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「乗馬を習いたいのだったな? ならば早速教えてやろう。来い!」
「坊ちゃま!」
「王子、それは良い手ではありません。一応、フリだけでも勉強をしているように見せないと、きっとミカエル様あたりに僕が放り出されてしまいます」
「それもそうか。つまらんな」
「王子は馬がお好きで?」
「ああ、馬の背に乗り駆け抜ける爽快さといったら並ぶものなど他にないぞ?」
そうなのか、なんとも羨ましいな。
前世でいうところのバイクみたいな感じかな。
「先ほど王子は数学は充分理解いただいているとおっしゃってましたが、それは数の足し引きですか?」
「それ以外に何があるのだ」
掛け算、割り算があるだろうが。
そう思ったが、そう言ったらヘソを曲げるだろうな。
「ではクイズです。馬房の扉の下から脚が8本見えます。馬は何頭でしょうか?」
「馬鹿にするな。2頭だろう」
「おお、早い! 流石ですね。では野生馬を3頭捕えたとして蹄鉄は何個必要になりますか?」
王子は眉を寄せて考えた。
指を折って数えるのを我慢しているように見える。
「12だ」
「素晴らしい! 本当に必要なさそうですね」
「これ、オミ!」
ルカ氏に小声で叱られたが安心して欲しい。
「では次のクイズです。王子の率いる兵のうち何名かが負傷し、五日間だけ20名の冒険者を傭兵として臨時に雇いました。冒険者の日当が30ラーミという契約で雇いました」
「うん?」
「実際こういう事態があるとは思ってません。あくまでクイズとしてお考えください」
「ふむ」
「五日間、20名、30ラーミです」
「うむ」
「戦いに勝ったのち。冒険者パーティから4500ラーミの請求を受けました。王子はこれを払いますか? 払いませんか? なお、信用のおける計算が得意な部下は負傷し後方に下がっているとします」
「なんだと? ちよっとまて。なんだっけ?」
「五日間、20名、30ラーミ。請求額は4500ラーミです」
王子は眉を寄せ天井を見上げて考えているが、指を折るそぶりは見せていない。
やっぱ桁が上がると難しく感じるよね。
いや、俺も得意ではないから分かる。
「答えは払う、払わないだな?」
「はい、そうです」
「ならば、払おう。戦には勝ったのだ」
「さすが王子は太っ腹です。民に好かれる良き長となるでしょう」
「ふむ」
「ですが、冒険者からは舐められます。チョロい王子だと」
「なんだと? ではこのクイズの正解は払わないが正解なのか」
「計算的にはそうです。5と20と30を掛け合わせると3000になります。請求は4500でしたので王子は冒険者に1500。貨幣にすると金貨一枚と大銅貨5枚をボラれました」
「戦に勝ったのだからそれくらいくれてやれば良いではないか」
「ごもっともです。では支払わない場合を考えてみましょう」
王子は机の天板に腰を下ろし、腕組みをしながら頷いた。
「本来、契約で3000のところを4500請求されたと突っぱね、詐欺の疑いでパーティリーダーを拘束します」
「ふむ」
「すると残ったパーティメンバーからあの請求はついうっかりした計算間違いだと。本来3000でしたがこちらのミスですから2000で結構ですのでどうかリーダーを放免してやってくださいと嘆願がきます」
「そうなのか?」
「まあ、わかりませんが。どうですかね、ルカさん」
ルカ氏は激しく頷いた。
「ありえる話だ。1500はボり過ぎだが、使う金額が増えれば増えるほど中抜きをしようと試みる者は増えるものだ」
「、、、、、」
「では、続けます。王子は3000のところが2000で済む上に、舐めたらヤバい切れ者の長だと民全体から認識されます」
「民全体から?」
「そうです、そうした噂はあっという間に広がりますから。なんなら他国にまで」
「そんなにか?」
「王子は他国にスパイを差し向けたことは?」
「ないない、ないぞ?」
「たとえばですが、隣国のカイエン。あそこと共闘しなければならなくなったとして、、、」
「む、、、彼の国は領主よりもアーメリア軍や教皇の方が発言力が高いと聞くぞ?」
「そういうことです。噂を信じるのです」
王子は机の向こうまで回り込んで椅子に腰を下ろした。
「なるほどな。オミよ、そなた中々の切れ者ではないか!」
「ありがとうございます」
「我が僕にしてやってもよいぞ!」
「ありがたき幸せ」
「坊っちゃん、オミ殿は既に王子の僕ですぞ、、、?」
「姉君の、ではないか。我が頼まれたのは匿うことだ。そうだな、お主とはどうせ短い付き合いだ。弟分として可愛がってやる。習いたいのは馬術と剣術だったな? 我の稽古に付き合うことを許可する!」
「ありがとうございます!」
「よし、では早速だが馬術を教えてやろう」
「坊ちゃん、まだ早いです!」
まだ、クイズを3問やっただけだからな。
「王子、足し引きの他に掛け算、割り算というのがあるのはご存知で?」
「無論、あるのは知っておる。しかし足し引きからでも答えは導き出せるのだ。実用的ではないだろう?」
「坊っちゃん、さっきのクイズが掛け算でしたのですぞ!」
「そうなのか?」
「はい。勉強としては意味のないものに思えますが兵を率いる立場の者には武功を上げるためにも必須の算術でございます」
「、、、そうなのか? いまいちピンと来ないが」
「もちろん戦って戦果を上げる。これが一番です」
「そうだろう」
「そうですね、例えばですが相手が敗走した場合を想像してください」
「うむ」
「追えば旗頭を倒せそうです」
「ならば追え。迷う必要はないだろう」
「しかし、それまでの道のりが長びき食料の残りが少ないです」
「ああ、そういうこともあるか。しかし、、、」
「人数を絞れば可能です」
「む」
「そういう時に計算が早いと即座に決断ができるのです。誰かに計算をさせて幾つもの試算を聞く必要もありません。即決です」
王子は唸り声を挙げた。
「よし、分かった! 算術を勉強すれば良いのだろう? 我に教えて見せよ!」
ふむ、なんとか説得できたぞ。
しかし、問題はここからだな。




