スライム討伐。そして……
ギルドで会った謎の女リリアン。彼女はセラの知り合いで、お姉様……だった……?
「僕……何やってるんだろう……」
今僕は、ロビアンの近くの森を一人で歩いている。
あの後の取り決めで、セラとカータは双子と共にスライム討伐に繰り出し、僕とリリアンはそれぞれ単独で森に入ることになった。
冒険者ギルドでのやり取りは覚えている。
冷静になって考えてみると、僕のやったことはとてつもなく幼稚だった。
リリアンには疑うべき部分が多くあったし、こんな勝負を受けること自体どうかしてる。僕は二人のそばにいるべきだったんだ。
ただ普通にセラに話を聞けばそれで良かったのに……。
「僕はなんであそこまで……」
セラの姉であることに、僕自身があそこまで執着しているとは思わなかった。
いや……そうじゃない。
あの感情の名はーー嫉妬。
僕はセラを独占したかったんだ。
僕のモノにしたかったんだ。
そんな勇気……ないくせに。
「……とりあえず、森の中にいるスライムを倒していかないとな……」
一度受けた勝負だ、今更投げるわけにもいかない。
それにこれで負けたら、僕はセラやカータとお別れをしなければならなくなってしまう。
「そんなのは嫌だ……! 彼女達の姉でい続けるって決めたじゃないか……」
後悔に塗れながらも、今やるべきことをやろうと足を動かす。
"ガサガサ"
ゆっくりと警戒しながら森を進んでいると、草むらをかきわける音が耳に届く。
「ぶぎゅう……」
緑色の粘体……スライムが草むらからニュルンニュルンと這い出てきた。液体の塊の中心部には、赤い球体が爛々と輝き、存在を主張している。
スライムは核と呼ばれる球体を攻撃すればダメージを与えられる。
しかし、体組織が液体状である為、物理攻撃では若干ダメージを与えづらい。
本来は魔法で戦うべきなのだが、リリアンさんの提案で魔法は使用不可ということになったので、それはできない。
これは僕に配慮したルールだった。
彼女はセラと同じ魔法学校を卒業しているので、魔法ありだと明らかに彼女の方が有利になってしまうのだ。
僕は実戦的な魔法も使えるが、それは【勇者の恩恵】があってこそだ。
僕が魔法を使えることはセラ達にも内緒にしているし、傍から見れば僕はただの剣士なので、これは納得のルールとも言える。
まあ、剣でスライムの相手は確かに面倒ではあるが、コツさえつかめば簡単なモノだ。
「いやああッ!」
僕は気合と共に、上からたたきつけるように剣を走らせ、核を両断せんと襲いかかる。
スライムの体の途中で止まれば、剣をとられてしまう可能性もある。
だからこその力任せの一撃――
バキッ!
核の割れる音を聞き、緊張でこわばった体から力を抜いて、ひと息つく。
「ふう……問題ないみたいだね」
剣の状態を確認しながら僕はつぶやいた。
それにしても……なんでスライムの討伐で、金貨三枚なんていう高額のクエストになったのだろう?
受付で「問題ない」と言っていたと、セラから聞いたが、問題があることをギルドが素直に語ることはないと思う。
"ガサガサ!"
「次が来たか……」
僕は思考を切り替え、草むらに向かって剣を構える。
「ちょ、ちょっと待ってよレナ!」
焦ったような声が僕の耳に届く。
人……? それにこの声……どこかで聞いた覚えが……。
しばらく草むらを注視していると、その声の正体が歩き出てくる。
「……え? ラト……?」
そう、草むらから現れたのはスライムなどではなかった。
そこにいたのは、宿屋にいたときのような普段着ではなく、戦えるように軽装の鎧をまとい、腰に剣を佩いたラトだった。
「ふう……ひさしぶり、でいいのかね?」
「うん、そうだけど……なんでこんなところに?」
ここは魔物が棲息する森の中だ。
いくら冒険者とはいえ、女性が一人で来るような場所ではない。
「私も冒険者みたいなことをやってるから、それなりには戦えるし、少し用事があってね……どうしても来なきゃいけなくなったのさ」
「なるほど……。あれ? でも用事と言えば、レアンでの用事はもう終わったの?」
僕の言葉を聞いて、ラトは困ったように頭をかいた。
「それなんだけどさ……用事がなくなっちゃってね。だから、急いでロビアンまで、レナ達を追いかけてきたんだよ。まあ結局追いつけやしなかったけどね……。でもさ、そう言うレナこそどうして……」
と言いながら僕の手元にあったスライムのコアを見て、ラトは納得したように頷いた。
「なるほどね……スライム討伐か。この森、今スライムの大量発生時期だからね」
「ああ……そういうことか……」
大量発生……やられたね。
割りがいいと思ったら、三十体以上というのは建前だったんだ……。
深く森に入れば、それ以上の数を対処せざるをえなくなるから、金貨三枚か……どおりで追加報酬の記載がなかったはずだ。
ブッシュウルフのときも似たようなことがあったね。
でも、まさかそういう時期があるとは知らなかったな。
「ああレナ、話は変わるんだけど……ガイに聞いたことなんだけどさ」
「え……!?」
ラトの口からガイさんの名前が出てくると、あのときの彼女の艶姿が目に浮かんでくる。
「ふふ……可愛いねもんだね。そのくらいで顔を赤くして……」
僕の考えを見透かしたように、ラトはいやらしい笑みを浮かべる。
そんな彼女の発言と表情に、余計顔が赤くなってしまいそうだ。
そんな考えを誤魔化す為に僕は話を進めることにする。
「そ、それでガイさんに何を聞いたんです?」
「ああ、その……レナ達が倒したっていう山賊がいただろ? アレがどうやら牢屋から脱走したらしいんだよね」
「それ、本当ですか?」
「ああ、実はあたしがこの森に来たのも、それが関係しててね」
「そうなんですか……」
あの山賊、まだ懲りてなかったのか……。
「ああ、何でも、ロビアンの領主の家にある、本来の姿を映すっていう不思議な鏡を狙ってるらしいよ」
「本来の姿を映す鏡……ですか?」
「ああ、なんでも、鏡に映った者が姿を偽っていた場合、強制的に本来の姿に戻すっていう、魔法の鏡らしいよ。昔の偉い人が防犯目的に作ったって話だけど――」
「え……?!」
偽りの姿から本来の姿に戻す――
降って湧いたような情報に、僕は頭が混乱しそうになる。
可能性の話――言ってしまえばそれだけのこと。
でももし、本当にそんなモノがあるのなら、僕は男に戻れるかもしれない。
思わず期待に心臓が高鳴ってしまう。
だが――
“お姉様がお姉様じゃなくなったときは、私達を裏切るということ……。私をこんな気持ちにさせたのはお姉様なの……だから絶対に裏切らないでね……?”
――僕の頭にセラの言葉が過る。
「……ッ!」
僕の体がビクリと震えた。
「……ん? どうしたんだい?」
「え、いや、そんなのがあるのかって驚いて……」
僕は誤魔化すように笑う。
「まあ本当かどうかは分からないけど、意外と信ぴょう性はあるよ。件の鏡専用の警備もいるみたいだしね」
ラトはニカっと人懐こい笑みを浮かべるが、僕は偽りの笑顔でしか応えられない。
なぜなら、僕の心は未だに「本来の姿を映す鏡」の話に縛られていたからだ。
「まあそれよりも……私は虎の子亭っていう宿に泊ってるから、何かあれば来なよ? あたしはいつでも歓迎するからさ」
「……あ、ありがとう……」
まとまりきらない思考の中、ラトの優しい声が微かに頭へ届き、僕はようやく現実へと戻ってくることができた。
「えっと……ラトはまだこの森に?」
「ああ、山賊を見つけられれば、かなりの報酬が期待できるからね。それじゃあ、またね……」
ラトは僕に背中を向け、少しだけ手を上げるだけの挨拶をして、どこかへと去っていった。
「……僕は戻れるの、かな……?」
その言葉が口からこぼれた瞬間、心臓がドクリと突き刺されたような痛みを訴える。
目をつぶり、一度だけ大きく深呼吸をする。
まぶたの裏には、セラとカータの笑顔が映る。
駄目だよ……。僕は裏切らないって、昨日言ったじゃないか……!
「さてと……スライムをまだ倒さないとね……」
僕は自身の中に過った、甘美で愚かしい思考を心の奥底へと押し込み、再び獲物を求めて歩きだした。
「やっと十匹か……」
僕は袖で額を拭い、空を見上げる。
まだまだ明るいが、太陽は大分下にある。後一時間もしない内に、夕闇に落ちてしまうだろう。
そろそろ、合流してギルドに報告しに行こう。
とりあえず、リリアンにも謝らないと……気は進まないけど、明らかに僕も言い過ぎたからね……。
「……んっ!」
これから先のことを考えながら、憂鬱な気持ちで森の中で歩いていると、頭に凄まじい悪寒が走り、カータの不安を感じる気持ちが僕へと伝わってくる。
《感覚共有》……!
カータの身に危険が迫っていると予想し、彼女の気配がする方へと走る。
セラの感覚の伝わりが悪い……カータの感情もいつもより少しだけ、感度が悪いような気がする。
だが、そんな疑問より、今は二人が無事でいるかどうかの方が重要だ。
目的地に向かって、自身と思考を走らせる。
何があったんだろう?
四人もいるのだから、早々危ないことにはならないはずなんだけど……。
「これは……!」
僕は現場にたどりつき、その凄まじい光景を見て驚愕に包まれた。
「ホーリぃ……助けてよぉ……」
「ヘーカぁ……私も捕まったよぉ……」
緑髪のヘーカと、黄色髪のホーリが巨大なスライムに絡み取られ、ぬるぬるのぐちょぐちょな粘液塗れになっている。
「ギュモーーン!」
「「姉様ぁ……助けてぇ……!」」
どうしてあんなことになってるんだ?
それにセラとカータは……?
辺りをぐるりと窺い見ると、巨大スライムから少し離れたところに、彼女達はいた。
少し粘液に塗れているが、どうやら無事なようだ。
おそらくヘーカとホーリは近接戦闘を仕掛けて、逆にやられてしまったのだろう。
「……セラ、どうする……?」
「どうするも何も……どうしようもないわよ、あんなの……。炎以外の属性魔法じゃ効かないみたいだし……ここが森の中じゃなければ、やりようはあるけど……」
僕の耳にセラ達の会話が聞こえてくる。
カータを中継して、僕の頭に情報が伝わっているのだろう。
彼女達の不安な様子ヒシヒシと伝わってくる。
情報を得る為に少しだけ様子を見ようと思っていたのだが、そうも言っていられないようだ。
僕はすぐさまセラ達の元へ行こうと足を動かす。
彼女達を守れるのは僕しかいないはずだ。
僕が彼女達を守るんだ。
彼女達は僕のことを必要としているはずなんだ。
「こういうときは――」
セラの言葉がくっきりと聞こえる。
この先の言葉は僕の名前のはずだ。
僕の力を頼ってくれる――
「――リリアンの力が必要ね……!」
――僕はそう思っていたんだ……。
足が止まり、全ての音が消えたような、うすら寒い感覚が僕を襲う。
「あの人の光魔法は耐性のない存在には、必ず効果があるの」
そんな言葉が微かに聞こえてきても、例えそれが的を射た言葉であったとしても……僕はそこから一歩も動けなくなってしまっていた。
だって今の彼女は僕ではなく……リリアンを求めている。
どんな理由があろうとも、その事実は変わらないのだ。
「……お姉ちゃんは、勝てない……?」
「……勝てるとか勝てないじゃなくて……今は来て欲しくはないわね……」
「……気持ちは、なんとなく、分かる……」
来て欲しくない……。
その言葉の本心は、危ないから来ないで欲しいと意味だということくらいは僕にだって分かる。
僕はセラの気持ちを疑っているのではない……僕自身を信じ切れていないのだ。
彼女達にとって自分が本当に必要なのか……それが僕には段々と分からなくなってきた。
「……でも――いわ――で……」
「ほ――は――って――ほし――よ!」
先程まで鮮明に伝わってきていた会話が、ノイズを挟んだように聞こえづらくなる。
ねえ……僕は二人にとって必要な存在なの……?
そんな疑問を、僕は心に問い掛け、頭の中で反響し続けているが、答えを返す者は誰もいない。
「皆さん! ご無事ですか?!」
迷い続ける僕とは対照的に、颯爽とリリアンは現れた。
僕と違い自信にあふれ、その白銀の鎧と毛髪は彼女自身を光輝かせているようで……僕のくすんだ黒髪とは比べるべくもない。
僕はそれでも……疑問に打ち震える体に鞭打ち、彼女達の手助けをしようと、脚を動かす。
「ホーリ、ヘーカ……! セラフィーネとカータちゃんは無事のようですわね」
現状を瞬時に把握し、リリアンは巨大スライムへと向き直る。
「いきますわよ……!」
掛け声とともに、リリアンが魔法力を高めていくと、光の奔流が術者の体から浮かび上がっていく。
これは普通の地水火風の属性魔法では見られない現象だ。
そんな神の奇跡のごとき事象を起こすリリアンは、まるで戦乙女のようにも見える。
僕の脚が再び止まり、再度心に問いかける。
僕は、本当に、必要なの?
やはり誰も答える者はいない。
「喰らいなさい……《光の矢》ですわ!」
光輝く無数の魔法の矢が、巨大スライムの体目掛けて飛んでいく。
矢が当たったところから光が溶けるように消滅し、光と混ざった水分が空へと昇る。
スライムの体に二割程度穴が開いたところで、ホーリとヘーカの体の拘束が緩み、二人は開放された。
「「姉様! 信じてました!」」
華麗に着地した二人はリリアンの元へと駆け寄る。
「二人とも、無事で良かった……! ですが、まだまだ安心はできませんわよ」
「プギュルルルウゥゥ……!」
スライムの体は所々が穴だらけになりながらも、未だに健在だ。
穴がふさがり、少しだけ小さくなりながらも、リリアン達へ襲いかかろうと機を狙っているようだ。
「「姉様……私達に姉様の力を……」」
「ええ、行って来なさい……《光の装剣》」
リリアンがホーリとヘーカに手をかざすと、二人の体が光を放つ。
「「これで姉様の役に立てます!」」
「ええ、怪我だけはしないで下さいましね」
「「はい、姉様を悲しませるようなことはしません!」」
ホーリとヘーカは剣を構え、巨大スライムへと走り寄る。
「「えい!」」
「「やあ!」」
「「はっ!」」
彼女達の剣戟が交わり合い、スライムはどんどん細切れになっていく。
二人のコンビネーションは見事なモノで、片方の死角には必ず片方がカバーに入り、全く隙がない。
息が合うというのは、正にこの二人の為にある言葉だと言ってもおかしくない。
「「まだまだ!」」
刃は重なり合い、汗が煌めく。
リリアンの使用した《光の装剣》の影響か、細切れになったスライムは、切れたところから消滅して空へと昇る。
天に昇った水分は雨雲を呼び、日が霞んでいく。
二人の間に会話はなく、時々アイコンタクトを交わしているが、その動作でさえも優雅であった。
その完璧に息の揃った二人の姿は、まるで剣舞を踊っているかのように見えた。
「これで!」
「終わりです!」
二人が最後の一閃を振りおろす。最早スライムは欠片一つ残っていない。
そんな圧倒的な光景を見て……僕は心を決めた。
やはり僕は――
僕の脚がセラとカータに向かって、戻れぬ道を進んでいく。
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