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兵士の声で目を覚ますと外は明るくなっていた。
夜勤と日勤の入れ替えで申し送りをしているらしい。
俺は椅子を元の位置へ戻し、毛皮は丸めて机に置いた。
発つ鳥跡を濁さずって言うしな。
まだ出れるか分かんないけど。
トイレ代わりに置いてあった瓶の中身は昨夜魔術で蒸発させておいた。
だって蓋がないからなんか嫌だったんだ。
「オミクロン、出ろ」
そう声が掛かって扉が開いた。
眩しい。
両手を腰に当て、立っていたのはミスター偉そうこと無能な隊長だった。
もう誰も俺に槍を突きつけてない。
少しホッとした。
「貴様の持っていた書簡が東方統括部長官からのものであると確認された」
「ありがとうございます」
「しかし気をつけろよ。俺はお前を見張っているからな?」
なんか凄まれた。
「謁見前に何人かと話をしてもらう。来い」
あ、この声はルドヴィコさんだ。
良かった。
ミスター偉そうに城まで連れて行かれるのかと思った。
俺はおそらく夜勤であっただろう兵士八人に連れられて城に向かった。
俺が泊まった小屋の近くにはいくつかの建物が並んでいたが、どうやら倉庫や馬房だったようだ。
高級そうな馬車が何台も収められている区画や馬場と思われる広めの区画、馬草が積み上げられた小屋なんかが並ぶ。
アレだな、俺が入った門は裏口だったっぽいな。
馬コーナーが終わると家畜コーナー。
鶏小屋があり、豚小屋があり、牛もいた。
その先は畑コーナー。
ニンジンやカブ、ホウレンソウなんかが確認できた。
その先は果樹コーナー。
なにも実は生ってないが、どの木も背が低く枝を横に広げているので多分果樹。
リンゴか柑橘か木を見ただけでは俺には判別が付かない。
何種類かあるようだ。
ちなみに両翼には崖が聳え立っている。
崖の隙間の土地なのだ。
カイエンも中々の天然要塞っぷりだったけどポリオリも大概だな。
崖には所々採掘したような穴が開いている。
鉱山都市だって長官も言ってたしな。
気づくと城が間近になっていた。
本当に巨大だな。
遠くから見た時は細長い印象を受けたが、近くに来ると相当な太さがあることが分かる。
城には裏口もあるのだろうが俺たちはぐるりと城を回り込んで正面玄関側まで移動する。
正面側は天然の塔に接続された城の本体が増築されている。
城の先は崖に石造りの橋が架けられていた。
さらにその先は城下町が続く。
崖に挟まれた細長い土地に階段状の町が広がり奥には畑がこれまた階段状に続いている。
なんか炭鉱都市と聞いて緑のない灰色の街を想像していたが、なんとまあ緑豊かで可愛らしい街であることか。
街を左右に分割するように水路が敷かれており、そこここで煙が上がっている。
民家もあるだろうがドワーフの工房なんかも在るはずだ。
そして煙を見て気づいたが風が強い。
ずっと正面から風が吹いてくる。
そして俺がこの街を可愛いと思った原因に気づいた。
風車が回っているのだ。
ここから見える範囲で風車小屋が三棟は見える。
ゆっくりと回る風車がなんとも牧歌的だ。
うおお、風車を近くで見てみたい!
そう思っていると城の正面までたどり着いたようで道は左に逸れた。
どうせなら城の正面玄関から入りたかったが、俺たちは脇の小さな通用口から城に入った。
入るとそこは兵士の詰め所であるらしく槍や剣、甲冑などが並べられていた。
更に奥に連れて行かれるとひとつの部屋に案内された。
石積みの壁に簡素な木の扉。
いわゆるゲームやアニメで見るようなダンジョン感のある通路と扉である。
そうだよな城だもんな。
異世界はこうでなくては。
「オミクロン氏をお連れしました」
「うむ、入れ」
扉が開けられると狭い部屋に机と老人。
机には俺の荷物が広げられている。
「入ってくれ。悪いが君の荷物を全て改めてさせてもらったよ」
「あ、はい」
「では我々はここで」
「うむ、ありがとう」
ルドヴィコたちは部屋には入らず踵を返した。
ドアが閉められると改めて老人が挨拶をした。
「わたしはルカ。この城の城おじといった所だ」
「初めまして、オミクロンといいます」
「うむ。で、君の荷物なんだがこの辺はこちらで預からせてもらうよ」
机の右端に寄せられていた幾つかを指差してルカ氏はそう言った。
ナイフと針、スパイス類とリンに持たされた薬だった。
「領主様やそのご家族に害を与えそうなものは持ち込めないんだ」
「了解しました。水で濡れたのでちょっと確認していいですか?」
「よかろう」
俺はスパイス袋や薬袋に触れて濡れていないか確認した。
ちょっと湿っているが台無しという訳ではなさそうだ。
「少々魔術を使って乾かしてもよろしいでしょうか?」
「む、魔術でか? まあ、よかろう」
「ありがとうございます。では失礼します」
俺は口の中でゴニョゴニョ言って手をかざし、スパイスと薬を乾燥させた。
昆布にカビが生えたら嫌だしな。
ナイフもシース内部が濡れていたのでこれも乾かす。
針は油紙で包まれていたので大丈夫だろう。
「この辺は持っていても構わないがどうする?」
ゆび指されたのは魔石になりかけの吸魔石。
「あ、これは育てている途中ですので持っていたいです」
「なるほど、よかろう。ではこちらは預からせてもらう。この箱に入れて鍵を閉め、鍵の管理はわたしが行う。城を去るときには返せるので予め申告してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
「それと君の服なんだが、袖や裾の糸を全部解いてしまった。何か隠してないか確認する必要があったんだ」
「では針を仕舞うのは待って下さい。裾上げするので」
ルカ氏はうんうんと頷いたがそれはやんわりと拒否された。
「その必要はない。後ろのその服を着たまえ。このサナ服はこちらで洗濯しておく」
振り返るとドアの脇に服が掛かっていた。
靴もある。
セイレーン号の士官の子供のような洋風な子供服である。
「こんな高そうな服をお借りしていいんですか?」
「その服は王子の乗馬服のお古だ。随分古いものだから気にしなくていい。さ、着てくれ」
シャツに腕を通し五分丈の短パンを履く。
短パンにはズボン吊りが付いている。
ベストを着て靴下を履き、靴に足を入れる。
靴はモカシンだ。
全体的に少し大きめだ。
借り物感が凄い。
髪もまだベリーショートなのできっと変な感じだろう。
「よろしい。ではちょっとこちらの文を読んでみてくれ」
一枚の古い羊皮紙を渡された。
「ええと、、、『わたくしことマッテオは生涯貴女様への愛を誓った身ではありますが、この度ロコへの出兵を王により命ぜられてしまいました。貴女の愛に報いる為にもこの機会を活かし、憎きロコどもに煮湯を浴びせかけてやろうと思います。愛しい貴女から一時でも離れてしまうのは心苦しいのですが、愛する貴女様におかれましては安全なここ、ポリオリにてわたくしめの帰りをお待ちいただければと存じます』 、、、ってコレなんです?」
「古い手紙だよ」
「はあ」
「次はこの数式を解いてみてくれないか?」
ん?
なんか俺テストされてる?




