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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第50話:異邦人(Arogene)

 まぶたの裏に差し込む光の気配に、シロットは意識を取り戻す。自分の膝を枕にして、オリヴィエがシロットを見下ろしている。


 光が、オリヴィエの掌へと吸い寄せられるように集まっていく。視界がはっきりしてくるにつれ、光の源が銃であることが、シロットにも分かる。輝きが薄れていくにつれ、銃の輪郭が現実のものとして像を結ぶ。


 何が起きているのか理解できぬまま、シロットはオリヴィエの膝から身を起こそうとする。しかしその動きの中で、ついさっきまで自分が重傷を負っていたことを思い出す。丹田におそるおそる手を当ててから、シロットは視線を落とす。キスメアの(スピア)に貫かれたはずの腹部は、まるで何事もなかったかのように、滑らかな肌を取り戻していた。


 光が収まり、場に静寂が戻ると、オリヴィエは銃を(ベルト)へと戻す。自分の命は、この銃につなぎ止められたのだと、おぼろげながらもシロットは理解した。


 改めて身を起こしたシロットの視線は、オリヴィエの背中の向こう側へと向かう。そこには、三人の裸体の少女たちがいた。その様子は滑稽でありながら、場違いな不気味さを(はら)んでいて、シロットは喉がひりつくような不快感を覚えた。


 ひとりの少女は、両腕と両脚を引きちぎられ、胴体だけの姿で転がっている。青髪の少女は、金髪の少女の腕に抱かれていた。金髪の少女もまた、満身創痍だった。全身は擦り傷にまみれ、背中――パプリオスの針に刺された辺りには、黒々とした血の塊が凝固している。これほどの傷を負いながらも、彼女が生きていられるのは、肌に刻まれた魔術刺青の加護によるものだろう。


「あたしじゃない」


 青髪の少女を――シーラを、シロットは指し示す。指先が震えるのを、シロットはどうすることもできなかった。


「分かるでしょ? 早くしないと」


 オリヴィエが何かを口にした。しかし、シロットにはその声が届かなかった。


「何?」

「もう助けられない」


 問い返すと、オリヴィエは蒼白な顔をわずかに伏せて、かすれた声で答えた。


「蘇生には限りがある。銃が命を呼び戻せるのは……一度きりだから……」


 ならばなおさら、あなたはシーラを優先すべきだった。――そんな言葉が、唇の端までせり上がってくる。しかしその一方で、オリヴィエが自分を選んだことに対する後ろめたさが、シロットの心に巣食っていた。


 自分は罪悪感から逃れたいがために、オリヴィエを(なじ)ろうとしているのではないか? ――心のひだに覆われている、自分の卑屈さがつまびらかになるような気がして、シロットは結局、何も言えなくなる。


 死なせないでほしいと願ったわけではない。ただ、生かしてくれるなと思ったわけでもない。自分の感情の出口のなさに、シロットはまごつくしかなかった。


 オリヴィエは静かに立ち上がると、シーラと金髪の少女のもとへ歩み寄った。少女の金髪に目を留めた瞬間、シロットの胸中にひとつの確信が灯る。――この少女こそ、かつて白銀の兜を戴き、自分たちを襲った傭兵だった。


 金髪の少女は、オリヴィエを見上げている。その瞳には、畏れと尊敬の念が絡み合い、祈るような光が宿っていた。オリヴィエもまた、その視線を黙ったまま受け入れている。


 そのとき、かすかな声が空気を震わせた。


「オリヴィエ……!」


 うわ言のように、シーラが口を開いたのだ。シーラの指先は宙をさまよっており、目は白く濁っていた。


「どこにいるの? 私のところへ来て……お願い……」


 立ち尽くしているオリヴィエの背中を見つめ、シロットは金髪の少女へと視線を移す。少女もまた、シロットを見返していた。言葉は交わさずとも。胸の内に浮ぶ思いは同じのようだった。


 その視線に導かれるようにして、オリヴィエは一歩を踏み出す。それから静かに膝をつくと、宙を掴もうとするシーラの手に、みずからの指を重ねる。


「ああ、オリヴィエ!」


 シーラの声は、歓喜のようでありながら、シロットの耳には悲鳴のように響いた。


「キスして……お願い……」


 オリヴィエの表情は険しく、その輪郭の内側のどこにも、柔和さを見いだすことができなかった。


 それでもオリヴィエは、ゆっくりと顔を近づけ、シーラの唇にみずからの唇を重ねた。その数秒間、世界の全てが息を呑んでいるような錯覚に、シロットは襲われた。


 やがて、唇が離れる。


 オリヴィエがいるはずの方向へ、シーラは顔を向ける。その瞳はすでに光を喪っていたが、さらに深く曇ったように見えた。


「違う」


 シーラが言った。


「あなたはオリヴィエじゃない」


 反対側へと顔を向けようとしながら、シーラはふっとため息を漏らし、(まぶた)を閉じた。シーラの魂がこの世から離れたことを、誰もが言葉なく理解した。

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