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2.業務の一幕

「なぜにスーツなのですか?」

 アーニェが上目遣いで訊いてくる。往来を歩くアラクネと人とのコンビは珍しく、平日の白昼だということもあって、すれ違う人々はみな彼らに目を留め、足を止めた。

「これから学園に行くんですよ。ニ、三ヶ月に一度、設備に不良はないか、希望がある措置は無いか情報をまとめて管理局に提出しなきゃならんのです」

「へー」

「一緒に来ますか?」

「バカにしないでよね、これでも在校生よ」

「出席日数一日未満の在校生なんて初めて見ました」

「ニージマさん性格悪いー」

 むす、と頬をふくらませる。陶磁器のように白くなめらかな肌に、頬に赤みが滲むように出てくる。人形のように整った顔立ちは幼稚な態度ならば幼く、凛然とした表情ならば大人びてみえた。

「はは、それはよく言われます」

 苦笑しながら、新島は返す。

 まあ案内がてらに連れて行くのも良いだろう、とアーニェを連れたまま学園へと向かった。

 いつか来るだろうと思っていた、「殺人現場をはしごして学園に行くのってどうなの?」という点については彼女も気づかなかったらしく、新島は少し物足りない気分だった。

すこぶるほどに良い天気だ。

 抜けるような青空を見上げながら思う。雑然とする繁華街を貫くような道を曲がって、住宅街へ足を向ける。

「何か飲みます?」

 道中にコンビニを見つけた新島は、コップを呷るジェスチャーと共に問う。アーニェは食い気味に答えた。

「エナジードリンク!」

「あれは十五歳未満は飲んじゃダメなんですよ」

「失礼な! ヨユーですよ、余裕なのです!」

 自動ドアが開くと、彼らを認知したセンサが独特のチャイム音を作動させる。二人はそのまま真っすぐ店の奥に向かう。ガラスのドア越しに冷蔵庫を眺めて商品を選んでいると、アーニェはその鋭い足先でガラスを叩きながら商品一つ一つを追っていった。

「あ、これがいいですわ」

「ん?」

 アーニェは自分の手で扉を開けて、器用に足でとる。

「ちょっと、はしたないですよ」

「細かいことはいいじゃないですの」

 言いながら手渡してくるのは、炭酸入りのスポーツ飲料だ。新島は缶コーヒーを選び、購入。

 店の前で一気に飲み干して、ゴミ箱に投げ捨てた。

「さて、行きましょうか」

 小さな口で数口ほど飲んで見てから、きゅっと蓋を締める。

「はい」

 ポケットに両手を突っ込んで背を向ける新島の後ろを、アーニェはついていった。


住宅街を抜けた先には、大きく広がる自然公園がある。そこを抜けた先――正確には広大な公園の敷地の半分辺りから、どこか不穏なほど不躾な鉄柵が封鎖していた。

 道なりにすすめば、大きく口を開く門。ゲート式の自動改札がニ門ほど並び、その少し進んだ先に警備室が建つ。

 このゲートの向こう側に、大学と中高一貫の付属学園があるのだ。

 学園に入場出来るのは許可されたものだけ。新島はもちろん、管理局として殆どの施設に管理者権限レベルの身分証を保有しているし、アーニェは在校生だから彼女の所持しているチップが学園側に登録されている。

 しかし、アーニェがゲートを通り抜けようとした瞬間、「ぶー」とブザーが響き、ゲートの上部が赤く点滅した。

 警備室の前に突っ立っていた警備員が二人駆け寄り、やや申し訳無さそうな顔で言った。

「申し訳ありません、新島様。一応規則ですので、お二人の身分証を拝見させてよろしいでしょうか?」

「いえ、こちらこそすいません。えっと……はい」

 警官の時と同じようにカード型の証明証を出す。新島夕貴個人のチップもあるが、今回は仕事で来ているため、これで通用するのだ。

「はい、確かに……そちらは?」

 カードを見て、読み取り装置にかざす。端末にスキャンした情報が送られ、確認した警備員は、丁寧にそれを返す。

 次はアーニェの番だったのだが、

「寮ですわ」

 毅然とそう告げた。

「だって無くしたら大変ですものね」

 賢いぞ、と言わんばかりに胸をそらす。警備員は困ったような顔をして、一人が警備員室へと戻っていった。

 その間に、新島が大きくため息。彼女へと向き直り、諭すように言った。

「えーと、アーニェさん? 異人種にとっての身分証というのは、必ず身につけなければならんわけなんです。だからほら、いつもしてるようなアクセサリ型になってんでしょう。無免許運転みたいなものなんですよ」

「へえ。科学のチカラってすごい」

「お仕置きとして、部屋の掃除に付き添います。サボるんで」

「なうッ!?」

 アーニェは愕然とした顔で新島を見る。瞳孔が開き、顎が落ちて大きな口が開く。

「あ、ありえないですよわ!」

 混乱が動揺を招き、動揺がおつむを緩くする。

 視線が泳ぎまくり、戻ってきた警備員もどうしたものかと立ち尽くしていた。

「一応言っておきますが、賃貸物件なんですよ。まだ三部屋残ってますし、新たな住人が来るかもしれない。なのにドアに落書きして……寮の口座に謎の寄付金が無ければ、もっと適切な対処をしているものなのですがね」

「しょ、そんなこと……ぜ、善処します」

「はい」

 とん、と頭をチョップして立ち直る。

 警備員は戸惑いを隠しながら、二つのゲスト用の入場許可証を差し出した。首から下げるタイプのものである。

「校舎へ車両を出しましょうか?」

 受け取ると、もう一人が申し出てくる。新島は微笑みながら首を振った。

「いえ、ここに来るのも久しぶりだし、まだ予定の時間まで大分あるんで歩いていきますよ。一応、アーニェ・アレイ・ハイムも来たと理事長に連絡しておいてください」

「承知しました。それではようこそ、モン・ステア学園へ」

 二人が塞いでいた道を開ける。

 舗装された道が真っすぐ伸び、自然公園の延長のために広がる草原が左右に広がる。木々が乱立し、小動物の影も見える。

 ここから徒歩十分した先に、学園がある。その道中にはコンビニや飲食店など、軍基地のように様々な商業施設が存在しているのだ。

 時刻はまだ、十時ニ○分。校舎内を見学しても、時間にはまだ余裕があった。 

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