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第三幕「シヴィル ウォー」

「だってきっくんがぁ! アーニェちゃんを連れてこないからぁ!」

 もはや幼児退行と言って良いのかどうかわからない。しかしどうあれ、目にいっぱいの涙を溜めて訴える男の姿というのがこれほど気持ち悪いことを一つ学んだ。

「うるさい」

 パン、と銃声が一度響く。高速回転しながら弾かれた鉛弾が、薄い茶髪を乱す事無くその手前で動きを止めた。見えない壁に叩きこまれたかのように、音もなく中空に停止する。

「ついに人間じゃなくなりましたか」

「意外に簡単なものだぞ。貴君ならば、可能かもしれない」

「つーか、そういうのはいいんですよ」

 ポロシャツにジーンズというラフな出で立ちの新島は、くいっと伊達眼鏡を押し上げる。新しく火をつけたばかりの紙巻は、一度も口に咥えられぬまま灰になった。

 その正面のソファに座るジャスティンは、ひざ下のデニム地の短パンにアロハシャツというラフ過ぎる格好。大股を開いて、落ちてくる鉛弾を手のひらで受け止めた。

「いつも思っていたが、正気じゃないだろあんたは」

「あんな素敵な娘たちに囲まれて生活しているのに何の変化も見せない貴君にこそ、その言葉を返したいね」

 手元の鉛弾を指で弾く。くるくると回転しながら頭上へと飛び上がり、落ちてきたそれを胸の前で交差させた両手のいずれかで掴み取る。

 にやにやと笑いながら、握りこぶしを開いてみせる。開いた手に、鉛弾はなかった。

 ぱちん、と指を鳴らす。

「拳銃を見て見たまえよ」

 テーブルに置いていたリボルバーを指で示す。怪訝な顔をしながら新島は手に取ると、驚いたように目を見開いた。

 ニューナンブには最大で五発の弾丸が装填出来る。すなわち残弾数は四発だけなのだが――シリンダーを回して開けてみれば、実包は確かに五発収まっていた。

「すごいじゃないですか」

 新島は素直に感嘆した。

 こいつはすごい。恐らくただケースに弾丸を込めただけかもしれないが、この一瞬でそんな芸当が出来てしまうことがすごい。瞬間移動にしろ、超スピードにしろ、とにかく人間離れしている。

 合う度に人じゃなくなってくる。

 狂った精神性はもとからだが、ついに身体がついていってしまったようだ。

 見ている分には見世物感覚だが、関わるのはひどく面倒である。

「それで、ここに来て早くも一時間が経過するわけですが」

 お茶の一つも出ない。それに関しては良い。このような男に、秘書が居るわけがない。そもそもこの神経質な男が、自分の業務に他人を関わらせるわけがない。

「嫌味かね?」

「事実を述べたまでです、このトンチキ。僕だってねえ、暇なわけじゃないんですよ」

 六月上旬。

 窓の外は陰鬱な鉛色を塗りたくったような景色になっている。降雨に続く降雨がグラウンドをぐしゃぐしゃにして、鈍色のどんよりとした空がどうにも気分を落ち込ませる。

 だからこそのアロハなのかもしれないが、しかしそんな個人的な気分転換など知ったことではない。

「侵入者の話を聞きに来たんですよ。わざわざ、こんな時間に」

 午後八時。この時間では教員でも残っている者がほとんど居ない。

 この静かな学園の中で、水たまりを打つ雨音だけががむしゃらに聞こえていた。

「侵入者?」

 まるで初耳であるかのように問い返す。

「疑いがある、とのことです。この鳥頭にはちょいと難しい話だったようですね」

 よっこらせ、と腰を上げる。あれほど忙しいと言っているのに無駄話に一時間も割くような男を相手にするだけ無駄だったようだ。

 その瞬間のことである。

 ぶつ、と照明が落ちる。瞬く間に空間が闇に飲み込まれ、新島は全てを見失った。

 その次の瞬間にまた電気が点き、その次にまた消えた。

 電気が消えただけで、途端に空気が冷えたような感覚に触れる。

「今度はどんなアトラクションを思いついたんです?」

 テーブルの上の拳銃を拾い上げ、撃鉄を上げる。かちり、重い感触が手の中に落ちた。

「まさか予備電源まで落とされるとは思わなかったのだがね」

 苦笑するように言葉が漏れ、

「題して『ハンター』とでも名付けようか、伍長。狐狩りは得意かね?」

「理事長ほどの腕前ではありませんがね」

 世界は危険に満ちているとは良く言うものの、この街ほど酷く危うい世界はないだろう。常日頃から治安が悪いならまだ良いのだが、紙一重でつながっている日常など恐ろしくて仕方がない。

 この学園のセキュリティには、特殊部隊でも突破できない。

 つまり逆を返せば、そういうことだ。

「正義は我にありだ。この事件は今回限り、我々限りで終わらせるぞ」

「了解」

 冷えた空気は男たちの血潮を凍りつかせ、かつての記憶を蘇らせる。

 光を失った戦士は、闇と同化した。

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