ステアランドと愉快な仲間たち
日曜――午前八時半。
上下市郊外にその巨大な様相を構えるステアランドは、新島の知る限り確実にB級の遊園地だった。
「あのぅ……」
新島たちはチケット売り場から少し離れた場所で待機している。琴乃、カナが連れてきた友達をあわせて総数十二人。思っていた以上の大所帯にはなったが、それはまあ予想の範囲内ではある。
それより、
「……なに?」
長い金髪を頭の高い位置で一つに結ぶ、碧眼の女性。ノースリーブの白いタートルネックを身につけ、ぴっちりとしたデニムに、黒いショートブーツというファッションの彼女は、ユリだ。
「いや、あの……どういった経緯でその姿に?」
新島は慎重に言葉を選びながら問う。
だが彼女は腕を組んだまま、不機嫌なようにむすっと表情を引き締めていた。
「別に。そんな気分だったから」
「……彼女もそうなんですか?」
言いながら隣の少女を見やる。
目が合うと、にこっと笑った。
ロングヘアを額の真ん中で分けた少女は、Vネックの黒いシャツに、暗い赤色のフレアスカート、そして黒いタイツに赤いパンプスという姿。胸元の蜘蛛を模したネックレスと、その大きな赤い瞳が特徴的な――アーニェだった。
「ユリに変なお薬を飲まされてこんなカッコになってしまいましたのよ」
「エルクも?」
「……あたしは別に要らなかったけど、なんか圧力があって……」
そういうエルクは、普段の褐色を捨てて色白だった。長く尖った耳は人のそれに変わっていて、変わらぬボンデージ風の衣装は上に羽織るピンク色のカーディガンとミニスカートによって隠されている。
「なんでユリさんは怒ってんの?」
エルクを呼び寄せて小声で耳元で囁く。彼女は小さく首を傾げてから、言葉を返した。
「わからなくはないけど、自分で訊けば? 今じゃなくて、タイミング見計らってね」
「そうしてみるか……。よし、じゃあちょっとテンション上げて来るよ」
「ふふっ、楽しそうでなによりよ」
「まあね、こういうのは初めてだし。こんな感じだけど……せっかくだから楽しんでほしいんだよ」
新島はそれだけ言うと、おーいとカナたちを呼び寄せる。談笑している八人はなんだなんだと、新島の元へとやってきた。
彼はそれぞれに一列に並ぶように指示し、彼女らはそれに従った。
新島は彼女らの前に立ち、それから大きく息を吸い込んだ。
「ニューヨークに行きたいかー!」
新島は右腕を天高く突き上げると、唐突にそう叫んだ。
ぽかーんと唖然とした少女たちは、ややあってから「おー!」と声を揃えてそれに応えた。
「まずは挑戦者の紹介だ! まず端から――そこのハルピュイアの君。名前と意気込みを!」
新島は列の端に駆け寄り、カナの友達らしき一人に拳を突きつける。喧嘩を売っているわけではなく、マイクに見立てたそれだ。
「私はクインです! 今日はアトラクション全制覇を目標にしてます!」
「中々豪気だね! 頑張れ!」
バサバサとご機嫌に両翼を振るう彼女にエールを送り、その隣に移る。
「じゃあ次はウサミミのウサ子ちゃんどうぞ!」
「ウサ子じゃなくてウサミ! きょーはねえ、フツーに楽しめればいいかなってカンジで?」
頭部に大きなウサギの耳を着けたラビット族は、そんなギャルギャルしい返答を寄越す。
「よし次――」
応答はおよそ十分ほどの時間をかけて執り行われた。どこぞの古臭いクイズ番組とチャレンジ番組の混合したような高いテンションのまま、新島はなんとかやりきる。
途中で妙な後悔に襲われたが、もはや彼にそれを止める術はなかった。
「……はーい。それじゃ、今配ったものを無くさないようにつけてくださーい」
言いながら、新島はそのお手本になるようにやってみせる。
チケット売り場から購入してきた、入場券とアトラクション乗り放題券をあわせた、紙のブレスレットだ。さすがに十二人分ともなれば、たかが二人分の無料券など焼け石に水だったが、ここまで来てそこに文句をつける理由はなかった。
あとは入場を待つばかりでザワザワし始めた周囲を眺めながら、新島は集団を離れトコトコとやってきた琴乃に気づいた。
彼女も彼女で、張り切っているようにおめかししているのだ。普段とは違ったツーサイドアップをゆらゆらと揺らしながら、紺色のフレアワンピースに黄色いジャケットというちょっと大人っぽい格好で印象を変えている。
「あの、大丈夫なんですか……? こんなに大勢で来てしまって」
「心配性だなぁ、大丈夫だよ。みんなが迷子になったり、怪我したり、やべー奴に絡まれたりしなければ」
「や、やべー奴……?」
「まあともかく、折角ここまで来たんだし、来てしまったものはしょうがないんだから、気にせずに楽しみなさいってことだよ。後ろ髪ひかれながら楽しみきれなかったら、僕だって悲しいしね」
「そう、ですね……ありがとうございます!」
「うん。ほら、琴乃もせっかくおめかしして張り切って来たんだからさ。もっと笑って、楽しんでいこうよ」
「えへへ……ありがとうございます」
少し照れたようにお礼を繰り返し、彼女はまた友人たちのもとへ戻っていく。
そんな事をしていると、制服姿のキャストたちが閉まっていた入り口の大げさな門を開け始めた。
長い一日になりそうだ――彼女らが、そして他の客たちが入場していくのを見守ってから、新島はようやくその後を追っていった。




