表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/253

91

 自己嫌悪の波は引いては返し、引いては返す。

 その波を俺はどうすることもできずにただひたすらに歩き続ける。


 相変わらず風が強く寒い。

 見晴らしは良い。

 俺は今、山脈の稜線を歩いているはずだが遙か遠くにはもっと高い山脈が霞んで見えている。

 山脈までは黒く深い森だ。

 樹海とでも言えば良いだろうか。

 低い山々が連なり、その全てが黒々とした森に覆われている。


 遠くに見える山脈の稜線は雪化粧が施され、麓近くまで蒼い地肌を見せている。

 おそらく標高が高く森林限界なのだろう。

 つまり3000m級の山脈なのだと思う。


 長官の部屋の地図にはあの先は何も記されてなかった。

 しかし魔族の土地だと言っていた。

 龍を使役する魔族があの辺の森に住む獣族の子供を攫っているのだと。


 しかしとてもじゃないが、あの山脈を越えているとは思えない。

 何処かに切れ目か、低い箇所があるのだろう。

 あるいはトンネルか。


 いや、転移魔法みたいな魔術や、転移ゲートみたいな何かがあるのかもしれない。

 魔族っていうくらいだからな。

 エルフや人族にはない技術があったっておかしくはない。



 目を転じてポリオリがある側を見るとこちらは荒涼としている。

 刃物のように尖った岩々が剣山のように立ち並び異様な風景を作り出している。


 ここが地獄の針山だよ、と言われたら信じてしまうだろう。

 違うか。

 地獄の針山は頂上に絶世の美女がいて、針の生える山を登って美女に近づこうとすると美女が消えてしまうのだっけ。


 ならアレだな。ダイダラボッチが向こうに行かないように神様が作った剣山地帯だな。


 まあ、何にしろこんな場所には人間は住めない。 

 生き物も鳥くらいしか居ないだろう。


 黒い岩にこびり付くようにわずかな草が張り付き、たまに谷底が見えると川が流れているようなので水がないわけではないらしい。


 この奇妙な風景は長年かけた水の流れで削られて作られたのだろうか。

 それとも地殻運動で岩盤が隆起してできたのか。


 何にせよ、これが長官が育った土地か。

 こんな場所で育ったら海や草原を見たら長官のようにその虜になってしまうのも頷けるな。



 数日歩き続けた。

 道は山脈の稜線がなだらかになり更に進むと平らな面が広がり、崖っぷちという感じのゾーンに入った。

 眼下には小川が見える。

 川までの高さは分からないが落ちれば確実に死ねるくらいの高さはある。


 道の先に大岩があり、そこから道は崖にできたわずかな段差のような細道になった。

 道幅は人ひとりがやっと歩けるほど。


 左手は岸壁。

 右手は落ちれば死ねる崖。

 突風が吹いたらヤバい。

 目の遠近感が上手く働かない。


 先は見えないが、この道のまま数日掛かるとなると寝床はどうすればいいだろうか。

 寝っ転がるスペースはあるが、誤って寝返りを打ったらサヨナラだ。


 一旦、道の分岐の大岩まで戻って一夜明かしてからチャレンジした方がいいかもしれない。


 いや、リロにそうした注意は聞いていない。

 このまま進んで大丈夫だろう。


 とにかく踏み外さないように足元を見て歩く。

 しかし、そうすると遠くの谷底が目に入って遠近感がおかしくなる。

 たまに岸壁から岩が張り出していてそれを避けるのがまた怖い。

 眩暈は起こしていないが、眩暈が起きているような錯覚が起きる。

 そのたびに立ち止まり壁に手を付いて深呼吸する。

 眩暈が起きてないことを確認するために頭を振りたいのだがそれも怖くてできない。


 前から誰か来たらどうしよう?

 すれ違うのはまず無理だ。

 ジャンケンして負けた方が引き返すしかない。


 あれか、長官がポリオリに近いカイエンにいて簡単に呼び戻されたり迎えが来たりしないのはこの極悪ルートのおかげか。

 この道は馬も無理だろうからな。

 

 ほら馬って腹が結構横に張り出してるからさ。

 ギリギリ馬は通れたとしても跨る人間の足が崖に当たってグッバイだ。


 そんなこんなで脚を進めていると崖を回り込んだ先から崖の隙間に道が続いた。

 両サイドが切り立った岸壁である。


 足元は岩だらけ。

 つまりこの隙間には落石が詰まっているということで、ここは落石があるのだ。


 なんつールートだ。

 谷底への落下の恐怖が終わったと思ったら今度は落石の恐怖が待っているとは。


 行くのも地獄、戻るも地獄。

 俺は大きなため息を吐いてまた足を進めた。


 岩を踏んで歩く。

 たまに不安定な岩があり足を取られる。

 こんな岩だらけの場所で転けるのも怖いが、グラついた岩が音を立てて新たな落石のきっかけにならないかと不安になる。

 少し岩が崩れただけの音なのに狭い所為かやたらと大きく響くのだ。


 岩場の隙間だが道は平坦ではなくアップダウンを繰り返す。

 真っ直ぐでもないから先が見通せない。


 ここで寝る羽目になっても嫌だな。

 岸壁を掘って寝床を作ったとしてもそれが原因で崩落でもしたらペチャンコか生き埋めだ。

 最悪過ぎる。


 曲がりくねった先の大岩をよじ登りなんとか乗り越えて、やっと先が見えた。

 数十メートル先に明るい裂け目が見える。


 落石ゾーンの先に何があるか分からないが、あそこまで出たらなんとか寝れる場所であって欲しい。


 俺はそう祈るしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ