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リロの家で服を洗濯させてもらい、奥さんの店で堅パンやらの野営食を購入。
奥さんは気を使ってもっと美味しいものを持たせようとしてくれたが、野営旅行で何よりも重要なのは荷物の軽さと分かったのでそう説明し丁寧に断る。
奥さんはポリオリまで俺を送ってくようリロに促していたが一人で野営行軍する経験をしてみたかったのでそれも丁寧に断る。
カイエンからポリオリまでの道のりには危険な動物も追い剥ぎも出ないという話なので初めての一人旅にぴったりなのだ。
難所はカルデラ越えだけで、越えた後は山脈の稜線を通っていけばポリオリが見えて来るらしい。
本当はもっと足腰を休ませたかったがリルケ家にしろリロ家にしろ、人ん家って一日中寝てるわけにもいかなくて休まんないんだよね。
気に入った野営地があったらそこで休むことにしよう。
山道の入り口まではリルケ氏が馬車で送ってくれた。ありがたい。
途中、カイエンの基地の前を通る。
思ったよりも小さい。
ジロの基地はいかにも基地ですって感じがしたが、ここは演習場もなし倉庫もなし。
石作りの建物が一棟建っているだけである。
柵や門がやたら高さがあるので物々しくはある。
カイエン自体が安全なので不便だけど司令部だけ置いてるってことかもしれない。
昼前に山道入り口に到着したのでさっそく山に入る。
リルケ氏は弁当にサンドイッチを持たせてくれた。
家族のみなさんにもありがとうとお伝えくださいとリルケ氏に別れを告げた。
いきなり階段の登山道。
曲がりくねっているので下を見ても恐怖感はない。
しかし木も多く見通しが悪いので登っても登っても先が見えてこない。
何段あるのかリルケ氏に聞いておけば良かった。
煩悩の数では済まない数だ。
気温は低いが汗が噴き出す。
太腿が痛む。
軽いはずの荷物が重い。
リュックの肩紐が肩に食い込む。
立ち止まって水分補給をし、水袋の中身を捨てた。
魔術切れを起こしても、詠唱を唱えられない事情ができても、水は絶対に必要だからある程度の水量は必ず入れておけとリロに教わったが水は重いのだ。
額の汗を拭ってまた登り出す。
1時間ほど階段が続いただろうか、やっと開けた場所に辿り着いた。
座り込んで昼食にする。
水袋に水と氷を入れて喉を潤す。
ハムとチーズと、黄身を潰した目玉焼きのサンドイッチだった。焼いてあってカリッとして美味い。
汗が止まり、太腿の筋肉の熱が冷めたので屈伸運動をしてからまた歩き出す。
ここからは山腹を斜めに走る緩い登りだ。
先日のカルデラ越えでは、温泉に寄らなければ三日で下り終えた筈である。
なのでカルデラの縁までは3〜4日と推察する。
急ぐ必要はないが食料に余裕はないので余りゆっくりはできない。
足腰を休める為の休養日を作るためにもペースは早めで行こう。
平らな場所を見つけることができないまま暗くなってきてしまった。
やはりハンモックを持って来るべきだったかもしれない。
リロに訊いたら、ハンモックは軽いので嵩張るけどまあよい。しかしハンモックを吊る為のロープが重くて俺は嫌、あとハンモックは冬場は寒いと言っていた。
確かにこの世界には軽くて丈夫なナイロンロープとかないのでやたらと重い。その時は聞いてなるほどと思い、諦めたがどうせなら試しにやってみればよかった。
比較的平らな場所に毛布を敷いて寝転んでみる。
寝れなくは無さそう、しかしやはり寝心地は良くない。昼寝程度なら我慢できるが八時間の睡眠に耐えられるかは不安である。
そうだ、魔術で地面を削って平らにすれば良いのでは?
リロと一緒の時は変な魔術を使うわけにいかなかったが一人なら問題ない。
斜面を切り取った平らな面をイメージして精霊に呼びかける。
「土の精霊かな? 土の精霊よ頼む!」
今までにないほど、ごそっと魔力を吸い出され眩暈がした。慌ててへたり込んで両手を地面に付く。
魔力の消費はちょっと危なかったがイメージ通りに人一人分の四角い水平で平らなスペースができた。
触れてみると地面を削り取っただけあって湿っていた。
魔力残量が分からないが魔力で乾かすことも出来るだろう。
ぶっ倒れても大丈夫なように俺は先に食事を摂ることにした。
いい感じの石に腰掛け、堅パン、ナッツ、ドライフルーツを食べる。
水袋に水も足しておく。
寝床の直ぐ横に毛布とリュックと水袋をスタンバイして準備完了だ。
「水の精霊よ、火の精霊よ。寝床を乾かしてくれ!」
さっき程ではないが魔力を吸い出される。
眩暈を感じながらも毛布を敷き、リュックを置く。そして、すぐさま毛布に潜り込んだ。
おお、背中が暖かい!
これは良いぞ?
そう感じた直後、悪寒に襲われた。
視界が暗くなり吐き気がする。
寝転がっているのに身体が回転しているかのようにぐわんぐわんする。
これが魔力切れか。
固く目を閉じ、寝返りを打って耐えるが眩暈も悪寒も一向に止まらない。
キツイ。
寒い。
気づけば俺は唸り声を上げていた。
身体をくの字に折り、歯を食いしばって、毛布の縁を握りしめてひたすらに耐えた。
いつの間にか俺は意識を手放し、気づけば明るくなっていた。




