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デウス・エクス・マギカ  作者: 囘囘靑
第3章:猫と毒薬(Las Chats e La Toxica)
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第22話:少年よ童貞に還れ(Retur to las Meidena)

 十四歳の夏、少年は童貞を棄てた。


 バンドリカ王国の領内にある、ジルファネラス帝国との国境の街。その目抜き通りからひとつ奥まった街路にある、酒場の二階が舞台だった。


 ベッドに腰かけ、懐中時計の(ふた)を何度も開いたり閉じたりしている少年の前に現れたのは、ブロンドの髪を(ふた)(ふさ)に束ねた、青い瞳の少女だった。


 自分とはさほど年も離れていないだろう。もしかしたら、姉と同い年かもしれない――。そこまで無心に考えてから、それが冷たいナイフのようになって喉元に迫ってくるのを、少年は感じとった。


 今から自分は(むすめ)を抱く。自分の姉と変わらない年ごろの女を。姉を抱くに等しい行いだ。いや、それでは論理が飛躍しすぎている。自分が本当に言いたいことは何だろう? そもそもどうして、自分はこんなに愛に飢えているのだろう? もともと物思いに耽りやすかった少年だったが、少女が上着を脱いで、下着を脱いで、昼間にもかかわらずカーテンの閉め切られた、(ろう)(そく)の脂の臭いの残る室内において、白い肌をあらわにするに及び、その考えは()()に乱れていった。


 少年の着るシャツのボタンを外し、少女はベルトをまさぐる。真裸になった少年の手を取ると、少女はベッドまで少年を(いざな)う。白いシーツの上に横たわると、自分に覆いかぶさるよう、少女は少年を促す。ぎこちなく少女の肌に密着すると、少年は少女の乳房を鷲掴みにしてみる。少女は吐息を漏らしながら、少年の首に両手を回す。


 (あか)く火照る少女の身体、頬に張り付く、汗に濡れたブロンドの毛先。それでも、少女がこの“商売”に乗り気でないことに、少年はすぐに気付いた。少年のたどたどしい愛撫に(あえ)ぐ間にも、少女の青い瞳の奥底には、冷ややかな軽蔑の感情が流れていた。何より、少年が自分の身体にキスするのを、少女は許さなかった。現実――それも、自分を傷つけようとしてくるような現実――への身構えを、少年は十分に果たしているつもりだったが、それでも少女の態度は堪えた。それでいて、懇願することは少年のプライドが許さなかった。


 壁に掛けられた少年の上着のボタンには、バンドリカ王家の紋章が刻印されている。――少女の態度が変わったのは、彼女がその事実に気付いてからだった。少年の子を(はら)み、生まれた子が男子であって、その子が私生児として認定されれば、母親は年金暮らしが保障される。少女の瞳に打算の火花がちらついたのを、少年は見逃さなかった。


 自分が貴種と分かってから、セックスに積極的になる少女を見て、少年の幻滅は深くなった。コンドームに歯を立ててそれを剥がすと、少女は少年の上に(またが)り、一心不乱に腰を振り始める。そんな少女の喉を掴み、その首を締め上げる妄想が、少年の中で膨らんでいく。ただの遊戯だと、少女も初めは思うことだろう。それで歓心を買うために――事実として苦しいのだろうが――精いっぱい苦しんでいるそぶりを見せる。しかしある瞬間から、少年が本気だということに、少女は気付くのだ。そのとき、彼女の瞳には何がほのめくだろう?


 そう考え、しかし少年は何もしなかった。ことが終わるのに、長くは掛からなかった。少年の心根を見透かしたつもりにでもなっているのだろう。少女は無造作に肢体を投げ出したまま、寝息を立てていた。そんな少女の隣でベッドに腰掛けなおすと、少年は泣いた。


 ――少年の脳裡に、別の記憶が蘇る。宮殿の一室で、少年は少女と絡み合っていた。ビロードの赤いカーテンの隙間からは、昼下がりの陽射しが漏れている。部屋が明るく感じるのは、壁の白い大理石と、黄土色のタイルがまぶしいからだ。


 少年はベッドに座っていて、膝の上に乗る少女の腰に手を回している。少年の身体に手を回しながら、青くて長い髪を、少女は振り乱している。互いの頬が上気しているのは、相手の肌を普段よりも眺めていることの興奮と、気恥ずかしさによるものだった。


 少女の身体を寄せると、少年は抱きしめる。少年の胸板に乳房が()され、少女の喉から声が漏れる。


 自分の心臓は高鳴っている。相手も同じくらいに。――少女の髪に指を通しながら、少年は彼女にキスをする。


――ダメ。


 唇が離れたとき、少女は言った。少年の視線が、自分の肩越しへと移っていくのを、少女は許そうとしなかった。


――私だけを見て。私だけを。


 少女の求めに応じ、彼女の小さな顎に、少年は手を添えようとする――。

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