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終幕 2

 これで新島夕貴の戦いの全貌は終えた。

 彼は少なくともそう思っている。わざわざアラスカの管理局本部まで行って辞表を叩きつけて、高齢の偉い人たちに頭を下げて「辞めさせて頂きます」と宣告した。

 ひどい蒼白な顔で次の職を尋ねられたが、彼は不敵に笑って「少しは自由を味わいますよ」と言った。これで今度管理局が手を出してくれば、正当防衛が可能となる。もっとも、結果として悪者に鳴るのは新島の方だが。

 モン・ステア学園第三女子寮は、新たな寮長を迎えていた。

 寮生たちは不服を唱えていたが、さらなる家賃の削減とネット環境の再確認、強い要望があれば出来る限り取り入れる――そういった好条件に釣られて、未だに過ごしている。

 毎日、何十件もメールが来るのは鬱陶しいけれど。

 既に季節は梅雨を終え、肌に突き刺すような鋭い日差しを注いでいた。七月上旬。もう立派な夏だ。

 からっと晴れた、湿度の低い熱気むんむんの外に疲れて、新島は近くのカフェでノートパソコンを開いていた。

 携帯電話を介してネットに繋げば、旧友からのメールが一通届いている。

 ジャスティン・バトラーだった。

「……なあ、聞いているのか?」

 少し苛立ったように無職の中年が問う。強面の男だ。彼にまともな就職活動ができそうには思えない。出来てヤクザか、風俗店に控える黒服役だろう。

 佐戸輝彰も、あわよくばと管理局から逃げ出していた。追われて居なかったのは、不幸中の幸いか。

「聞いてますよ、老後の心配ですよね」

「今後の仕事の問題だ!」

 がなりたてる佐戸の顔が面白いのか、隣でエルクが口元を手で隠して笑っている。随分お上品な笑い方だ、となじると、彼女は頬をふくらませた。

「な、なによ。別にいーじゃないのよ、お上品な方がかわいいでしょ」

「かわいい、ねえ?」

 メールを流し見て、最後のリンクをクリックする。飛んだのは、とある外資系の民間軍事会社だ。つまりPMC。傭兵家業となる。

 年間報酬、仕事内容、適正検査について。様々な条件を読みながら、新島は作業的に二人とのやりとりを続ける。

「エルクはかわいいって感じじゃないですよね」

 新島の言葉に、佐戸が深く頷いた。

「ああ。成熟しすぎている。仕草や言葉には確かに可愛らしさのようなものはあるかもしれないぐぁっ!」

 テーブルの下でスネを蹴り飛ばされた佐戸が、はた迷惑なくらい悲鳴を上げてすっ転んだ。テーブルの上のアイスコーヒーを巻き込んでコップを割ってしまったものだから、大慌てで店員が走ってくる。

「やかましいわ、おっさん」

「つぅ、痛ぇ……ちょっとは手加減を知れ……っ」

 お客様、大丈夫ですか。そう言いながらコップを片付ける店員。温かいおしぼりでテーブルを拭き、それからモップで床を拭う。

 ――ツテがあるんですか。

 そうジャスティンに返信する。

「いい年なんですから、少しは落ち着いたらどうです」

「いい年ったってよ、俺ぁまだ、四十五十のジジイじゃねえんだぞ」

 新しく運ばれてきたアイスコーヒーを一息で飲み干してから、佐戸が言った。

「大体おかしいだろ、エルクが蹴ったんじゃねえか」

「それはエルクが悪い。人が出せる力じゃなかったでしょ? 多分」

「だっ、だけどさあ!」

 ――ツテどころの話ではないな。連中はこちらに借りがある上、少なくとも諸君らの経歴を何も知らぬわけではない。気になるのならば、面接の一つも受けてみたらどうかな?

 多分、学園の警備に使っているという特殊部隊なのかもしれない。彼らはつまるところ、やはり傭兵だったのだ。

 となると、下手を打てば、今度は学園の警備に働かされることになるのか? いや、さすがにそこまで都合のいい話は無いだろうが……。

――何人でも?

 メールを打つ。

 すぐに返信が来た。

――優秀ならば、連中は何十人でも受け入れる体制だ。人材というのはいつでも不足しているのが常だろう。

 新島は少しだけ考える。口論していた二人が、いつのまにか楽しそうに談笑していた。今泣いたカラスがなんとやら。

 彼はすっかりぬるくなったオレンジジュースを飲んでから、手を組んで、提案した。多分、彼らの答えは決まっているのだろうけれど。

「ねえ君たち」

 新島がいうのに、二人は視線を向けた。

「僕といっしょに正義をしよう」

 そうは言っても、民間軍事会社だ。個人の意見や意思は殺され、ただ人を使うため、使われるための道具となる。

 だからこそだ、と新島は思った。己が仮に、彼らが真に能力の高い人間ならば、上層部に食い込むことは不可能ではない。もちろん、容易なことではないが。

 もしそれが出来たのならば、意見が出来る立場になれたならば、そこから本当に自分の思う正義が出来るように鳴るのではないか。

 正義に強さが伴うならば、強さを望んでつければいい。つけられなければ奪えばいい。

「アテはあんのか?」

 佐戸が問う。ニヤニヤした面は、この上なく上機嫌そうだった。

「ええ、友人のツテが」

「何人でもいいの?」

 エルクが訊く。どこか楽しそうに口を開く様は、美女の様相を呈していても少女のように可愛らしい。

「優秀なら、とのことです」

「そうか」

「いい案ね」

 二人がそれぞれそう言った。

 新島はジャスティンにメールを返してから、会社の求人応募フォームから個人情報を入力して送る。残りの二人も、パソコンを回して同じようにした。

 ジャスティンが言うには、連絡は遅くても一週間以内に来るらしい。

 あと一週間。

 今となっては、短くもあり、とても退屈な時間でもある。

 だけれど、貴重な暇だ、と思った。

 だからあと一週間だけは――新米の寮長とやらに、先輩風を吹かせてもいいかな、と新島は思った。

 今は無職。だけれど、元第三女子寮の寮長――そしてここの、湖の街の調停者だったのだ。

「さて、暇な時間を持て余すのも、贅沢過ぎる話だ。僕には堪えられない」

 腰を上げる。三人はカフェの会計を終えて、外に出た。

 肌に触れる空気はぬるく、日差しは相変わらず社会の荒波のように厳しい。

「たぶん、今度はきっと、うまくいくよ」

 根拠はない。そんな事など知っている。

 二人は新島の言葉に笑いながら、ただ後をついていった。

 あと一週間。新島たちにとってはあっという間だが、新米寮長にとっては泣きを見る時間になりそうだった。

 もし彼なりの正義を理解することが出来れば、別なのだが。

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