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この非日常を、再び

「そういうわけでして……色々とご迷惑をおかけしました」

 一通り話終えると、時刻は既に午前八時を過ぎていた。学校が心配になるが、そう言えば今日は土曜日であることを思い出す。非番のユリを含め、ここに居る全員休日なのだ。

「ホントにもう……心配ばっかりかけて。今年に入って、何度死んだと思ったことやら」

 ユリは大きくため息をついてから、でも、と頬を緩める。柔和な笑みを浮かべた彼女の表情は、その整った顔も相まって聖母のように見えた。

「良かった、帰ってきてくれて。心配してたんだから」

「そーだそーだ! ニージマなんとか言ってみたらどうだ!」

 一人さっさと食事を終えたカナは、国会中継で聞いたことがあるような野次を飛ばす。どうどう、と抑える琴乃も、さっきまでの心配そうな顔はどこへやら、いつも見せてくれる明るい笑顔に戻っていた。

「私も安心しました……やっぱりこの寮には、新島さんが居てこその第三女子寮だと思うので」

「そう言ってくれると僕も嬉しいよ。何気に、ここも三年切り盛りしてるわけだしね」

「三年? わたくしたちの前の住人も居たのですか?」

 アーニェが首を傾げて問う。新島は小さく頷いた。

「元々上下かみしも市の警察署常駐の管理局員だったんですよ。それが学園の方から依頼があって、生活に困ってる訳ありの異人種さん方を寄宿寮という形で面倒を見て欲しいってことで」

 まあこれほど濃いメンツも初めてでしたが、と新島は苦笑した。

 初めはエルクを拾ったことがきっかけだったのかもしれない。彼女のとの付き合いも、かれこれ五年になる。

 ユリとアーニェも、もう二年近い。カナは一年くらいか。琴乃はまだ半年も経っていないが、それにしては随分と慣れてくれているようだ。

 こういう食卓を囲んでいると、改めて思う。

 戻ってこれて良かった、と。

「ふふっ、何を笑っているの?」

 と言ったのはユリだ。そういう彼女もはにかんでいるが、新島は特別それに突っ込まない。

「いや、素直に言ったら恥ずかしいんですが……嬉しいな、と思って。はは、生きててよかったって。みんなのお陰だなって」

 そう口にして、実感する。本当に生きていて、生きて帰ってこれて、またこの寮で働くことが出来て良かった。

 日常が戻ってきたような気がする。

 やばい、なんだか泣きそうだ。堪らず瞳が潤んできて、鼻の奥がつんと痛む。

 それにつられたように、隣のアーニェが腕に抱きついてきた。布越しに押し付けられるその柔らかな胸の感触など、もはや気にならない。耳に吐息がかかって、ずずっと鼻を啜る音も、気にする余裕がなかった。

「新島さんやめてくれますの? もうっ、私まで……ダメですわ、最近涙もろくなっちゃって」

「よしよし、アーニェさんもご迷惑をおかけしましたね」

 うるうるとした瞳を隠すように顔を肩に押し付ける彼女の頭を優しく撫でてやる。まるで今までなかったことだったが、子供をあやすような感覚に似ていた。

「二人とも、ただ帰ってきただけじゃない……大げさねえ」

 そう言うユリも、薄っすらと浮かんだ涙を指で拭って誤魔化している。

 琴乃はもうすっかり声を押し殺して泣き出してしまっているし、カナはカナでそれにつられて琴乃に抱きついてわんわん泣いている。

 午前八時。新島自身まったくわけも分からず涙を流し始めてしまって、それらが収束し始めるのはそれから一時間も経ってのことだった。

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