿下とその浮気相手であるリカルダ・ディーツェル男爵令嬢によって彼女は嵌められ、数多の冤罪と共に婚約破棄を突き付けられるとか。
その後リカルダが限られた者しか扱う事の出来ない回復魔法の使い手、世界中で特別な存在として崇められている『聖女』であることが発覚し、聖女を害そうとした罪を着せられたアンネリーゼは民衆の前で処刑される……というのがこの先で待つ筋書きのようだった。
聞いただけなら荒唐無稽な話だと考えるだろう。
この世界には魔法と呼ばれる、無から有を生み出す力が数多に存在するが、時空を操る類の術は存在しないのだ。
話を最後まで聞いたところで、普通は嫌われる云々よりも死に戻りの話を信じてくれるかどうかを心配するところではないのだろうか、アンネリーゼよ……とは思いもしたが、こういう時々抜けているようなところが大層愛おしいのでよしとする。
それに、彼女が意味もなくこのような嘘を吐くわけがないという事は、長年の付き合いからわかり切っている。
「なら君が望むのは二人への復讐か」
「え?」
「何だ、違うのか?」
「いや……そう、だけれど」
アンネリーゼはなんだかバツが悪そうに視線を落とした。
これまでの彼女ならばきっと、冤罪の回避の為に奔走するだけで留まっただろう。
だが彼女が一周目に迎えた最期を考えれば、そんな生温い話で片付けられる段階はとうに過ぎている。
彼女は無実のまま、それを晴らす事も出来ず、蔑まれ、罵倒され、挙句には『死んで当然だ』と嗤われながら死んだのだ。
そして元凶である二人はアンネリーゼの人としての尊厳を踏み躙り、罪なき者を死に追いやって尚、平然としていたのだろう。
許せるはずもない話だ。
「何だ。まだ罪を重ねていない時間軸の相手に憎しみを抱き、復讐に走ろうとしている自分は醜いと?」
図星だろう。
アンネリーゼはすっかり俯いてしまった。
「だがこのままでは二人は必ず同じ事を起こすだろう。実行せずとも企てた時点で罪は罪だ。君はこれから自分の命をも奪う計画に巻き込まれるんだ。憎む事も制裁を下そうとする事も、俺は間違いだとは思わない」
「……浮気を良く思わなかっただけの私が、ただ貴方を騙そうとしているとは思わないの?」
「ないな。であるなら、君はもっと上手い理由を見つけるだろうし、そうしたとしても結局俺が気付く。それにな、アンネリーゼ」
未だ不安を拭えないでいる彼女の頬を優しく撫で、顔を上げさせる。
紫色の瞳を見据えながら、俺は安心させるように微笑んだ。
「俺は君にだったら、騙されたって構わないんだ」
「……エーヴァルト」
「君の為ならいくらでも利用されるし、道化にだってなってやる。君が手を汚すというのならば、俺も隣で一緒に汚してやる。……独りになんて、させるものか」
潤んでいた瞳から、今度こそ大粒の涙が零れ落ちた。
「だから信じて欲しい。いつだって、俺は君の味方だと」
俺を気遣い、声を上げて泣く事すら出来ない彼女を優しく抱き寄せる。
胸の中で小さくしゃくりあげる彼女の頭を俺は落ち着くまで何度も撫でてやるのだった。
落ち着いた後、アンネリーゼから聞いたのは一周目の俺も彼女を助けようと奔走してくれていた事だった。
だが結果としてアンネリーゼを死なせてしまったという事はあまりに役立たずだったと言わざるを得ない。
我ながら、一周目の自分の不甲斐なさが腹立たしい限りだ。
だがそれに憤慨した所、アンネリーゼが悲しそうな顔で首を横に振った為、せめて彼女の前で自分を罵倒するのはやめておこうと留まった。
その後、俺達は具体的な行動方針を擦り合わせ、確立させる。
「目には目を、だな」
強張っているアンネリーゼの肩を軽く叩いて安心させながら俺は呟くのだった。
***
俺達が選んだ復讐方法は至って簡単だった。
全て、先回りするのだ。
まず、リカルダの悪評を裏で流し始める。
言葉というのは先に出たものが強くなるものだ。
故にモーリッツ殿下やリカルダがアンネリーゼの噂を流すより先に噂を流す。
内容はアンネリーゼが一周目に経験したものの主語を入れ替えるだけ。
要は、リカルダがアンネリーゼを虐めようとしていると流すのだ。
男爵令嬢が侯爵令嬢を虐めている。
この噂は侯爵令嬢が男爵令嬢を虐めているというものより信じられにくいかもしれない。
だがこの噂が最初から信用される必要もない。
どうせ、否が応でも――全てが真実に映るようになるのだから。
それに、これは復讐だ。
ただ陥れるのでは足りない。
より徹底的に、絶望へ叩きつける方法でなければならなかった。
噂を流し、その後は事実を作る。
アンネリーゼの一周目の冤罪の殆どはアリバイが立証できなかったが故に否定できなかったものばかりだったようだが、時として、あたかも虐めが起きたと思わせるような現場作りも行われたという。
例えば――『虐めの延長で、階段から突き落とされた』という状況証拠作り。
階段の上、アンネリーゼに突き飛ばされたという証拠を作ろうと考えたリカルダはモーリッツ殿下と共に彼女へ接触する。
しかしその時、リカルダが体勢を崩したふりを始めた瞬間――
――アンネリーゼは階段を蹴り上げ、背後から大きく落下した。
「キャアアアッ!!」
俺は階段の影から飛び出し、それを抱き留める。
お陰で彼女は落下の衝撃を受けることなく無傷で済んだ。
騒ぎを聞きつけた生徒達が駆け付け、俺達は注目の的となる。
俺はバクバクと跳ねている心臓をよそに、リカルダを睨み付けた。
「ッ、どういうつもりだ、リカルダ嬢!!」
「え、え!?」
「俺は見ていた! 貴女がアンネリーゼを突き飛ばしたところを!」
腕の中でアンネリーゼは恐怖に震えているふりをしている。
そんな彼女を抱き寄せたままリカルダへ罪を擦り付ければ、否定の声が上げる。
「ち、違うわ! 言い掛かりよ!」
「そうだ! そいつが勝手に落ちたんだ!」
「自ら背中から落ちるだと? あれを意図的に出来る者がいるとすればとても正気の沙汰ではないだろう」
何名かが同意するような視線を向ける。
近くにいたお陰でアンネリーゼが悲鳴を上げた瞬間の光景――彼女が派手にひっくり返る様を見た者達だろう。
「そもそも何故貴方方は共にいるのです? モーリッツ殿下の婚約者はアンネリーゼでしょう」
「な……ッ、ふ、不貞を疑うというのか、この無礼者!」
「俺は不貞など一言も申しておりません。ただ、何故共にいるのかと伺ったまでです! ……まあいいでしょう。一先ずは彼女を医務室に連れて行くことが先決だ。失礼いたします」
ついでに浮気疑惑の印象付けもしておく。
それから俺は、アンネリーゼの手を引き、リカルダとモーリッツ殿下へ疑念の視線が集まる現場を後にした。
こうして現場を離れ、周囲から人目が消えた瞬間、俺は長く深い溜息を吐いた。
「……アンネリーゼ、やり過ぎだ」
「あら」
「あの落ち方は、本当に大怪我になりかねないだろう。俺が止めなかったらどうするつもりだったんだ」
そう。彼女は俺が想像する以上に大きく落下の演技をして見せたのだ。
初めは、バランスを崩し、きちんと受け身を取りながら数段先を転がるとか、そんな作戦だったはずだ。
彼女がそれを無視して派手に落ちた時は流石に気が気ではなかった。
「だって、エーヴァルトは私を止めてくれるでしょう? ……必ず、助けてくれるのでしょう?」
「……全く」
どこで覚えてしまったのか、あざとい上目遣いでアンネリーゼが俺を見る。
彼女の話はとんだ無茶ぶりだ。
けれど……悪い気はしない。
「何事も、大袈裟なくらいがちょうどいいのよ。こういうのは」
それは彼女自身の経験談に基づくものだろう。
彼女は一度命を奪われた身だ。
運命の回避と復讐の為の覚悟は強かった。
「こんな私は嫌?」
けれど……時折俺を試すような事を言う。
それが、俺には嫌われたくないという意思表示と、不安な自分を安心させる為の言質である事に俺は気付いている。
全くもって必要のない心配だというのに。
そんな彼女がいじらしくて愛おしかった。
一周目で散々罵られた『悪女』たろうと妖しい笑みを貼り付けて振る舞う彼女。
そんな彼女の頬を撫で、俺は微笑みを返す。
「まさか。どんな君でも好きに決まっているだろう」
悪女になると決め彼女がそれをやり遂げられるよう、俺に出来るのは彼女の不安を取り除く事。
どんな時でもアンネリーゼの心の拠り所となれるよう振る舞う事だ。
***
何度か状況証拠を作る内、最初に流しておいたリカルダの悪評は学園中に広がり、多くの者がそれを信じるようになった。
元々、アンネリーゼが心優しく人を傷付けられないような性格であるという印象が先んじてあったのも大きかったのだろう。
それでも尚、一周目は簡単に冤罪を着せられてしまったのだから、やはり発言の速度と目撃者の存在は重要だと言わざるを得ない。
さて。
一方でリカルダもモーリッツ殿下と共にアンネリーゼの悪評を流していたようだが……その効果の程はアンネリーゼが明かした『あの日』に全てわかることだ。
「アンネリーゼ・フォン・レッツェル! お前との婚約を破棄する!!」
大勢の生徒の前、モーリッツ殿下が高らかと言い放つ。
彼の傍にはリカルダがいた。
「お前は醜い嫉妬からリカルダを虐め、あまつさえ彼女を殺し掛けないような暴行にすら出た! お前のような女が婚約者など、許容できる訳がない! よってこの婚約は破棄する!」
その言葉を聞いた時。
アンネリーゼが持っていた扇の下で口角を上げた事も、野次馬の中で俺が同じ顔をしていた事も、モーリッツ殿下とリカルダは知らないだろう。
「証拠はございますの?」
「も、勿論だ! 被害者であるリカルダがそう言っているのだ!」
「彼女が言うだけ、ですと証拠にはなり得ませんわね」
「ぐ……ッ」
一周目で、モーリッツ殿下とリカルダは偽の証人を噛ませていた。
そしてアンネリーゼが一人でいた時間帯を――アリバイが立証できない時間を狙って目撃証言を吐かせたのだ。
だが残念ながら今回はそもそも、全てを知ったアンネリーゼは単独行動をしていなかった。
必ず友人や同級生らと共に過ごしていた。
故に突けるアリバイの穴がないのだ。
そして勿論、本来二人が用意するはずだった証拠の偽装は全て俺達が先回りして行っている。
一度使われた手を繰り返せば疑われるだけだと悟ったモーリッツ殿下とリカルダは、状況証拠すら作り出せなかったのだ。
証拠として提示できるものが何もない。
モーリッツ殿下から言い出したこの主張はそもそも、分が悪い物であった。
それでもこの日、彼が婚約破棄を突き付ける事を選んだのは、翌日がリカルダの誕生日だからだ。
アンネリーゼという敵を追い払い、彼女に一人身になった自分と堂々と傍に居られる権利を与えたいという気持ちが強かったのだ。
……アンネリーゼによればリカルダ聖女だと発覚するのはまだ少し先の未来。
たとえ王太子が婚約者を失ったとしても、男爵令嬢を傍に置くことが相応しい選択であるわけもないというのに。
恋は盲目というものか、或いは彼らが愚かすぎるだけなのか。
まあ、どちらもだろうが。
そんな事を考えていると、アンネリーゼが瞳を三日月形に細める。
「それでは、私の方からも物申させて頂きましょうか」
パチン、とアンネリーゼが扇を閉じる。
「そっくりそのままお返ししましょう。私はリカルダ様に虐められておりました。物を隠され、罵倒や嘲笑で侮辱され、頭上から植木鉢を落とされ掛け、階段から突き飛ばされ……挙句には馬車の車輪に細工されるという事もございました」
「な……ッ、何よそれ!!」
リカルダが真っ青になったのは何も、冤罪を擦り付けられているからだけではない。
全て、最初に彼女が用意していた筋書きだからだ。
それもこれも、アンネリーゼや俺が先回りしなければ自分が吹っ掛けていたであろう冤罪。
身に覚えがあるものばかり。まるで思惑全てが読み取られているかのように感じたはずだ。
そして、モーリッツ殿下もまた同様の反応を示していた。
「証拠はございます」
その言葉と共に俺は前に出る。
アンネリーゼの隣に並んだ俺は紙束を持っていた。
それを二人に見えるように掲げる。
「何名かの生徒達の助力を得て作成した調査書だ。発生日時、そして目撃者がいる場合にはその者の名と、具体的な現場の状況などが全て揃っている」
「な……ッ!」
「う、嘘よ! だって私、何もしてないものォッ!!」
「何もしていないというのならば……勿論、否定してくれて構わない。一つずつ確認していこう」
俺は調査書に並べられた罪と発生日時を読み上げてはリカルダ嬢のアリバイを確認した。
しかし俺達は彼女が一人であるという裏付けを取った上で調査書を作成したのだ。彼女がアリバイを立証できることはなかった。
おまけに、彼女はアリバイを証明しようと嘘を吐いた。
勿論それによる矛盾は俺から指摘したが……お陰で、『偽のアリバイを提示した、後ろめたさを抱える容疑者』という周囲の認識が強まった。
「よって、リカルダ嬢――貴女には侯爵令嬢であるアンネリーゼへ重罪を擦り付けようとした罪と、彼女への殺人未遂で国に報告させていただく!」
「そ、そんな!」
モーリッツ殿下が顔を青くして声を上げる。
いいところで発言してくれた。
彼にも言わなければならないことがあるのだ。
「モーリッツ殿下。尚もリカルダ嬢の肩を持つという事は、やはり殿下は彼女の悪事をご存じで?」
「な、あっ、ち、違う!」
「しかし、リカルダ嬢の傍に最もいたのは殿下と記憶しているのですが」
「ち、違う! たまたまだ!」
「……左様ですか。これは失礼いたしました」
モーリッツ殿下は自分可愛さから簡単に尻尾を切った。
だが……俺がこれ以上言及せずとも、周囲の者が彼へ向ける視線が疑念であり続ける事は変わらない。
後は周りが勝手に彼を非難してくれるだろう。
俺は本題へ斬りだす。
「それとアンネリーゼとの婚約はたった今破棄されたという事でしたので、彼女は俺が貰います」
「な……ッ! ま、待て」
モーリッツ殿下が重罪を着せられたリカルダと関係を続けることは難しい。
というか彼女は間違いなく投獄される未来が確定している。
となれば、侯爵家であり政治的影響力が強いアンネリーゼの家との関係を切って婚約者を一から探すデメリットの方が大きいというものだ。
婚約破棄には正当性――一周目でアンネリーゼに被せた冤罪などがあって初めて許容される行いだ。
それを何の正当性もなく身勝手な主張で行えば、ただ王家の立場を悪くするだけ。
これには国王陛下が黙っていないだろう。
そんな危機感が漸く生まれたのか、モーリッツ殿下が待ったをかけるが、もう遅い。
「待ちません。先に彼女を捨てたのは殿下です。自らの婚約者を相手に謂われない罪を着せようとし、罵倒した――その様な者に大切な女性を渡すくらいならば、俺はたとえ王太子であるモーリッツ殿下に立ち塞がる事となろうとも、彼女を守らせていただく」
周囲の野次馬は既に俺達の味方だ。
ここでモーリッツ殿下が何を言おうと立場を悪くするだけ。
そして『身分差に負けず、悪事を働いた王太子から愛する人を守った者』と俺が賞賛されるだけ。
モーリッツ殿下が婚約破棄を告げた瞬間に、全ては終わっていたのだ。
モーリッツ殿下は顔を青くさせ、冷や汗をダラダラと流しながら膝を突く。
「それでは、俺達はすぐにでも王宮へ遣いを出さねばなりませんから、失礼いたします」
俺はアンネリーゼの肩を抱き、モーリッツ殿下とリカルダから背を向ける。
集まっていた野次馬が自然と道を作ってくれたお陰で俺たちは簡単に現場から離れることが出来た。
「嘘よ……だって、悪者になるのはあの女だったはずなのに。……どうして? なんで? どこで間違ったの」
ゆっくりと遠ざかるざわめきの中。
悲鳴にも似た掠れた声が聞こえる。
「うそよ、こんなの、うそっ、うそ、うそうそうそっ! だって――」
俺とアンネリーゼは目配せをする。
それから、互いに振り返って――
――リカルダへ嘲笑を向けた。
モーリッツ殿下とリカルダに注目していた野次馬の先、リカルダが俺達を真っ直ぐ見ている。
その顔が絶望と憎悪で染まっていく。
「あ゛っ、あ……うぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
獣にも似た絶叫は聞くに堪えないものだった。
***
「リカルダ様は終身刑になったみたい。ついでに彼女の家は爵位剥奪」
俺達は学園の昼休憩を中庭のガゼボで過ごす。
用意されたティーセットでお茶を楽しみながら、二人きりの時間を楽しんでいた。
「まあ、妥当だろうな」
「聖女だという事がバレたら家畜のように拘束されて戦場を引きずり回されるかもしれないわね」
死刑より酷い扱いかもしれない、等と涼しい顔でアンネリーゼは言う。
あの後、俺達が訴えたリカルダの罪は認められ、彼女は捕らえられた。
また、モーリッツ殿下についてもリカルダの悪事に加担した事、また身勝手にアンネリーゼとの婚約を破棄した無責任さなど、王太子の器として相応しくないと国王陛下に判断され、王太子から下ろされた挙句辺境へと送られる事となった。
彼が俺達の前に姿を見せる事はないだろう。
勿論、モーリッツ殿下とアンネリーゼの婚約も解消。
こうして俺達は晴れて婚約者同士となった。
「これでよかったのか? 君は命を落としたというのに」
「そうね。石を投げられながら死ぬ運命も辿ってみて欲しさはあるけれど……あの婚約破棄の場で私と同じの苦しみを与えると決めた時から、その後の罪状や罰まで思い通りに操ることは難しいと思っていたから。……私にとっての悲劇の象徴は、断頭台に立った時ではなくあの婚約破棄だったの」
静かにお茶を飲んでから、アンネリーゼは息を吐く。
その口には淡い微笑みが浮かんでいた。
「全ての始まり。あの日さえ来なければという絶望……そういうものが詰まっていたから。だから、とってもすっきりしたわ!」
明るい声を出したのは重い話題で俺が気を遣わないようにという計らいもあったのだろうが。
それでも清々しそうな彼女の笑顔は全てが偽りというわけでもなさそうだった。
「それにね」
紫の瞳が俺を見つめる。
彼女は目元を優しく和らげた。
「私が断頭台に立った時、最後まで私の無罪を叫んでくれた人がいたのよ」
俺はハッと息を呑む。
「周りからどんな視線や言葉を投げられても、取り押さえられても、必死で私の名前を呼んで泣いてくれた人がいたの」
最悪なはずの出来事を語る彼女は何故か幸せそうに笑っている。
その瞳から涙が溢れていた。
「だから死ぬ瞬間は一周目の私にとっては確かに絶望でしかなかったけれど……二周目の、今の私にとっては、どんな状況でも愛し続けてくれる人がいるという象徴でもあるのよ」
彼女につられて目頭が熱くなるのを感じる。
それを何とか耐えながら、俺は席を立ち、彼女を抱き寄せた。
「……アンネリーゼ」
「ありがとう、エーヴァルト。信じ続けてくれて……傍に居てくれて」
「俺がそうしたかったから、そうしただけだ」
彼女の涙を拭ってやりながら、俺は笑みを返す。
「これからもずっと、君を守り続けるよ。一度目のような気持ちにはさせないと誓おう。……愛してる、アンネリーゼ」
「ええ、私も……愛しているわ。エーヴァルト」
どこからともなく花の香りが漂うガゼボで、安らぎが訪れた事を伝えるような優しい日差しの下で。
俺達は静かに、口づけを交わすのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




