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第四幕「セレクション メニュー」

日本から『正義』の二文字を勝手に背負ってやってきた少年は、その日頃の行いの良さ故か、悪運の強さ故か、一度目の戦闘でたったひとりだけ生き残るに至った。

 それまで親しかった上官も同僚もわずか数分で死に絶え、その後数分奮闘しただけで生き残ったのだ。

 実力など関係ない。

 この時ほど、運というものを実感した日は無かった。

 新島夕貴が若くして管理局にキャリアを置くことになった理由は、極めてシンプルで――正にかつて従っていた信念由来の出来事がきっかけだった。

 それを、新島は語らない。

 彼はそれを生涯最大にして最悪の恥だと認めているし、それを五年前に再起させこの街に飛ばしたきっかけとなった佐戸のことも、少し恨んでいるからだ。

 簡単にいえば、捕虜の脱走の手助けをした。ただそれだけの、戦犯なのだが。


     ❖❖❖


 馬鹿な小僧が乗せられた、と思われているのかもしれない。

 それでもいい、と新島夕貴は思っていた。

 どうせ入隊してから一年少ししか経っていない新兵だ。馬車馬のようにこき使われて屠殺される運命だとしても、その時まで自分が自分を信じて動き続けられればいい。

 そもそも今まで、生きながらえてきたことが奇跡だと考えればこそ――。

 ――ジリリリリリ、とけたたましいベルがかき鳴らされる。ランプが薄暗い地下室を真っ赤に照らし、新島は暗闇に慣れた目を細めながら行く先を急いだ。

「どこの馬鹿が引っかかったんだよ、くそ!」

 およそ少年らしくない悪態をつきながら先へ進む。

 司令本部地下――一週間前に拉致された異人種たちは、そのおざなりな研究施設に幽閉されていると言っていた。

 挿し込み型のインカムを使おうとして、耳に触れた指を銃へ戻す。

『止まれ!』

 インカムと肉声が重なって鼓膜を震わせる。

 背後から響いた声と、連続する発砲音がやかましいくらいに反響して轟いた。

 別働隊がヘマを打ったのかと思ったが、どうやら新島に気づいて追ってきた男がトラップを踏みつけ、警報を鳴らしたらしい。

「レニー、トチった! すんませんが、予定変更で作戦を」

 言いかけて、異変に気づく。

 僅か数瞬前に重なった銃声が、いつのまにか止んでいるのだ。

 どさり、と何かが床にたたきつけられる音。くたびれた革靴が、床を鳴らす音が続く。

「呼んだか? イブ」

 イブ。これは夕貴の夕の字を夕方イブニングとかけたアダ名だ。一応、この状況ではコードネームとしての役割を果たしている。

 レニーも同様。単なるレナードの愛称なのだが、彼はそれだけでノリノリだった。

 元来、スパイ映画らしい。人は見かけによらないということなのだろう。

「しっかし、ゴム弾じゃ糞の役にもたたねえな。こいつ、すぐに目を覚ますぜ」

「無駄口叩いてる暇なんてありませんよ」

 訓練用のM4カービンを構えながら、新島は走りだす。

「この警報が聞こえているなら、普通はそう思うはずですが」

 どのみち目的地はそう遠くない。

 言っている間に、二人は行き止まりにたどり着いた。

 目の前には分厚い鉄扉。小さな窓にガラスはなく、図太い鉄の棒が柵のように窓を塞いでいる。

 新島はポケットから、カードキーのコピーをとり出した。カードの差込口に押しこみ、液晶パネルが緑色で明滅する。

 次に、新島はこれでもかと言うほどに頭のなかに叩き込んだパスワードを入力した。英数字のみの十六桁。

 慎重に震える指で入力。認識。

 解錠の音とともに、扉が自動的に開いた。

「我々は君たちを解放するために来た。言葉が通じるかわからないが――ともかく、信じて、逃げて欲しい!」

 スリングだけでカービン銃を肩から提げ、両手を頭の後ろで組む。そうしながら、暗闇の中に潜む気配へと、顎をしゃくって出口を示した。

 四体の異人種――いずれもケンタウロスらが、ゆっくりと立ち上がる。

 四体程度なら、こちらの兵器で圧倒できるということだ。いや、ともかく……。

「レニー、大丈夫ですかね」

「多分な。連中だって、白旗くらいわかるだろう」

「だと、いいんですが」

 警報の音に紛れて、通路の奥から無数の足音が重なって響いてくる。

 新島はレナードの顔を一瞥して、即座に銃を構えた。コッキングレバーを引き、薬室にゴム弾を込める。

「君たちも悪いが、協力して逃げよう」

 引きつった笑顔で、首だけを回して後ろを見る。それと殆ど同時に、肉厚の手が新島の肩を叩いた。

『勇気ある諸君に感謝する』

 聞き覚えもない、むしろ雑音に似た低い声でケンタウロスの男が言った。口に髭を蓄え、上半身を半裸、馬の肢体は何も纏っていない原始的な格好で、新島より一歩前に出る。

『今になって言い訳するわけではないが』

 ケンタウロスが手を前に掲げる。それにともなって、この空間にありはしなかった白銀の輝きが、その手のひらに集中し始めた。

『我らには、そして諸君らには、他の方法がある。そうは思わないか、お前らは』

『まったくですね』

『正直複雑な思いですが、これが良い契機になれば良いのですが』

『するのですよ。散っていった者達の命を、無駄にしないように』

 彼らは顔を付き合わせて、何かをつぶやいている。新島にはそれを聞き取ることも、それが言葉であることを認識することもままならない。

 ただわかるのは、新島がいよいよ引き金を引くタイミングよりも先に。

 彼らが持つ、『術』が発動したということだった。


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