ジャスティン・バトラーの面接 エルクの場合
新島は鼻息を荒くして部屋を出てきた。ささやかな口論がして心配していたが、その反応を見る限りではそう悪い話はなかったようだ。
「次はエルクだってさ。すぐ入っていいらしい」
「ん」
「外で待ってるよ」
「おっけ」
それだけ伝えて、新島は廊下を歩いて去っていく。佐戸に目配せすると、彼はただ扉を顎でしゃくるだけだった。
頷いて、エルクは二度、扉をノックする。新島の時と同様に返事はない。
「失礼します」
言って、エルクは部屋へ入り込んだ。
「そこの椅子に座り給えよ」
金髪の貴公子は得意げな顔で肘を立て、手を組み、その上に顎を乗せていた。
書斎机の正面にある簡素な椅子に腰掛けるエルクを見届けてから、ジャスティンは改めて口を開く。
「さて、これからは君のよく知るジャスティンではなく、一面接官として質問させて貰う。覚悟は良いか?」
「正直あなたの事はよく知らないんだけど」
「君の経歴は正直よくわからない点が多い。直近までは第三女子寮寮長の助手として主な活動をしていたようだが、異世界とも頻繁に行き来しているようだ。どういうことかまず、説明をしてもらおう」
エルクの不服も一切聞き入れず、勝手に話が進む。彼女は諦めたように肩をすくめて、その質問に応じた。
「まず一つ。あたしは数年前にこの街にやってきて、訳あって新島夕貴に拾われたわけ」
「訳とは?」
「……話したくない」
「まあいい、続け給え」
「もう一つ。その恩もあって、彼に出来ない仕事をこなしてきた。あらゆる異人種の情報収集の為に異世界に戻ったり、あたしの存在は管理局の手の外だったから、とにかくあいつに出来ない仕事をこなすことが多かったわ」
「ふむ、なるほど。義理深い性質なのだな」
「……まあね」
それ以降は、特にこれと言った話もなく、ジャスティンの知っているとおりだ。新島の手となり足となり働き続ける日々で、特に何もなければ寮でのんびりとしているだけの生活。
そう悪くはなかった。それなのに、その平穏をぶち壊したのは新島自身だ。
正義の名のもとに拉致され、一時は死んだとまで思われていた。それを助け出し、今に至る。
またそれも、正直なところ悪くはないと思っている。新島が生きていて、隣に居るのだから、これ以上何かを心配する必要もない。不安な事と言えば今後の生活についてだ。
ホテル暮らしも長くは続かないだろうし、かといって傭兵というのも本音を言えば不安しか無い。自分はともかくとして、果たして新島が耐えられるのかどうか。
「本当の事を言えば、君を正式に傭兵団に加入したいと思っている。我々の組織に君のような、一騎当千の戦力を持つ存在は強力だ」
「じゃあ、採用ってこと?」
「残念な事だが、正直特に傭兵に関しては募集はしていないのだよ」
「……じゃあこれは、なんの面接なわけ?」
「君は冷静だから敢えて話すが、私は君たちが安寧を求める手助けをしている」
「どういうこと?」
ジャスティンの台詞は、一々小難しい。エルクは彼の言葉に戸惑うように返答すると、ふむ、と腕を組んで小さく唸った。
「君の頭で理解出来るように噛み砕いて話すのならば、私も私なりに、知人を救いたいと思っているのだよ」
「バカにしてんの?」
「ふむ? そのつもりはないが」
「っ……タチが悪いってのは、このことね」
心底訳がわからない、というように首を傾げるジャスティンに、エルクは舌を鳴らす。
「良いから、続けて」
「うむ。君たちは現在、管理局を追い出され無職、将来も行き先も不安だというわけだ」
「まあね……耳が痛いけど」
「だから私が気を使って、君たちに職を与えようと言うのだよ。結果、新島夕貴は寮長として務める事になったわけだ」
「! へえ、あんたも中々、良いところがあるのね」
エルクは驚いたように目を見開いてから、安心したように微笑んだ。
それに構わず、ジャスティンは続ける。
「そういうわけだ、君も今後彼の手伝いをしてもらいたい」
「どういう立場になるのよ?」
「一応、傭兵としてこの街に常駐する職員、という形だ。君の希望があればその活躍を別の方向に向けても構わないが」
「それは遠慮したいけど……前半は良い提案だわ。謹んでお受けするわ」
「ふむ。話が早くて助かるな。新島夕貴はどうにも噛み付いて来て話が進まん」
「ふふっ、あいつも強情だからね。バカだし」
「全くもって同感だ。もう席を外してもらって構わないよ、正式な手続きは後日、寮へ書類を郵送させて貰う」
「わかったわ。次は佐戸を呼べばいいの?」
「ああ、頼む」
そう言って、一つ確実に伝えておかねばならぬことを思い出した。
「おっと、待ち給えよ。君に言い忘れたことがある」
「ん、なに?」
「君の力は、同種の異人種に対しても非常に強力な一面がある。力を振るうのならばその場の勢いだけではなく、その前後を知り、よく考え、使い給え」
「……わかってる。無闇に使うなってわけね」
「そのとおりだ。超スピードの暴走車は触れるだけで致命傷を負わせる。良く心して置くことだ」
「うん……色々と助かります。それじゃ」
席を立ち、妙に嬉しそうな顔で外へ向かう彼女を見送りながら、ジャスティンは短く息を吐いた。
――なぜ自分は、あれほどまで恵まれた環境の男を世話してやらなければならぬのだ? 尻を叩いてやらなければウジウジとその場に留まるだけの男を。
これも、そんな男に己が毒されてしまった証左かもしれない……そう思うと、なんだか妙に吐き気が胸の奥底からせり上がってくるような気がして、ジャスティンは思わずツバを飲み込んだ。




