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 取り調べが終わると俺は部屋を当てがわれた。

 取り調べ室のあった一階からワンフロア上がった二階だから特別良い部屋という事もないのだろうが、トイレ付きの個室である。

 かなり良い待遇と言えるのではないだろうか。


 ベッドと、小さな卓と背もたれのない椅子。

 入り口の脇に壁で仕切られた小スペースがあり、洗面器の乗った台と木製の蓋の閉まる陶器のトイレがある。

 ちなみに鏡はない。

 作り付けの小さなクローゼットはある。

 受ける印象としては安価なビジネルホテルの一室といったかんじ。


 ただ、壁は石積みだ。

 防音はバッチリかもしれない。

 壁ドンしても隣に聞こえなさそう。


 ホテルだったら卓の引き出しに聖書が入っているが、ここの卓には引き出しは付いてない。


 洗面器に溜まった水やトイレの中身は毎朝メイドさんが捨ててくれるとのこと。


 メイドさん?

 て、いいんですか?

 こんな僕にメイドさんなんて、、、


 ここは城なのだから当たり前なのか。

 メイドさんが居れば執事さんなんかも居るに違いない。


 部屋に持ち込んだのは吸魔石と財布ほか数点。

 一番大事なのはサナ語を大量に書き留めた葉っぱ。板で挟んで皮の袋に入れてあったから水のダメージは受けてなさそう。

 あまり乾燥させて葉っぱがボロボロになっても困るのでこのまま風通しの良いところに置いておくことにする。

 紙が手に入ったら清書しておきたい。


 その他の持ち物は服もそうだがリュックもウエストポーチも毛布も靴も靴下も全部洗ってもらうことにした。

 食料の残りの堅パンは湿っていたので処分してもらった。ナッツとドライフルーツは持ってきた。

 サナでもらった麦の入った小袋も湿っていたので中身を出して干しておく。

 これも魔術で乾かすには乾かし具合が分からんのだ。


 吸魔石は分けて小袋にしまってポケットに入れた。

 ズボンの左右の前ポケットとチョッキのポケットだ。


 あと財布。

 といってもただの巾着だがこれはどうしたもんか?

 持ち歩くにはちょっと嵩張る。

 部屋に置いておくにはちょっと不用心な金額。


 だって部屋に鍵はないのだ。

 あってもメイドさんが入る訳だし。


 銅貨とはいえ大銅貨は前世の価値で一万円なのだ。

 小銅貨、銅貨、大銅貨全部合わせれば3万円ほどある。

 盗まれたら癪だが、しかし警察は動いてはくれなさそうな金額。

 もっとも警察なんかないんだけど。


 サナで買ったウエストポーチほど大きくはないけどベルトに付けて財布を入れておく程度の小さなポーチが欲しい。

 城下町にその手のお店はあるだろうか。


 などと考えていると扉がノックされルカ氏から声が掛かった。

 直ぐにドアを開ける。


「オミクロン、いいだろうか? 紹介したい。こちらベネディクト王子の教育係のミカエル様だ」

「初めまして、オミクロンといいます」

「ミカエル・オリーズだ。お前は読み書きができて計算が早いそうだな」

「簡単な算数なら人並みに、、、」

「謙虚な姿勢は評価するが、常識はあまりないとか」

「はい。小さな漁村生まれなものでギルドのマニュアルに載っている程度のことしか知りません」

「ふむ。サナ語も堪能と手紙にはあるが?」


 手紙?

 あれか、紹介状といって長官に渡された書状か。

 何が書いてあるんだろう?

 俺は見てないから変に盛ってないかちょっと不安だ。


「ひと月ほどサナ人のお宅に逗留させてもらいました。そちらのご婦人が共通語も話せる方でしたので色々と教わりました。といっても生活に困らない程度で、細かなニュアンスは分かりませんし、難しい深い話は無理だと思います」

「ふむ、、、まあ良かろう。君には第三王子の数学を主とした教師になってもらう。授業は明日からだからそのつもりで」

「教師? いやいやいや、そんな無理ですよ。僕は下働きの見習いでもさせて頂ければと、、、」


 ミカエル氏は目の奥を光らせた。


「これは君がこの城に逗留する最低限の条件と思ってくれ。剣術も乗馬も出来ぬものがこの城の下働きなぞ、無理を言うな」

「、、、、、、」


 よく分からんが、剣術や乗馬ができて初めてこの城の下働きの資格があるということか。


「分かりました。最善を尽くします。ちなみに第三王子というのは、、、?」

「ふむ、常識知らずというのは本当だな。ポリオリのバルゲリス領主家、第三王子といえばクラウディオ様のことである。御歳十三になられる継承権第三位の王子で有らせられる」


 継承権?

 別にこの領地の血族は王族って訳では、、、

 いや、まて。そうか。

 アーメリア国として統一されるまでは王族だったのか。

 家臣や領民にとっては『この土地の』王家一族なのだろう。

 今でも内部の人間にとってはそういう扱いなのだな。

 オーケー、分かった。


「失礼致しました。何卒無知をご容赦を。以後、失礼の無いよう努めます」

「ふむ、最低限の礼儀はあるようだ。リサ殿の加護があるなどと思い上がらぬよう精進いたせ」

「は!」


 リサって長官の事か。

 軍だと苗字呼びだが実家なら名前呼びだよな。


 しかし明日から授業って何時からだろう?

 準備をしておいた方がいいよな。

 でも十三歳ってことはアカデミー入学の準備とかしてる筈だからある程度はできるだろう。

 だが、そのある程度が分からない。

 今までの先生に聞かないと。

 はて、、、

 

 ルカ氏がまだ廊下に居たので聞いてみる。


「あのー、良ければ現行の先生にお会いすることは可能でしょうか?」

「ふむ、前の教師はクビになっておっておらん。現行の教師というと、強いて言うならワシになるな」

「それではお聞きしますがクラウディオ様の数学の学力はいかほどのものでしょうか?」

「計算の基礎はお分かりになっていると思うのだが、ワシの口からは何とも、、、」


 というとアレかな?

 授業をボイコットされてる感じかな?

 ふーむ、それでは準備のしようがないな。


 性格に難アリな感じだろうか?

 どうにも聞きにくいな。


「ええと、、、王子は気難しいお方で?」

「うむ、まあ。しかし、お歳を考えればごく普通なぐらいだな」

「授業は何時から何時でしょうか?」

「午前は朝9時から昼まで、午後は1時から3時のお茶の時間まで」

「え、そんなに長いのですか?」

「若い頃というのは学ぶことが多いものだ」


 確かにそうだけど、そんなにか、、、

 だって他にも剣術とか魔術とかもやってるんでしょ?


「僕は数学だけを教えれば?」

「若様が苦手なのが数学であって、他には歴史や地理などを学んでおられる。それらは書を読むだけなので寝たり逃げたりせぬよう見張るだけでよい」

「あ、なるほど」


 しかし、簡単ではないよな。

 なにしろ人に何かを教えるというのはまず信頼関係が必要なのだ。


 年下の漁村の小僧を信頼なぞしてくれる訳がない。

 やはりクラウディオ王子は相当な曲者なのだろうし。


 うう、既に胃が痛い気がしてきた、、、。


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